第5話戦い
確かにお邪魔になるに加えて、ご馳走になる。と、そこまでお世話になるならば対価としてお礼として掃除ぐらいするのは当たり前だろう。色々と事故は起きたが、くしゃみや涙を出し浮かべながらも、どうにか掃除を終え椅子に座っていると、リズミカルにまな板を叩く包丁の音の間を縫って、ユフィンは問いをなげかけた。
「そうやあ、一つ良いか?」
[ん?どうした?]
背を見れば、髪がゆるりと揺れている。あれだけの態度を対応をされ、けれど目の前に居るのは紛れもなく一人の女性なのだと改めてファングは思った。
今のユフィンからは荒っぽさの欠片所か微塵も感じない。そう思えたのは、丁寧に皿の上に分けて置かれた野菜等を見たからだろう。
[潜在能力──それはどんなものだと思う?]
[俺は……肉体的にも精神的にも、動物の力を飛躍的に上げるものだと思っている
]
[ふむ。──で、何かを掴めたのか?]
[それが……]
[そっか。まあ目に見えないものってーのは掴むのに苦労するかんなあ。事それに関しちゃあ、戦いと一緒だ]
[戦い?]
そう問うと、包丁の音がピタリと止まる。
[そう、戦いだ]
[ん?目の前の敵を倒すのが戦いじゃないのか?──それとも、自分との戦いだとか?]
カシウスが良く言っていたのは『目の前に蠢く魔獣を駆逐しろ。自ら退路を断ち奮起するのだ。我等に後退の二文字はない』
駄目だ。ユフィンの伝えたい意図が分からない。堪らず眉を顰めたファングの真正面でユフィンは、平坦な声で言う。
[お前は、魔獣と対峙した時、まず何処を見る?]
今まで一度もそんな場面に出くわしたことがない故に、頭で思い浮かべながらファングは言った。
[何処を見る……か。俺は、やはり体じゃないかな。筋肉の動きや、足のつま先に入れる力、等から動作を先読みして先手を打つ]
[筋肉の動きか。流石、母を学者に持つだけはあるな。けれど、それじゃあ足りないんだよ]と、ユフィンは炒め始め、部屋には香ばしい匂いとフライパンを軽快に返す音が満ちる。
[足りない?]
[そうだ。まあ、その点を上げるなら……ファング、君の国は長く持ちはしないだろうさ。身近で見たからこそわかる。ありゃあ、駄目だ]
躊躇いもなく。それこそ、近所話をするようにユフィンは言った。別にファングへ感情移入をする様子もなく。
[駄目とは?]
[確かに力もある。屈強であり勇猛だろうさ。だがアイツら騎士達は、目先の事にとらわれすぎている。剣で斬るってーのはそんな事じゃない]
[ふむ?]
[それは本能と限りなく近いかもしれない。違う言葉を探すなら……文字通り、自然体って事か?私の住む此処にはこんなコトワザがある『魚を取りたくば、モリを持つのではなく水になれ』]
[魚を取りたくば、モリを持つのではなく水になれ──か]
[そうだ。自分の目で見るのではなく、自然そのもので感じ取るんだよ。魚の動きで生じる水中の微細な変化とかをな]
[なるほど]
分かったようで理解が難しい。
[でもそれじゃあ、なんの確証もない。根拠がないじゃないか]
[かぁぁあっ!だ!か!ら!私が言いたいのはな!?]
振り返り、皿を叩きつけるように置くユフィンは、呆れたような表情を浮かべる。
しかし盛り付けはとても丁寧で色合いも綺麗。同時に起きた二つの温度差にファングは、反応に支障をきたしながらも一応の相槌はうつ。
[君が、探し求めてるのは目で見て理解出来るもんじゃねーんじゃねえのかってことだよ!体を調べたり、本を見ることじゃ分からねー事!!]ふ、む?]
曖昧な反応をとると、皿から離れた場所を手のひらで叩いてグイと顔をファングに近づけた。風に乗り遅れて訪れた甘い匂いが鼻腔に微かな幸せを残す中で──
[つまり、戦え。戦うんだよ、ファング。目に見えているものが全てじゃないんだ]
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