星産み

千住

星産み

 この仕事を搾取だ差別だ言うくらいなら両親に職をよこせ。

 父は物理学の博士号を持っていたが、常勤の職にありつけぬまま本屋のバイトを転々として今に至る。母は知的障害者で、父とどう出会ったのかはよく知らない。若い頃は天然で済まされていたが、私を産んだあとできる仕事がなくなった。

 私が星産性体質と知れたのは大学一年のときだ。健康診断に引っかかり、てっきりバイトの過労で体調でも崩したのかと思っていた。通知は母が勝手に開封していた。

「すごおい、みんなでおんせんにいけるね」

 私は叔父の名でアパートを契約して家を出た。


「四十週と三日。順調ですね。間もなくですので、苦しくなったらすぐに救急車を呼んでください」

 呼吸器内科医は淡々と言った。人によって事情が違うのでおめでとうだの頑張ってだのは言わない。それが私のような者にはありがたい。

 星産みに登録すれば国が全額負担で健康を診てくれる。ちょっと風邪を引いても星がいれば無料だ。こんなに助かることはない。

 診療明細をコートのポケットに押しこむ。病院を出ると冷たい風にむせた。その音に振り返る男がいた。厄介なやつに見つかった。

「あれ? どうしたのこんなとこで」

 風邪です、私は端的に言い、立ち去ろうとした。先輩が引き止める。

「よかったら食事でもしない? 奢るよ」

 奢りなら、と私は先輩について近場のファミレスに入った。

「最近苦しそうだったから心配してたんだ。ちゃんと病院行ってるみたいでよかったよ。ゼミにはもう慣れたかな?」

 ソッスネ、と私はドリアにスプーンを入れた。なるべく炭水化物をとるように言われていた。母体の体力維持ためでもあるが、その方が良い星になるらしい。

 他愛ない楽しくもない話をして食事を済ませた。先輩は苦手だった。持っている物も言動もすべてがきちんとしていて、豊かな家でおかしくない両親にちゃんと愛されて育ったのが伝わってくる。こんなふうに生まれていたらと何度羨んだか知れない。

 デザートを勧める先輩を無視して席を立つ。と、コートのポケットから診療明細が落ちた。

 慌てて拾おうとしたが、先輩の方が早かった。

「え? これって。星産みをやって」

 私は診療明細を引ったくり、小走りで外に出た。そのまま逃げ去りたかったが、すぐ息切れして足が止まった。先輩には間もなく追いつかれた。

「いくらお金に困ってるからって、星産みなんて」

 なんとか歩き出す私の腕を、先輩が掴む。

「こんな人権侵害の仕事はやめるんだ。俺の就活が成功したら……俺が養うから……!」

 歯軋りの音が脳天を突く。半泣きなのが癪にさわる。私はありったけのうらみを込めて、手を振り払った。

「たらればがなんの足しになる」

 自分がこんなに低い声を出せるなんて知らなかった。私はむせながら早足でその場を去った。

 

 イライラしているのも苦しいのも全部先輩のせいだと思っていた。でも、違う、これは産まれるんだ、そう気付いたときにはもう駅のトイレに駆けこむしかなかった。救急車を呼んだが間に合いそうにない。

 ガッ、ゴボッ、ゴボッ。聞いたこともない重い咳を何度もした。レントゲンの画像を思い出した。あんな大きい物が気管を通るなんて気が狂ってる。だがこのままとどめておくのも苦しい。全身が千切れるような葛藤が続く。何分そうしていたのだろうか。ひときわの、溺れるような苦しさののち、不可抗力として、いきむ。堅い物が胸中をズタズタにしながら通り抜ける感覚。

「ごばあ!」

 噴き出した大量の血と内臓片を両手で受け止めた。ずしりという感触があった。居た。

 しばらくは出てきた物を見る余裕もなく、ひたすら咳をして血肉を吐き出していた。

 血溜まりとなった指の隙間をあけ、慎重に血だけを流し落とす。それはやがて姿を現した。直径五センチはあろうか。私がみごもった星、ダイヤモンドの原石だ。

 私はタオルハンカチで血を拭ってやった。

「きれい」

 思わず声が出た。この透明度ならIFクラスも夢じゃない。何度も何度も拭ってからやっと気づいた。血が落ちてないわけじゃない。ピンクダイヤモンドだ。

 安堵のため息を吐くと、また血がのぼってきてむせこんだ。口にたまった鉄の味を便器に捨て、私は生まれたての星を蛍光灯に透かす。

 これで奨学金は今年度限り。体さえ壊さなければ大学を卒業できる。査定次第ではバイトも全部辞めて、もっといいアパートに引っ越せるかもしれない。

「こんばんはー、救急です! そこにいますかー?」

 個室の鍵を開けると、救急隊員は私の手の星を見て微笑んだ。なんて暖かい笑顔だ。家族みたいだ。

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星産み 千住 @Senju

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