第39話 それからの話


 その後の話を、少しだけ。


 私、コニッシュ・スウは、あの半年後にミゲルさんと婚約をしました。

 直後の話をするのならば、それはもうなんというか、とんでもなく…………とんでもなく大変だった、と言わざるを得ません。

 ヒカリ様が元の世界に帰られたこと。

 それに激昂したトール王子は、私たちの話などにまるで耳を貸してくれず、一時は「宣戦布告と受け取る!」と騒ぎ立てる始末。

 いえ、そう受け取られてしまうのも、覚悟の上でしたけれど……。

 けれど、意外なことにそのトール王子を宥めてくれたのはエリーリットでした。

 私の話を聞いて、信じてくれたのです。

 私の目から闇の聖霊神様の加護……【魅了の魔眼】が消えていたからだと、そう言っていました。

 ……私からは、妖霊神の加護も闇の聖霊神様の加護も消えていたのです。

 おそらくシンが妖霊神を封じてくれたおかげでしょう。

 闇の聖霊神様も、もう私を守る必要がなくなったのです。

 トール王子は「加護がないにしても、一度我々を謀った者の話など信じられるか」と叫びました。

 でも、そこはエリーリットの味方のセリックが「無事にこの国から出るために、一度呑み込んでください」と王子を落ち着かせました。

 ひどいことをさらりと……。

 でも、別れ際——。


「元気になって良かったね」

「え? あ、はい」

「お姉様はこちらの国の方が、体質にあっておいでだったんですね」

「ええ、そうみたい」


 と、普通の会話ができました。

 あの頃のように……【魅了の魔眼】で、学園に普通に通えていた頃のように……。


「……これからもこちらの国で……?」

「そのつもりです。もう帰りません」


 帰れないから戻らない、ではなく、私はキッパリと「帰らない」と告げた。

 自分の意思でここにいる、と。

 そして、私のおかげであなたたちと殿下は無傷でこの国から出て行けるのだと。

 そう、暗に告げた。

 エリーリットは少しだけ眉を下げる。

 その可愛らしい表情、寂しそうな瞳の揺らぎに、私も少しだけ泣きそうになった。

 でも……。


「この国には優しい人たちがたくさんいるし、私はこの国でもっと覚えたいこと、やりたいこと、約束してることがたくさんあるの」

「お姉様が……?」

「ええ。たとえばこれ。扇子」

「扇子……」


 一つ、家の中から試作品を持ってきていたものを手渡す。

 本当はジェーンさんの同僚の方にお渡しする予定の『異性に魅力的に見えるおまじない』が施されているやつ。

 あらかじめエリーリットにもそういうおまじないが施されているものであると説明した上で、手渡した。


「可愛らしいです。それに、おまじない、ですか。扇子にそんなものを付与するなんて」

「『レイヴォル王国』でも人気が出そうでしょう? まあ、あなたはもう婚約者がいると思うけれど……まだ婚約者が決まっていないお友達がたくさんいると言っていたじゃない? そういう方々にお配りしたらいいんじゃないかしら」

「でも、人の心を操るなんて——」

「それは違うわ、エリーリット」


 首を振る。

 ジェーンさんが私に教えてくれたこと。

 それは……。


「これは縁を繋ぐものよ。出会っても、話しかける勇気がない人だっているかもしれない。そういう人にこそ使ってほしいの」

「…………」

「幸せになるために、補助してくれるものよ」

「……、……わかりましたわ。そういうものなのですね」

「ええ」


 エリーリットは、私の言葉を正しく理解してくれた。

 手を重ねて扇子を手渡し、私はこれを両手を広げた大きさのお着物にして、すごいのを作る約束を他の職人さんたちとしてるのよ、と語る。

 するとエリーリットは目を見開いてからほんの少し笑ってくれた。

 それから、「できあがったら、見にきたいです」とも。


「ええ、また来て。私たちだけは、仲良くしましょう。いつか国同士が、仲良くできるために」

「はい、お姉様」


 馬車に乗り込む直前、手を重ねて笑い合えた。

 最後にセリックへ、「エリーリットをお願いします」と頭を下げる。

 彼にとってエリーリットとの結婚はお金のため。

 そんなことはわかっているけど、それでも頼めるのは彼しかいなかった。

 複雑そうな表情をされたが、なんだかんだ優しい人だもの……きっと大丈夫。

 だって、【魅了の魔眼】を持たない頃の私に、会いに来てくれるような人だもの。


「はぁー、一応戦争の準備をしなければダメかぁ」

「え! 戦争!?」

「王子が怒ってただろう? 『レイヴォル王国』の神子を勝手に帰してしまったから。……まあ、あれ僕のせいではないけれど」

「そう、ですね」


 どちらかといえば私のせい。

 でもミゲルさんは私を責めることはなかった。

 その後、国王陛下——ミゲルさんのお兄様にもお会いしたけれど、陛下も私にはなにもお咎めなし。

 普通に今後この国でどんな風に過ごしたいかなど、私の希望を聞いたりしてくれた。

 私はもう闇の聖霊神の神子ではないのに。

 そう、言ったのに陛下は「それでも、君は戦争回避の鍵となる」と言ってくれた。

 そう言われては、私も色々覚悟を決めねばならない。

 この国の民として、『レイヴォル王国』との橋渡し役を行えるように。

 陛下にはすでに奥様がいるので、万が一戦争になって、その後和平を結ぶ時のためにと私はミゲルさんと婚約することになった。

 嫌なら断ってくれていいと、ミゲルさんは言ってくれたけれど……私はこれからもこの国で生きていくことにしているのだ。

 この国に骨を埋める覚悟なのだから、そんな気遣いは不用です。

 それに、結局半年が過ぎても『レイヴォル王国』に動きはなかった。

 あちらに戦争をするつもりはないのか、はたまたまだ準備中なのか。

 ただ、戦争になれば光と闇の聖霊神が作り上げた結界が阻むだろう。

 竜王国を含めた三国は、あまりにも激しい戦争の歴史から今の形になったのだ。

 戦争の準備をしても、簡単に攻め込んではこれやしない。


 ——そうして平和な日々が続き、私は二十歳になった。


『レイヴォル王国』とはずっと断絶が続いている。

 おそらく、聖霊神の加護がない者はやはり結界を超えられないのだろう、とのことだ。

 エリーリットたちが来れたのは、ヒカリ様がいたから。

 それならエリーリットたちは無事に帰れただろうか。

 今更ながら、別な心配をしてしまう。

 私はミゲルさんと正式に結婚して、今妊娠中。

 この二年であの人はずいぶん私に甘くなった。

 あんなに綺麗な人が、私に愛を囁くようになるのだから、恋とは不思議なものだと思う。

 恋……愛……そう、ミゲルさんは私を好きになってくれたし、私もミゲルさんを好きになった。

 あの頃よりできることはすごく増えたし、やることもやりたいこともたくさん。

 例の巨大扇も、完成して今はお城の玄関に飾ってある。

 最近は護符作りにも慣れてきたし、護符袋やおまじないの付与された扇子も新しいデザインに挑戦しようと思って思案中。


「シン、あなたは元気ですか?」


 空を見上げながらたまに問う。

 ここではないどこかにいるあなたは、今元気だろうか?

 私の命と心を救ってくれたあなたに、伝えたいことがある。


「私は幸せですよ」






 これからも胸を張って生きていきたいと思います。

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