ももいろ猫

ヌン

第1話


 ある日、もも色の毛をした猫が生まれました。


 母猫は「可哀想に。こんなにキレイなのに」と、仔猫を優しく舐めます。


 もも色の猫はすくすくと育ちました。


 元気に外遊びをします。


 ミケ猫が寄って来て言いました。


「変わった色だね」


 茶トラの猫が首を傾げます。


「染めているの?」


 黒猫が笑います。


「染めていたらおかしなヤツだよ。生まれ付きかい?」


 もも色の猫は「うん」とうなずき、4匹は仲良く遊びました。


 その夜、もも色の猫は母猫に楽しく遊んだ話をしました。ミケと茶トラと黒に言われた事も。


 母猫は「可哀想に。こんなにキレイなのに」と、優しく撫でます。


 もも色の猫は、自分は “可哀想 ” なのかな?と、みんなに言われた言葉を思い出してみました。


『変わった色だね』


 そうか、この色は変わっているのか。


『染めているの?』


 同じ色の猫に会ったことないや。


『染めていたらおかしなヤツだよ。生まれ付きかい?』


 この色はおかしなヤツで、僕は生まれ付き変わっていておかしいんだ……。


 もも色の猫は涙をポロリと落とします。


 次の日から、みんなと遊んでいてもなんとなく楽しくありません。


 一緒に笑っていても一緒じゃないと感じてしまいます。


 黒猫はそんなもも色の猫に、わざと抱きついてくすぐりました。


 もも色の猫がキャッキャッと笑い声を上げるまで、くすぐり続けます。


「もう降参だよー。やめてー」


 笑い転げるもも色の猫を見て、黒猫はやっと離れました。


「うわ! 黒猫くん、すごい毛並みになっているよ!」


 ミケ猫が指差します。


 黒猫の体には、たくさんのもも色の毛がからまっていました。


「アハハー! リボンが付いているみたいだ!」


 茶トラの猫が腹を抱えて笑います。


 黒猫は真っ黒な自分の体に花火があがったようで素敵だと思いましたが、もも色の猫は「ごめんね。ごめんね」と言って走り去ってしまいました。


「こんなにキレイな毛の色になったの嬉しかったのに」


 黒猫は残念そうに言います。


 もも色の猫はみんなと遊ばなくなりました。


 一匹で、とぼとぼと歩きます。


 歩いて歩いて、昼も夜も歩き続けて、雨が降っても歩いて、泥だらけになっても歩いて、歩いて歩いて。


 帰り道がわからなくなった頃、やせ細ったみすぼらしい猫と出会いました。


 茶色い毛は薄くなり、黄色に見えます。


 黄色の猫はもも色の猫に話し掛けました。


「やあ。灰色はいいろねこくん」


 灰色はいいろねこ


 もも色の猫はすっかり汚れて灰色の猫になっていました。


「見かけない顔だね。どこから来たの?」


 灰色の猫になったもも色の猫が答えようとした時、おなかがグ〜っと大きな音を立てました。


 もも色の猫は慌てておなかを押さえます。


 黄色の猫は笑って「ついて来て」と、言いました。


 崩れそうなブロック塀をくぐると、そこは古い工場の跡地でした。


 たくさんの猫が思い思いに遊んでいます。


 立派なトラ猫がもも色の猫に近づいて来ました。


 もも色の猫は『変わってる』と言われると思い、身構えますが、そういえば今は灰色になってるんだと咳払いをして胸を張ります。


 黄色の猫は、立派なトラ猫にもも色の猫を紹介しました。


 立派なトラ猫は太い声で言います。


「お前に子分が出来たのか?」

「子分じゃないよ。友達だよ」

「子分が出来て良かったな」

「子分じゃないってばー」


 立派なトラ猫は立派な笑い声をあげて行ってしまいました。


 黄色の猫はもも色の猫にご飯を分けてくれます。


 もも色の猫は、口の周りの灰色の毛を舐めないように気をつけて食べました。


 おなかがいっぱいになったので、みんなと昼寝をします。


 もも色の猫は『灰色くん』と呼ばれて幸せな気分でした。


 黄色の猫は、やせっぽちの黄色い体をからかわれていました。


 もも色の猫は、自分はすっかり灰色になったと思い込んでいたので、みんなと一緒に黄色の猫をからかいます。でも、黄色の猫はいつも笑って言い返しました。


「身軽って言ってよ」


「金色に見えるでしょ」


「うん、食べてイイよ。僕は少しで足りるからさ」


 もも色の猫は、親切にしてくれた黄色の猫が可哀想に思えて来ました。


「ごめんね」

「え、なんのこと?」

「黄色い毛並みで可哀想なのに」

「可哀想? 僕は可哀想じゃないよ」 

「だって、みんなにからかわれているから」

「友達だもん。僕も言いたいこと言ってるし」

「ここには可哀想な猫はいないの?」

「そんな猫、どこにもいないよ」


 もも色の猫は自分がもも色だったと思い出しました。そして、考えます。


(もしかしたら、僕も可哀想じゃないのかも)


 でも、もも色に戻る勇気がありません。


 もも色の猫は灰色の猫のままで、みんなとご飯を食べたり昼寝をしたりしました。


 雨上がりのある日、水たまりにうつる雲を捕まえる遊びを誰かがしていました。


 パシッと水たまりを叩くとバシャンと水滴が飛び散ります。


 みんなが面白そうだと集まりました。


 もも色の猫も水たまりバシャンをして遊びます。


 バシャンバシャンと遊ぶうち、キレイだった水たまりの水が灰色に汚れていきますが、もも色の猫は夢中で気がつきません。


 黄色の猫が叫びます。


「うわー、水たまりが汚くなったよー!」


 もも色の猫はハッと自分の手を見ました。


 もも色の毛がキラキラと光っています。


 体からポタポタと灰色の水が流れ落ち、もとのもも色の猫に戻っていました。


「お前、汚かったんだな!」


 トラ猫に言われて、もも色の猫は顔を隠します。


 キラキラと動く光りに猫達が集まって来ました。


「そんな毛色だったんだー」

「知らなかったよ」

「まぶしいなぁ」


 口々に言われ、もも色の猫はたまらず走り出してしまいました。


「おーい、どこに行くんだよー!」


 後ろで黄色の猫の声がしますが、もも色の猫は振り返らずに走り続けました。


 走って走って、昼も夜も走り続けて、雨が降っても走って、泥だらけになっても走って、走りに走って。


 帰り道がわからなくなった頃、素晴らしい毛並みの、しかし緑色の猫と出会いました。


「やあ。君は…… 飼い猫かい?」

「ううん、飼い猫じゃないよ」

「なんだ。てっきり飼い主にやられたんだと思ったよ」

「やられた?」


 もも色の猫は自分の体を見下ろします。


 こんなに遠くに来たのに今度は灰色になっていません。


 もも色の猫は思わず下を向いてしまいます。


「なんだい? 君はそんなことを気にしているのかい? オイラを見てごらんよ。ほら、こんなに豊かで美しい緑の毛皮を」


 緑色の猫はクルリと宙返りをしました。


 フサフサな緑色の毛は、草原を吹き抜ける爽やかな風を思わせます。


「どうだい? みんな、オイラに拍手をくれるんだ」


 ニヤリと笑ってみせる緑色の猫に、もも色の猫は「そんな色なのに?」と、言ってから慌てて口を塞ぎます。


 緑色の猫は「アハハー!」と、大きな口で笑いました。


「こんな色の猫を見たことがあるかい? オイラは世界で一匹だけの貴重な存在なんだ」


 もも色の猫は緑色の猫がどうしてそんなに自信満々なのかわかりません。


「変わった色だねって言われない?」

「言われるさ。オイラは変わっているからね」

「染めてるのって言われない?」

「言われるよ。二つとない色だからね」

「そんな色に染めてたらおかしなヤツだって言われない?」

「言われたなぁ。生まれ付きだって知ったら黙ったけどね」


 まだ理由がわかりません。


「可哀想って言われない?」

「そういうことを言うヤツが可哀想なんだよ」

「え、どういう意味?」

「違うことは可哀想じゃない。オイラは人気者さ。オイラが可哀想に見えるかい?」

「ううん、見えないけど。でも、お母さんが」

「オイラのお母さんはオイラの一番のファンだって言うよ。オイラを見るだけでウキウキワクワクするんだってさ」

「でも、みんなが」

「嫌なことを言われたのかい? ほんとに悪口だった? 君がそう感じただけじゃなくて?」


 もも色の猫は思い返してみました。


 ミケ猫くんが『変わってる』って言った。


(そうだよね。もも色なんて変わってる)


 茶トラくんが『染めているの?』って聞いた。


(当然、聞きたくなるよね)


 黒猫くんが『染めていたらおかしなヤツ』って言ったのは、生まれ付きの毛なのか聞いただけなんだ。


 黒猫くんにもも色の毛がからみついた時、黒猫くんは嬉しそうに笑っていた。


 あれ? あれれ?


 水たまりが汚くなったって言われたのは、その通りだから。


 僕の体が汚いって言われたけど、もも色の毛を汚いって言われたんじゃない。


『そんな毛色だったんだー』


(うん、そうだよ)


『知らなかったよ』


(僕が隠していたから)


『まぶしいなぁ』


(あ、ごめんね。ん? ありがとうかな?)


 もも色の猫は顔を上げます。


「ねえ、緑色の猫くん、僕は悪口を言われてないみたい。少し嫌な気分になったけど、ほんの少しだったよ」


 緑色の猫は豊かな毛並みを震わせて笑います。


「それは良かった。なあ、オイラと一緒に旅をしないか? オイラたちのほかにも変わり者がいるかもしれないだろ? 探す旅に出ようよ」


 もも色の猫は、それは楽しそうだと思いました。しかし、黄色の猫を思い出して断ることにしました。


「友達がね『おーい、どこに行くんだよー』って心配しているの。だから帰るね」

「そうか。帰る場所があるんだな」

「うん。帰る場所があったの」

「それは羨ましい。オイラも変わり者の仲間を見つけて帰る場所を作るよ」

「頑張ってね」

「ああ、オイラならやりとげられる。なんてったって、世界一の毛並みを持つ猫だからな」


 緑色の猫はクルリと宙返りをして去って行きました。


 さて、もも色の猫は歩きます。


 もと来た道を進みます。


 歩いて歩いて、昼も夜も歩いて、雨が降ったら雨宿り、泥だらけには気をつけて、歩いて歩いて。


 帰り道がわかってきました。


 崩れそうなブロック塀をくぐると、そこは古い工場の跡地でした。


 いつものようにみんなが昼寝をしています。


「あ! 灰色くんが戻って来たー!」


 やせっぽちの黄色の猫が駆け寄ります。


「心配したよー。どこに行っていたんだい?」


 もも色の猫は、ずっと遠くに住んでいる緑色の猫の話を聞かせます。


 黄色の猫は遠くの街の話に目をキラキラとさせて聞き入りました。


「灰色くん、君はお話しが上手だね。みんなにも聞かせてあげてくれよ」


 もも色の猫のまわりに、みんなが集まって来ました。


 もも色の猫は緑色の猫の話や、黒猫にもも色の毛がからまって夜空の花火のようだったと身振り手振りで話します。


 みんなは、もも色の猫のお話が終わると、おもしろい、上手だと拍手をしました。


 もも色の毛は目立ちます。


 しかし、もう誰も変わっているとは言いませんでした。


 もも色の猫が通ると「灰色くん、おはよう」「灰色くん、また話を聞かせてくれよ」と、みんなが言います。


 もも色の猫は恥ずかしそうに嬉しそうに笑顔を返しました。


 ある日、黒いメス猫が声を掛けて来ました。


「あなたはもも色なのに、どうして灰色と呼ばれているの?」


 もも色の猫は、ここに来たときの話を聞かせました。


 黒いメス猫は、自分の体にも花火が咲いたら素敵なのにと微笑みました。


 二匹はとても仲良しになりました。


 しばらくして黒いメス猫は、たくさん赤ちゃんを生みました。


 黒い仔が三匹。

 もも色の仔が三匹。

 黒色ともも色が半分づつの仔が三匹。

 そして、黒色ともも色がまぜこぜな仔が一匹。


 もも色の猫は仔猫たちに言います。


「お前たちは、みんな違ってて世界で一番素敵な猫だね」


 黒い仔猫が言いました。


「でも、お父さん、私たち三匹は真っ黒でそっくり同じよ?」

「いいや、同じじゃないよ。ほら尻尾の長さが違うだろ?」


 もも色の仔猫たちが尻尾をそろえて言いました。


「でも、お父さん、僕たちはもも色も尻尾もそっくり同じだよ?」

「いいや、同じじゃないよ。ほら耳の大きさが違うだろ?」


 半分づつの仔猫が顔を見合わせて言いました。


「お父さん、私たちは尻尾も耳もそっくり同じだけど模様がみんな違うわ」

「そうだね。君たちはそっくりだけど同じじゃないね」


 いつの間にか、まぜこぜ模様の仔猫がいなくなっていました。


 黒いメス猫は、まぜこぜの仔猫を探します。


 まぜこぜの仔猫は工場の片隅で割れたガラスに自分を映し、毛並みを見ていました。


「お母さん、僕は世界で一番おかしな猫だよ。こんな毛は素敵じゃないよ」

「あら、お母さんはあなたみたいな毛色に生まれたかったわ」

「こんな、まぜこぜに?」

「そうよ。ほら、ここは夜空の花火みたい。ここは花畑よ。あ、花びらにハチがとまっているみたい!」

「本当だ! ねぇ、これハートに見えない?」

「ええ、完璧なハートだわ。素敵ねー」

「へへ、ありがと。お母さんも素敵な毛並みだよ」

「ありがとう。大好きよ」




 もう、ここに可哀想な猫はいません。


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ももいろ猫 ヌン @nunshi

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