押し入れ強盗のクリスマス
サンタクロースを知っていますか?
クリスマスの季節にやって来て、子供たちにプレゼントを配る、不思議な人です。
もちろん知っている? そうでしょうね。
サンタクロースといえばなんでしょう。
もじゃもじゃの白いヒゲ。はい。
赤いコートに三角の帽子。それに?
真っ赤な鼻のトナカイ。そうですね。
あとは、……空飛ぶソリもありますね。
では、サンタクロースに会ったことがある、という方。手を挙げてください。
……はい。いませんね。
このように……あっ、手が挙がった……、ええ、このように、何人かの例外を除いて、サンタクロースに会ったことがない、という人でも、サンタクロースがどんな人かは知っています。
でも、それは本当でしょうか?
これからお話するのは、本当のサンタクロースに関するお話です。
――――
ある年の、クリスマス・イブのまた前日。
明日の夜に向けて、サンタクロースとトナカイ達は最後の準備に取り掛かります。
トナカイ達が、おもちゃの車、積み木、ゲーム機、楽器や本など、プレゼントが次々に運んで来ます。
運ばれてきたプレゼントは、トナカイ達がキレイに箱詰めしていきます。
サンタクロースは、用意したメッセージカードを次々にプレゼントに添えて行きます。
トナカイ達がプレゼントを咥えて袋の中に入っていきます。
外からはトナカイがどんどんやって来ます。
そうして最後のプレゼントを袋に詰めたとき、日は沈み夜になっていました。
明日はいよいよクリスマス・イブ。空飛ぶソリにワックスを塗ってやると、サンタクロースはナイトキャップを深く被り直し、それからベッドで眠りました。
日が昇り、そして落ちると、クリスマス・イブの夜がやって来ました。
サンタクロースとトナカイ達は空を飛び、次々にプレゼントを届けました。
暖炉のある家には家の煙突から。
窓の開いている家には開いた窓から。
隙間風の吹く家には戸の隙間から。
雨漏りする家には屋根に空いた穴から。
車に住む人には車の錠前から。
賑やかな家には家の人達の背中から。
サンタクロース達は風のように素早く、誰にも見つからないようにプレゼントを届けました。
すべてのプレゼントを配り終える頃、サンタクロースはプレゼント袋の中に途方もなく大きなものが一つだけ残っていることに気が付きました。
(……今年のプレゼントはすべて配り終えたはずなのに、妙だな……)
サンタクロースは考えました。
プレゼントを見ればそれがどこへ届けられるべきか、サンタクロースにはすぐに分かります。
サンタクロースとトナカイ達は、プレゼントの向かう場所へ行きました。
サンタクロースとトナカイ達が空を駆けます。
赤い屋根の家に入り、双子のベッドを飛び越えて、かばんの中へ飛び込みます。トナカイ達も続きます。
また飛び出して、白樺の木を横切って、灰色の枯れ木の虚に入ります。トナカイ達も続きます。
また飛び出すと、そこは出口が一つしかない、いたるところ真っ白な部屋でした。
サンタクロースの白いヒゲがぞわりと身じろぎし、サンタクロースは、トナカイ達も空飛ぶソリもいないことに気が付きました。
ギィィー……。扉が開く音がすると、奥から夜空に光る雲がなだれ込んできました。いいえ、それは雲ではありませんでした。
「やあ、僕は押し入れ強盗。君は?」
「ホーホゥホゥ。私は、サンタクロースと呼ばれている」
サンタクロースは、プレゼントの探し主に出会ったことを直感しました。
「見慣れない人だ。僕が盗んだわけでも、手紙を届けに来たわけでもないのに、どうして僕の家に居るんだい?」
押し入れ強盗はサンタクロースをじっと見つめました。
サンタクロースは少し沈黙して、そして答えました。
「過程はどうでもいい。プレゼントの向かう先が大切なのだ。……これは、君へのプレゼントだろう?」
言いながら、サンタクロースはプレゼント袋の中身を見せました。
瞬間、押し入れ強盗は何倍にも膨れ上がり、白い部屋は、暗闇に包まれたかのようでした。
「サンタクロースさん、これは本当に僕へのプレゼントで間違いないかな?」
押し入れ強盗はプレゼント箱をもてあそびながら、嬉しそうに言いました。モジャモジャの毛は渦を巻いてうねり、いくつもの瞳が浮かんでは消えました。
「ホーホゥホゥ! 勿論だとも。私はプレゼントの願いが分かるのだ。それは君のものだ」
サンタクロースはニッカと笑いました。白いヒゲが炎のように拡がります。
「プレゼント、開けてもいい?」
「今かね?」
サンタクロースが訪ねます。
「うん。今」
「それはできない」
「そっか……」
押し入れ強盗の体毛が二重螺旋をいくつも作りだします。
「プレゼントは私が帰ってから開けるといい。それが決まりであるから」
「分かった」
二重螺旋がふつりふつりと解けていきます。
サンタクロースは扉へ向かって歩き始めました。
「ところで。私のトナカイ達とソリは知らないかね?」
サンタクロースが立ち止まり訪ねました。
「ああ、トナカイ達なら……隣の部屋に居るね。ソリもそこに居るよ」
「ありがとう。さようなら。ホーホゥホゥ!」
サンタクロースは言葉を残して霧のように消えてしまいました。
部屋には押し入れ強盗だけが残りました。
「みんな帰ったみたいだね」
そう言うと、プレゼント箱の封を開けました。封が外れると、箱の中身はどんどん広がっていき。
そして目の前には大きな押し入れが建っていました。戸はさくらんぼのように真っ赤に塗られていて、朝露に濡れたみたいにピカピカに輝いていました。
押し入れ強盗が戸を引っ張ると、戸は滑らかに動き出して……。
「ハハッ!」
押し入れ強盗は思わず声を上げて笑いました。
そこには、サンタクロースの着ていたコートや、帽子や、ベルトにパンツ、ブーツに靴下が入っていたのです。
それだけではありません。押し入れの中にはソリやプレゼント袋もありました。
「やあ! 君は、サンタクロースだね! 初めまして。あたしはヨークルフレイプ」
ソリが挨拶しました。
「僕が?」
押し入れ強盗が訊ねると、
「だってここはサンタクロースの部屋でしょ?」
ヨークルフレイプが答えました。
「……そっか。うん、そうだよ。よろしく」
少し黙考して押し入れ強盗は答えました。そして体の一部を伸ばすと、ヨークルフレイプと握手しました。
「よろしくね!」
◆◆◆◆
ヨークルフレイプと押し入れ強盗が出会う少し前。
サンタクロースはトナカイ達を引き連れ、いくつもの押し入れを開け、入り、そして抜け出ていました。
押し入れ強盗の家は、押し入れが不規則に並び、またあるところでは押し入れ同士が繋がっていて、迷路のようになっていました。
サンタクロースが戸を開けるたび、目まぐるしく景色が変わります。
サンタクロースは、白いペンキで塗られた戸を開けました。中にはくたびれたジャッケットが積まれていました。
くたびれたジャッケットの中にはうぐいす色の紙が貼られた戸が隠れていました。
うぐいす色の戸を開けました。中には美しい森林と小さな池と、それからカエルがいました。
池の水面には金細工の施された戸が浮かんでいました。
金細工の戸を開けました。中には海に浮かぶ大きな船があり、美しい女の子と大きな蛸が一緒になってくつろいでいました。女の子は薬指に指輪をはめていて、その上にはさくらんぼのように真っ赤な戸が付いていました。
サンタクロースが真っ赤な戸を開けると、そこはサンタクロースの家の押し入れの前でした。
押し入れからトナカイ達が溢れてきます。
トナカイ達を見送ると、サンタクロースは帽子を外して、コートを脱いで、ベルトを外し、パンツとブーツを脱ぎました。
そして部屋の脇に綺麗に畳んである服に着替えました。
脱いだ服を押し入れに仕舞うと、サンタクロースはどこかへ歩いて行きました。
それっきり、サンタクロースは帰ってきませんでした。
それから入れ違いに、押し入れ強盗がやって来ました。
◆◆◆◆
次の年のクリスマスが近づきました。
サンタクロースになった押し入れ強盗は、ヨークルフレイプと一緒に、子供達に配るプレゼントを準備しています。
「サンタクロースさん、あたしは何してればいいかな」
「うん。プレゼントの箱詰めを頼むよ。……子供のプレゼントってこれでいいのかな?」
押し入れ強盗は、山猫くらいの大きさの、まるっとした蜘蛛のような生き物を見せました。
「この前盗んだ押し入れに入っていたんだ。形が面白いし、たぶん喜ぶと思うんだけど」
「うーん。いいんじゃない? サンタクロースさんが良いと思ったものは子供だって良いと思うものだよ!」
ヨークルフレイプは上機嫌に叫びました。
「そうかな。……でも、子供のために何かするって、何というか、新鮮だな。あ、これもお願い」
サンタクロースとヨークルフレイプは次々にプレゼントを準備していきます。
そして今年もまた、クリスマスがやってきました。
――――
これでお話はお終いです。お楽しみいただけましたでしょうか?
さて今日はご存知の通り、クリスマス・イブですから、皆さんにクリスマスプレゼントを用意してあります。
はは、そんなに驚かれるとは嬉しい限りです。用意した甲斐があります。
皆さんには順番で配りますから、どうかそのままお待ち下さい。
ああ! 皆さん、どこへ行かれるのです! プレゼントは受け取られないのですか? ……せっかく準備したのに?
ほら、これなんか。これね。開けると……ほら、蛇が飛び出すビックリ箱です。綺麗でしょう? ……なんせ本物の蛇ですから。それに……あっ、噛まないで! そう、生きてます。ね。
あら、誰もいなくなっちゃった。
押し入れ強盗の冒険 @chased_dogs
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