【9】
手が動かない。足も動かない。この感覚を…………そう、この違和感を、僕は知っている。
折角、何事もなく帰れると思っていた。もう体験しなくていいのかもって、期待していた。甘かったんだ。違和感は、道にあったんじゃない。いつも僕の後ろにいたんだ。
こぶし大の石を飲み込んでしまったかのような喉元の窮屈感。まるで、両手で首を絞められているみたい。
冷たい汗がツゥと、額に、背中に流れて落ちる。氷のような汗は、僕の体内から発生したとは思えなくて、それが更に不安を煽った。
激しい息切れに、荒くなる呼吸。走って帰ったからじゃない。首が絞められている中、必死に酸素を取り込んで、生きようとしているからだ。
心臓がバクバクと全身に脈を打ち、手足の震えが止まらない。お前の後ろに、何かいる。煩い鼓動は警告し、血液と酸素を猛スピードで巡らせた。
誰に教えられたわけじゃない。それでも僕は、知っている。この違和感が、僕のお父さんとお母さんを殺した。最初に現れたイヌも、ウサギも、親子も。おそらくは、死んでいる。お父さんとお母さんが死んだように、目に映ってから、2日後に。
もっと早く気づいていれば、みんなのことを助けられたかもしれない。そんな風に後悔しても、だれも取り戻せないのが分かっているから、憎しみをぶつけるように、拳を作った。
振り返らない。今日こそ振り返らずに、誰も死なせない。絞り出したか細い声で、違和感に問いかける。
「どうして、みんなを殺すの」
違和感からの返事はない。背中に張り付いた視線が、ぐるりと回転した。精一杯の息を吸って、再度話しかける。
「お願いだから……お父さんとお母さんを、返してよ」
言葉の最後は消え入るように、掠れた声になった。この言葉に何か引っかかったのか、視線の様子が変わる。振り向かなくてもわかるほど、騒々しくなって忙しなくなって、ようやく落ち着いたかと思えば、僕の喉をさらに締め上げて、笑っているようだった。
息を吸うことも、吐くこともできない。苦しみ、悶える僕の首を、ゆっくりと、違和感のほうへ向けられる。目は閉じられない。これ以上、何もあがけない。違和感を、目にするしかない。
不安と、恐怖、それから苦しさで涙の溜まった目。
だけれど、そんな僕の目に視線の正体は、不思議なくらいにはっきりと見えた。
赤く充血させた目を見開いて、おぞましい笑顔を浮かべる、
僕が、そこにいた。
みんなしぬ。 夏川 流美 @2570koyama
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