水沢未来

あれから三年の月日が流れた。

 裕美たちが言っていたように、僕たちに色々と言ってくる人がいたが、僕たちの両親が説得してくれていた。周りの目を気にしていたはずの寿也はもう何処にもおらず、真っ先に僕たちの事を考えて行動してくれた。

 僕は父親が経営する水沢商店の跡を継ぐ為、高校を卒業すると同時に取締役という重大な役職に就いた。ただ、取締役という役職は僕に働く意欲を持たせるためであって、他の社員よりも給料は低く高卒程度のものだった。

 一方で心乃は、父親が医院長を務める病院で看護師として働くため専門学校に通っていた。

 三年生へと進級した心乃は、今年の試験へ向けて夢乃に勉強を教わっていた。夢乃は花咲家の中の秀才で国家試験を一位で通るほどのものだった。

 僕は心乃が卒業する時まで結婚を待つことにした。それにプロポーズの言葉を言う必要はない。二人で乗り越えてきたこれまでのこと全てが、僕たちにとって愛情を確かめるものとなっていた。


「ただいまぁ」

 玄関が開くと同時に心が癒される声が耳へと届く。

「おかえりぃ、心乃ちゃん。お疲れさま」

 その声の余韻に浸りながらも、僕は玄関へと足を運ぶ。重たい荷物を提げている右手からそれを預かる。そのまま心乃と居間へと移動し、僕は家族のためにご飯を作るため台所へと向かう。

「春人くん。今日はお姉ちゃんの分もご飯作ってもらえる? 仕事が早く終わるから夜ご飯一緒に食べられるって」

「いいよ。一人分多く作るのって面倒じゃないからね。それよりも、人に食べてもらえるってことが嬉しいからさ、いっぱい美味しいもの作っちゃうよ」

「うん、お願いね。それにしても久しぶりだよね。お姉ちゃんと一緒にご飯食べるの」

「そうだね。やっぱり看護師は大変な仕事なんだよ。心乃ちゃんもそんな大変な仕事をするんだよ。そして、僕は心乃ちゃんの疲れを癒すことが仕事だと思うんだ。どうかな?」

「ありがとう、春人くん。さっ、今日も勉強頑張ろ」

 心乃は高校を卒業すると同時に水沢家で暮らすようになった。従兄妹の恋人関係のため、親同士が何の気をかける事もなく二つの家族で食卓を囲むことも少なくなかった。特に夢乃は心乃に勉強を教える時は、一夜を心乃の部屋で寝過ごす。

 従兄妹での恋人関係は、世間の一般的な思い込みでは悪い方へと傾いてしまうかも知れないが、逆に親同士や親族が近くにいる事で心配事を一人で抱える必要がない。

「ただいま」

 裕美と寿也が仕事を終えて帰宅した。水沢商店から水沢家までは徒歩圏内にあった。

 いつも二人仲良く家へと帰ってくる。そんな二人を見て僕は羨ましく思っている。いつまでも心乃と笑いながら、楽しく、仲良く過ごしていきたい。

「おかえり。今日は夢乃さんも夜ご飯一緒に食べるって」

「へぇ、久しぶりだよな裕美。夢ちゃんにはいつもお世話になってるからな。春人、美味いの作ってやれよ」

「うん、任せといて。美味いの作るから」

 僕は夜ご飯を作り始めた。

「心ちゃん、勉強は進んでる?」

「うん。お姉ちゃん、教え方が上手くってすっごく頭に入ってくるんです。それにもうすぐ試験だからって、今日はお姉ちゃんが久しぶりに泊まって教えてくれるんです」

「あ、夢ちゃん今日は泊まっていくんだぁ。私もちょうど話しておきたいことがあったからいい機会だわ」

「心ちゃんの部屋だと夢ちゃんと寝るには狭いんじゃないか。心ちゃん、春人の部屋の方が広いから今日はそっちで寝ないか? 春人、別にいいよな」

「うん、構わないよ。ただ、少し散らかってるから心ちゃんがそれでいいなら僕はいいよ」

「私は気にしないよ。それに多分お姉ちゃんも気にしないから大丈夫だよ。散らかってるって言っても本が溢れてるだけだもんね」

「まぁ、そうなんだけどね」

「ホント、春人くんは本が好きなんだから」

 社会人になった僕は、心乃との結婚やマイホームの為の貯金以外は全て本へと変わっていた。

 僕が夜ご飯を作り終えて、居間のテーブルへと料理を運ぶ頃には、すでに夢乃がその輪の中に入っていた。夢乃が来たことに気づかなかった僕は、軽く会釈をして再び食事の準備に戻った。

「夢ちゃん、後で話があるんだけどちょっと時間もらえるかな?」

「いいですよ、裕美さん」

「じゃあ、私の部屋に来てもらえると助かるわ」

「分かりました」

「お姉ちゃん、裕美さんとの話が終わったら私は春人くんの部屋に居るから来てね」

「うん」

 テーブルを囲んで夢乃とご飯を食べるのは久しぶりだった。箸を口に運ぶたびに夢乃は美味しい、美味しいよ、春人くんと言っていた。僕はそれを聞く度、口元がほころんだ。誰かに美味しいと言ってもらえるのが嬉しかった。

 夜ご飯の時間はあっという間に過ぎた。話の話題が夢乃のことで、色々と最近あった出来事を親が聞いていた。

 僕が片付けをし始めると全員がそれぞれの部屋へと消えていった。

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