押し入れ強盗と忘れ物

 あるところに、小さな男の子がいました。

 名前は、ダヤムといいます。

 ダヤムは、お父さんとお母さんと、三人で暮らしています。

 お父さんの名前はメズアキムで、お母さんの名前はメズリです。

 ダヤムは、お父さんのメズアキムとお母さんのメズリと一緒に遊ぶのが大好きでした。

 色々な遊びをしましたけども、そのどれもダヤムは楽しみましたけども、中でも一番は、隠れんぼすることでした。


 ダヤムは色んなところへ隠れます。ベッドの敷布の下、カーテンの裏、テーブルの下、ベッドの下、使わなくなった大きなゴミ箱の中、庭の白樺の木の裏や、干してある洗濯物の中にも隠れたことがありました。

 隠れんぼするたびダヤムは、じーっとじーっと、息を殺して静かに静かに、メズアキムとメズリが見つけてくれるのを待ちました。

 そして、見つかるたび、大喜びで転げ回るのでした。


 ある日、ダヤムはいつもそうするように、隠れんぼを始めました。

 はじめは絵本やぬいぐるみの山の下に隠れていましたが、すぐに見つけられてしまいました。

 それから、家の近くにある枯れ木の虚の中に隠れました。しばらく見つかりませんでしたが、木の中からダヤムの頭ほどの大きさの、ふわふわでずんぐりむっくりとした、黒い蜘蛛のような生き物が何匹ものっそりと出ていくのを見て、ビックリした途端に見つかってしまいました。

 ずっと木の中にいたので、塵と泥と蜘蛛の巣だらけになってしまい、ダヤムはメズリからとても叱られてしまいました。

 それでも、ダヤムが黒い生き物の話をすると、メズリは少し嫌な顔をして叱るのを止めてくれました。


 次にダヤムは家の押し入れの中に隠れました。戸を閉めると辺りは真っ暗になって何も見えなくなりました。

 暗闇の中、じーっとじーっと待っていると、何故だかだんだんだんだんと、眠たくなってきました。


 眠らないようにがんばって、それでもウトウトウトウトしていると、いつの間にかダヤムは明るい真っ白な部屋に座っていました。

 辺りは白い壁だけで、遠くの方に小さな覗き窓が付いた扉が一つあるだけでした。

「ここはどこだろう?」

 ダヤムは考えましたけども、分かりませんでした。


 覗き窓からは、時折中の様子を伺うように、黒い影が張り付いたり横切ったりしました。

 ダヤムははじめ、扉の方に近づこうとしましたが、恐ろしくなって、部屋の真ん中でじっとしていました。

 そうしてダヤムが座っていると、ガチャりと扉の開く音がなり、ゆっくりと扉が開きだしました。

 奥からは黒くてモジャモジャしたものが這い出て来ます。

 夜空に浮かぶ雲のように内側から輝き、ジッと見つめていると吸い込まれてしまいそうです。

 黒いものはだんだんと近づいてきます。動くたび毛並が波打ち、近づきながら遠ざかっているようにも見えました。


「やあ、僕は押し入れ強盗。君のお家の押し入れは盗ませてもらったよ。」

 ずずっと黒い影がダヤムの手まで伸びて絡み付き、そして握手をするように上下に引っ張りました。

「怖がらないで。のんびり、楽にしていていいよ。……そう。君がここに居るのは全くの偶然で、たまたま僕が押し入れを盗んだ時に、中身に気づかず君ごと取ってきてしまったというわけなんだ。分かるかい?」

 ダヤムには、何故だか押し入れ強盗の言葉が分かりました。それでダヤムは頷きました。

「間違って取ってきたら、ダヤムを返せないの?」

 ダヤムは訊ねました。

「そうだね。何から話そうか。僕は君のお父さんとお母さん、メズアキムとメズリに手紙を書いたんだ」

 押し入れ強盗は懐から(ダヤムにはそれが懐に見えたのです)薄緑色の紙片を出して、ダヤムに見せてくれました。

「この手紙には、君の家の押し入れを僕が盗んだことが書いてある。返して欲しければ手紙の返事を送るよう書いてある。だから、君のお父さんかお母さんが、君や君の押し入れのことを忘れなければ、僕の手紙に気づいてくれれば、僕はきっと君を押し入れごと君の家に返すだろう」

 押し入れ強盗はダヤムの周りを跳ねるように回りながら言いました。そして一言付け加えました。

「そう、お父さんかお母さんが僕に手紙を書いて、送ってくれればだ」

 ダヤムは帰れると知って安心しました。同時に、不安になりました。もし帰れなかったらどうなっていたんだろう?

 押し入れ強盗がダヤムの大きな瞳を覗き込みました。

「もし手紙が来なかったら。君のお父さんお母さんがダヤムのことや押し入れのことを忘れてしまったら? 君のようなは時々ある」

忘れ物はそのままにしておくが、忘れ物は難しい。分かるね? 約束を守れる子は、大事な押し入れを壊さない約束をして、普段は何処かの押し入れに仕舞っておく。約束を守れない子は、こういう安全な場所に入れておく。……ああ、君と同じくらいの子もいるね? きっと仲良くなれるから、連れて行こうか」

 押し入れ強盗の身体がぐーんと広がって、ダヤムの手をやさしく掴みます。ダヤムは顔を青白くして首を振りました。

「……分かった。じゃあ、今日はそのままここにいるといい。手紙、来るといいね。じゃあ」

 そう言い残して押し入れ強盗は何処かへ行ってしまいました。

 ダヤムはまた独りぼっちになりました。


 いつまでそうしていたでしょうか?

 不安なまま、手紙が来るのをじっと待っていると、だんだんと辺りがぼんやりとしてきました。頭が重くなって、目を瞑るとジワッと頭の奥の方で何かが拡がるようでした。

 少しお腹が空いてきて、ウトウトウトウトしていると、気がつけば辺りは真っ暗になっていました。


 いえ、部屋の隅から光が零れていました。ガタガタと家が鳴ると、パッと明るくなりました。

 目の前にはメズリお母さんがいました。光が目に染みます。ダヤムの目からは涙が零れていました。

 ダヤムは家に帰れたことを知りました。お父さんお母さんは手紙を書いてくれたんだと思いました。

「こんなところに隠れてたの? ご飯食べるから隠れんぼはお終いにしようね」

 メズリはダヤムの手を掴んで引っ張り上げます。その時、ダヤムのお尻の下から小さな紙が出てきました。

 メズリはそれを拾いました。

「押し入れ強盗……? どこかで拾ったかな」

 メズリは手紙を袖に仕舞うと、ダヤムを連れて行きました。

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