第40話 心——その後


「はぁーーーーっ! つっかれたー! しん、心〜! 書き終わったわよ〜」

「本当!? ありがとう姉さん!」


 リビングで小説を書いていた姉のところへと、コーヒーカップを持って近づく。

 姉が今書き上げたのは、最終巻、というやつ。

 本当は見せてもらったりしちゃいけないのだが、家族特権ってやつで。


「ほらここ。ここに『コニッシュ・スウのその後』って章を追加しておいたわ。コミカライズはどうなるかわからないけど、書籍はこれで完結だから完結ブーストでコミカライズも好評ならここまで描いてもらえるかもだけど」

「いや、今度は買うよ。俺。何月発売なの?」

「そうねー、大体二ヶ月後かしら。このあと校正が入るのよ。ここのレーベルさんは一回だけしかないけど、PDFでゲラがくるの。それをチェックして、絵師さんから表紙や挿絵が来てロゴや帯デザインが入ってだから……」

「わあ……本って結構色々手間がかかるんだね」

「そうよ。本って一人じゃできないの」


 たくさんの人の力が集まって作られる。

 姉……作者ができることは、ストーリーをより面白く、読みやすくすること。

 それを引き立てるために編集や校正がいて、イラストレーターという看板が客に内容を伝え、キャラクターに『姿』という命を与える。

 さらに編集部で作品の魅力を高め、営業部が作品をより広く伝えるために働きかけ、ロゴや帯が魅了をわかりやすく凝縮して伝えられるようにする……すごいな。


「あとやっぱり漫画家さんはすごいわよねぇ。小説を読んで、その場面を絵に起こすんだもの」

「……なんとなく読んでたけど、それもすごいことなんだね」

「そーよー。私の頭の中にしかなかった光景が、漫画になって動き出すの。すごいわよねぇ。尊敬しちゃう」

「…………」


 俺は、姉と兄が物語を考えて小説に書き起こすのだって、十分すごいことだと思ってる。

 でも、姉も兄もそれを鼻にかけることなく、他者の“すごいところ”を手放しで褒めるのだ。

 姉のパソコンに浮かぶ『もくじ』。

 その後ろから二番目に『コニッシュ・スウのその後』という章がある。

 姉に頼んでコニッシュ・スウを、死ぬことなく助けてもらえないか、と我儘を言った結果だ。

 でも、姉は最初からコニッシュ・スウを殺してなんていなかった。

 彼女は助け出されて、ミゲル・ファウストと結婚する。

 あの『ヒカリ』はなにを見てそんなことを言ってたんだろう?

 首を傾げると「たまに自分の好きな展開で話す読者がいるけど、それだったんじゃない?」とのこと。

 なんかwebには敵役のキャラを「親でも殺されたのか?」ってくらい過剰に攻撃する読者がいるんだって。

 なにそれヤバい。


「ミゲルもねぇー、私はかなり好きなんだけど王子トール派の読者からめちゃくちゃ嫌われてるのよー。主人公を口説くからー」

「ええ、そうなの? あんなにいい人なのに……」

「でしょー? ……あれ? あんたコミカライズしか読んでないんじゃないの?」

「あ、いや……」


 しまった、コミカライズ版だとミゲルさんはまだ『主人公を口説く怪しいイケメン』なのか。

 正直あの二ヶ月程度の出来事も……長い夢だったような気もする。

 でも、さすがに長すぎるよな。


「…………姉さんが書く物語に悪役っぽい悪役、いないから?」

「あらー、わかってるじゃなーい。……だって、みんな幸せな方が見てて楽しいじゃない。なんでわざわざ物語の中でまで、不幸な人を作らなきゃいけないの? 物語の中でくらい、全員幸せ! ハッピーエンド! で、よくない?」

「うん、そう思う」


 素直に頷く。

 俺もそう思う。

 もう一度『もくじ』を見て、目を細めた。

 姉の言葉や、ネタバレを聞いて確信している。

 きっと君はあの世界で今度こそ幸せになることだろう。

 ミゲルさんと結婚するのなら間違いない。

 あの人なら——大丈夫。


「俺も出版業界に行きたいなー」


 姉の話を聞いて、ふと、そう呟いた。

 しかし、姉が恐ろしい形相に変わる。

 俺、なんか地雷になるようなこと言った!?


「編集になる気なら、大学行ってまずはどこかまともな会社に就職してからにしなさい。社会を三年、経験してからにしなさい。最低限」

「え? あ、う、うん? な、なんで?」

「社会経験一年未満の編集、マジヤバいから……! いや、私が仕事した人がたまっっったまアレだったのかもしれないけど……」


 顔が……顔が……!

 な、なにかあったのか……!?

 姉は俺の両手を掴み、つらつらと色々話してくれた。

 それ、俺に「話して大丈夫?」って内容。

 結構ヤバい。

 聞いてるだけでも……しかも止まらない。

 三十分くらい延々とその「クソヤバいの担当」の話を聞いて、編集になる、というのは……やめようかな、と思った。

 人間が可能な仕事量だと思えない……特に新人の。

 姉の体がねじれそうなほどのクレーム……すげぇ、溜まってる……。


「アイツだけね!」

「そうなんだ」


 そしてもし本当に編集になるなら、ちゃんと社会を経験してからにしようと思った。

 作者にこんなに嫌われる編集には、なりたくないので。


「まあ、出版関係者なら編集に限らず色々あるし、編集にこだわる必要ないわよ!」

「う、うん」


 殺気立たせてしまった。

 でもその通りだ。

 今姉に聞いただけでも、営業部・ロゴや帯をデザインするデザイナー、イラストを描くイラストレーター、多分、作家が知らないだけでもっとたくさん——。


「うん、もっと勉強するよ」


 物語の中の人にも幸せになってもらえるように。

 コニー、俺、頑張るね。







 終



 ****

 完結です。

 閲覧ありがとうございました。

 姉の話してる編集さんは古森の編集さんではありませんので悪しからず。(でもモデルはいるよ)


 ★などで応援して下さると幸いです。

 では、改めて最後まで閲覧ありがとうございました、

 古森でした。

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【魅了の魔眼】は危険だからと国外追放された伯爵霊嬢は招き人とともに魔族の国に拾われました。【WEB版】 古森きり@『もふもふ第五王子』発売中 @komorhi

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