芳一君
山岡咲美
芳一君
トボトボを男の子が歩いている詰襟の学生服を着た中学生の男の子だ、電車に乗りバスに乗りようやく家の近くまで帰って来たのだ、そこはもうだいぶ田舎の道でポツリポツリと街灯があるだけの真っ暗闇の山道だった、夜だと言うのに霧が立ち込め街灯の明かりを幻想的に白く染めていた。
「ねえ、聞こえますか?」
「………」
男の子は不味いと思った、後ろから声がするのだ、少年の声だ、男の子は立ち止まらず振り返らず歩きながら考える。
「ねえ、聞こえますか?」
学校ではそれが噂に成っていた、それは[
「ねえ、聞こえますか?」
芳一君に答えてはいけない、芳一君に答えると「何で今まで無視してたのに」と耳を千切り取られる。
「ねえ、聞こえますか?」
芳一君を無視してはいけない、芳一君を無視すれば「何で話してるのに無視するの?」 と耳を千切り取られる。
「ねえ、聞こえますか?」
では走って逃げるのが正解か?いいや不正解である、走って逃げたら芳一君は怒りだし「僕は嘘つきじゃない!」と叫びながら耳を千切り取ると言う。
「ねえ、聞こえますか?」
声が近づく。
要するに無視しても無視し無くても走って逃げてもこの芳一君に耳を千切り取られるのだ。
「ねえ、聞こえますか?」
ではどうすれば良いのか?噂によれば、耳を千切り取られなかった人が何人か居るらしい、その多くが家の近くでそれが始まり、芳一君が苛立つ前に玄関の扉を開けたと言う。
「ねえ、聞こえますか?」
つまりゆっくり慌てず家に帰るしかないのだ。
「ねえ、聞・こ・え・ま・す・か・?」
ゴクリ……
声のトーンが変わった、家はまだ遠いのに。
ちょっと待って……
男の子は思う、もうすぐなんだ、もうすぐ家につくんだ、もうちょっと待ってよ、すぐつくから……、もうちょっとだけ待って……もうちょっと、もうちょっと、もうちょっと、もうちょっとだけ、もうちょっとだから………
「ね・え・聞・こ・え・ま・す・か・?」
男の子の耳元でミシミシと耳が千切れる音がする、男の子が聞いた最後の音だった。
***
子供たちの間では日に日に芳一君の噂は拡がって行った、事件は田舎でも都会でも霧の夜に起こっていた、始めはバカな噂話と大人達も無視して居たが実際に被害者は居るのだ、芳一君なるヨタ話はともかく被害者が居る以上犯人が居ると言うのが警察の見解だった。
「でもさ、外で狙われるんだろ?この前の被害者、
「それが問題なんだよ和騎、この雑誌によれば監視カメラの映像はその犯行の瞬間だけ何も映っていなかったんだ……」
「月間
角山書店が発行している都市伝説やらホラー話などが乗ったオカルト雑誌である。
「そう!月間オカルテックタイプ→O-typeさ!超クールなオカルト雑誌だよ!!」
満面の笑顔で話す桐崎悠利に対し柳和騎はオカルト雑誌はクールとは無縁だしこれを月間で発行し続ける勇気はこのオカルト雑誌の編集者はリアルに現実見てないなとハッキリ思った。
「まあ良い、そんでそのクールな雑誌様には何て書いてあんだ?」
和騎は悠利に話しを続けろと怪しげな雑誌を見つめた。
「そうだね和騎、O-typeによれば芳一君は何かに苛立ってるんだって、それの恨みを晴らす為に人を襲ってるんだ」
悠利はペラペラと雑誌をめくり和騎に芳一君の記事を見せる。
◆◆◆
【芳一君】
[芳一君]の事をご存じだろうか?筆者がこの噂を知ったのは随分と前の話だ、実を言うならば[芳一君]は何度か名前が変わっている、[芳一君]は数年前まで[耳なし芳一]と呼ばれていた、そうあのお経を体に書いて耳に書き忘れた[耳なし芳一]当然筆者は考える[耳なし芳一][芳一君]は耳を取り戻すため耳を探しているのか?自分の耳を奪われた恨みから誰かの耳を奪っているのかだと思っていた。
だが違う、筆者は噂を遡り[芳一君]の最初の名前を探り当てたのだ。
彼の本当の名前は[ボクの話を聞いて下さい]である[ボクの話を聞いて下さい]はインターネットの発達と共に生まれた、その創世記の段階では法整備もされておらずその匿名の性質上ネガティブな言葉で誹謗中傷するネットリンチが蔓延しそれに晒された少年がそれに立ち向かったらしいのだ。
「僕の話を聞いて下さい]は自殺したらしい、おそらくは誹謗中傷に対する弁明をし更に今で言う炎上状態に陥ったのだろう。
筆者は思う[芳一君]はちゃんと自分の話を聞いてくれる人を求めているのだと。
◆◆◆
「ちょっと待て、たしか芳一君話しても話さなくても耳を千切んだよな」
和騎は雑誌の信憑性に疑問を抱く。
「和騎君、オカルト雑誌ってこう言うものなんだよ、それを楽しまなきゃ♪」
和騎は思う、情報って正確さより面白さが優先されるよなって……。
***
警察官が夜の街を巡回している、当然2人1組の班として、そしてその夜街は霧に包まれていた、芳一君が好む夜だ。
「ねえ、聞こえますか?」
警察官は素早く後ろを振り返る、だが振り返った先には何もいない。
「ねえ、聞こえますか?」
警察官は合図をして片方だけが振り返った。
「ねえ、聞こえますか?」
警察官は驚いた前後両方を死角に成らないように2人で見ているのに、後ろから声が聞こえるのだ。
「どう言う事だ?」
「解りません」
先輩らしき警察官が後輩らしき警察官に聞いた。
「ねえ、聞こえますか?」
後ろの声が近づいている。
「良いか、容疑者を確認してから撃つんだぞ」
先輩警察官がホルスターから拳銃をゆっくりと抜く。
「はい、確認して撃つ、はい!」
混乱から抜けきらないままの後輩警察官も拳銃を慌てて抜いた。
「ねえ、聞・こ・え・ま・す・か・?」
あの中学生の時の様に声のトーンが変わる。
「巡査、何か見えるか?」
「いえ、巡査部長、何も見えません!」
2人の警察官はキョロキョロと回りを見る事しか出来ない。
「ね・え・聞・こ・え・ま・す・か・?」
そして2人の警察官から、4つの耳が引き千切られた、警察官は互を見た時には自分の耳を引き千切る互の姿を目撃したと言う。
***
「警察官も耳取られたってな」
柳和騎は朝のニュースで聞いた話を学校で桐崎悠利に話した。
「知ってる、どうやら耳を取られたって本当らしいね」
悠利が和騎にまるで秘密の話しをするように耳打ちをした。
「「本当らしいね」って……ニュースでも言ってたしそりゃそうだろ?」
和騎は何当たり前の事言ってんの?って少し笑ったが悠利は更に続けるのだ。
「違うよ和騎、耳取られたって言うのは耳を千切られたって意味じゃなくって、千切られた耳が見つからないって事だよ……」
「は?どこ情報だよ!」
和騎が悠利に言うと悠利はスマホを見せてくれた…………………………………????
「O-typeWeb??」
「Web版もあるんだよ、クールだろ和騎♪」
和騎は思った、この出版不況(紙媒体)の中にあって角山書店も頑張ってるよなって、和騎はオカルトともクールさとも関係ないところで「頑張れ出版社!頑張れ本屋!」って思った。
***
真っ暗な廃墟の様な部屋で少年が小声で呟く、呟いた先には何かを包んだ手のひらがあり、手のひらの中には引き千切られた耳があった。
芳一君は千切った耳に呟く。
「知ってる?3組の
芳一君は千切った耳に呟く。
「知ってる?学年一位の
芳一君は千切った耳に呟く。
「知ってる?商店街の肉屋のハンバーグ、実は猫の肉らしいよ」
芳一君は千切った耳に呟く。
「知ってる?数学の
芳一君は千切った耳に呟く。
「僕の話を聞いてよ、全部本当なんだ嘘じゃ無いよ」
そして芳一君の万引きの話で先生にとがめたられた赤木君は学校に来なくなりました。
そして芳一君にカンニングを告発された青野さんはクラスのみんなにいじめを受ける様になりました。
そして芳一君に噂を広められたお肉屋さんは休業しましたが更に動物愛護団体に責められ今はその街にいません。
そして芳一君が話した数学の先生は逮捕されましたが証拠が無く処分保留で釈放されましたがメディアに叩かれ先生を辞めました、被害者とされた生徒は学校に居づらくなって自主退学しました。
そして芳一君自身はと言うと、クラスでもネットでも嘘ばかりついているのがバレて友達も無くしアカウントも作れなくなってしまいました。
そうです芳一君は嘘つきなのでした。
万引きも嘘
カンニングも嘘
猫ハンバーグも嘘
付き合ってるも嘘
芳一君に騙されて万引きをとがめた先生は芳一君をとがめました。
芳一君に騙されて青野さんをいじめたクラスのみんなは芳一君をいじめました。
芳一君は未成年だった為メディアには叩かれませんでしたが、ネット上には彼の顔が晒され炎上し、学校は彼を退学させました。
お肉屋さんを責めた動物愛護団体は芳一君の嘘には興味を示さず何もしませんでした。
しかし芳一君はそれでも嘘の噂をやめられません、自分の嘘に踊らされる人を見るのが好きで好きで好きすぎておかしくなってしまっていたのです、そして彼は死んだあとも誰かの耳を引き千切り嘘の噂を呟くのです。
孤独に死んだ自分の部屋で、千切って集めた耳に囲まれ、いっぱいの耳一つ一つに呟くのです。
「ねえ、聞こえますか?ボクの話を聞いて下さい、全部本当の事なんです」
芳一君 山岡咲美 @sakumi
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