第6話勝利を賭した刃

 ファングが王・カシウスに呼び出される一日ほど前──


 魔王が支柱におさめる大陸・ファラクルから最も近い大陸・ケセドアでは、魔獣との戦闘が日増しになっていた。


 カシウスが従える先鋭騎士団が一つ、十貴族の一人・ジグルド=ギアノアが団長を務めるリュミナス騎士団は、拠点を構える中央領地レインから更に北方へと進軍。激戦区へと足を踏み入れていた。


 [どうにかダーツの街は守れそうだ]

 [です、ね……しかし]

 [ああ。分かっている。この先にある街々は壊滅的だろうな]


 蠢く影は緑を覆い尽くし、さながら黒い絨毯のようだ。それがたった一種類の魔獣だと思うと、気が遠くなりそうではある。前方を見すえ、一人の若い騎士は口を開いた。


 [いつになったらこの戦いは終わるんでしょうかね? ジグルド卿]


 きっと彼の目には惨憺たる状況が写っており、故に心を苦しませて声に悲しみを滲ませているのだろう。

 だからこそジグルドは、普段と態度を変えずに応える。


 [そりゃあ、カシウス王が勝利なさったらだろ。野暮な事を聞くんじゃねーよ。ナタク]


 今や平穏長閑な音色は程遠いものとなっていた。耳をすまさずとも聞こえてくる魔獣の鳴き声や、断末魔の叫び。肉体が破裂する音や、臓物を踏み潰す耳に残る嫌な音。


 それが日夜問わずに響き渡るのだ。まさに地獄を具現化したような大地で、それでもなおジグルドは笑みを浮かべるだけの余裕があった。


 ──いや、演じられるだけの気配りがまだ出来ていた。


 [相変わらず、貴方って言うお方は……流石、十貴族の一人に数えられるだけありますね]


 丸みを持った耳をピクリと動かし、馬に跨るナタクは言う。それを横目で見てみれば──良かった。先程見せていた表情の強ばりは見て取れない。


 [十貴族だなんて、ただの肩書きだよ]


 十貴族──カシウスが認めた者たちであり、団長の座につく者たちである。


 [別に凄いもんじゃねーさ。お前も後数十年、俺の元に居りゃあー次代を築くだろうよ]

 [それこそ有り得ませんよ]

 [有り得るか得ないか、それは本人でなく他者が決める。お前はまだ若い。これからもっと強くなる。──だから、生きろよ、ナタク]

 [では、だからこそまずは目の前の敵を屠らなくては。ですね!]


 ジグルドの言葉を真摯に受け止めたのか、あるいは聞き流したのか。馬に跨り駆けるナタクの背に答えは見えない。だが、迷いのない特攻に勇気を付けられたジグルド本人もヤレヤレと溜息をつきながらも、今やるべき事を使命として胸に刻む。

 鋭い双眸にしっかりと大義を宿し、隆起した筋肉から血管を浮かばせ大剣の切っ先を天に向けた。


 [では、行くぞ!我が騎士団の壁──そう易々と突破できると思うてくれるなよ!!]


 手網を引き、馬の鳴き声と共にジグルドは猛る。乾いた地面を蹴り飛ばし、群がる魔獣の胴を裂きながら縦横無尽に無双し続けた。


 [グルァァァァ!!]


 理性のない狼型の魔獣──ウルスはそれでも、恐れを抱くことなく飛びかかる。その大きい口内で連なる鋭い牙の隙間に肉片を挟みながら。ジグルドの洞察力は一瞬の光景であろうその瞬間ですら、ゆっくり流れる。どの角度から襲って来るのか、彼らの視点の先は何処か。全てが見えるからこそ、未来視にも似た力を発揮出来るのだ。


 [ぬんっ!!]


 ウルスの攻撃先は馬の首筋──

 見えたジグルドが振り下ろす大剣は、けたたましい音を奏で空を斬りながらウルスを叩き斬る。確かな手応えを全身で覚え、またそれがジグルドにアドレナリンを与え続けた。


 鮮血が破裂した風船が如く弾け、乾いた大地に赤い水たまりをはる。


 [流石はジグルド卿……あの魔獣を一刀で]

 [ああ……。それに斬れ味の衰えをしらないあの大剣──正に宝剣と言っても過言じゃないな]

 [ああ。大剣・ファフニール。確か……ファングと言う錬金術師が打ったと聞いたことがある]

 [だが俺達の武器だって]

 [だな。確かに強力だ]

 [俺達にはジグルド卿に強力な武器だってある!負けはないぞ!すすめぇ!!]

 [おお!!]


 ジグルドの勇姿に感化された騎士達の士気は上がり、ウルス達が本能的に恐れ後退りをする程まで戦局を覆し始めた。


 士気が上がっているのを、鬨の声が震わせた空気を肌で感じたジグルドは、だが冷静に務め──


 [お前な、少しは自重しろ。こんな場所でダメ出しはしたかねーが余りにも周りが見えてねぇ]


 特攻していたナタクの隣に立つ。


 [周りを見る?いやいや、ジグルド卿。待ってくださいよ]

 [なんだ?]

 [我等騎士団の倍はいる魔獣ですよ?一滴の水を斬る為の精神を張り巡らせる──よりも、海を叩く豪快さが必要だと思うわけですよ。力いっぱい全身全霊を込め、軌道が定まらずも、だとしてもウルスやつらには当たる]と、血糊を払いながらナタクは言う。


 彼の言いたいことも分からないでもない。だが、慢心は死に直結しかねない。


 [俺はお前が心配だ。驕るなよ?]


 ナタクの表情には一切の恐怖がないのがわかる。この経験が自信を与えているのはいい事なのだが、過信は余りにも危険すぎるのだ。少し傍で援護をする必要があるか──等など考えていると、一人の騎士がジグルドの前で膝をつく。


 [伝令!!ウルスが撤退!後方から軍隊蟻デッドアントが進行!!]


 ──ウルスが他の魔獣と連携を。


 今まで聞いたことがない。彼らは縄張り意識が強い故に他種の魔獣を入れたりはしないはずだ。長きに渡り積み重ねた経験と言う名の牙城が崩落の音を奏でる。


 瞬間──背筋を凍らせるほどの悪寒が這う。


 [まずは、前衛に火器部隊を配置!重装備部隊はその護衛!奴ら個々の殺傷能力は少ない!踏みとどまれさえすれば、勝てる相手だ!陣形を優先し、確実な隙をつけ!]と、命令を出した数秒前、リュミナス騎士団の最前線では──


 [おんやあ?なあんだ、大した事なさそうだなあ。対した私達はハズレかなあ]

 [まあ獣人こいつら、脳筋だからなあ]


 三メートルはある軍隊蟻の頭に二人の女性が立っていた。

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【短粗筋】獣人の錬金術師はもう戻る気は無い。今更、提示した考案の偉大さに気がついたって国外追放したのはそっちだろ~【タイトル】天才と秀才は乱世をゆく。人類最古の英雄達~ みなみなと @minaminato01

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