第38話 私はもう大丈夫


 声が聞こえた。


『コニー、聴こえる? 君を助けたら、俺は元の世界に帰るね。……帰って、君が幸せになれるように働きかけてみる』


 これは、シンの声。

 最初なはなにを言われているのかわからなかった。

 私の周りは黒い紐のようなものでがんじがらめ。

 しかも、その紐は私に絡んで私の中からなにかを吸い上げる。

 とても気味が悪い。

 でも、シンの声は安心できた。

 手を伸ばそうとするけれど、手が引っかかってできない。

 シン、どこにいるの。

 助けて……。


『俺、コニーの笑った顔が好きだよ。すごく可愛くて、ずっと見ていたかった。コニー、俺に……たくさん笑いかけてくれて、ありがとう』


 優しい声に涙が出た。

 私の方こそ、あなたにとてもとても支えられたわ。

 ずっと、あなたのおかげで立っていられたと思う。

 あなたとジェーンさんがいたから、色々なことに挑戦できた。

 それに、あなたが……『招き人』が招かれたと知ったミゲルさんが『招き人』を探していたから、私も助けてもらえたの。

 不思議よね、私なんて死んでしまえばいいと、自分でもずっと思っていたのに。

 妖魔になるのは嫌だ、とか、妖霊神に喰われるのは嫌だとか……死に方にこだわりがあるみたい。

 その上あなたの声が聞こえたら、こんなふうに縋りつきたくなるなんて。

 死にたくない、って。

 あなたにまた会いたいって、思ってしまう。


『幸せになって』


 光が見えた。

 とても小さな粒のようなその光は、どんどん大きくなっていく。

 泣きたくなるようなあたたかな光。

 私を包んで、そして絡んでいた黒い紐をプチプチと千切れさせていく。

 気づくと本当に泣いていて、私は……手を伸ばしていた。

 その手を光が受け止めてくれる。


「シン……」

『コニー、俺元の世界に帰るよ。もうこの世界にいられない』

「え? うそ、どうして? なんで? 私、あなたに言わなければいけないことが……」

『それはお互い様だよ。というか、最初に俺の命を助けてくれたのは君だよ』

「!」


 私はただ、目の前に流れてきた人を引き寄せただけ。

 助けた、なんてたいそうなこと、した覚えはない。

 そう言うと首を左右に振られた。


『助けてくれてありがとう』

「…………私も、助けてくれて、ありがとう……」


 ぶわり、となにかが胸から溢れ出す。

 まるでそれを嫌がるように、胸の中にあった重たいものが消えていく。

 それは鎖だった。

 赤黒い、妖魔の全身を繋ぐ妖霊神の鎖。

 私の胸の中から、呪いを引き摺り出そうとしていたのだ。

 でももう、今の私には呪いなんてない。

 人を呪うよりも、自分を呪うよりも、シンに助けてもらったこの命を大切にしようと思うから。


「ありがとう、シン……もう大丈夫です……」


 シンは帰るんだ。

 もの世界に。

 じゃあ、心配させるわけにはいかないよね。

 泣きながら、でも精一杯笑って手を離した。

 絶対上手く笑えていないけど、それでも——。


「コニッシュ!」

「……!」


 目を開けると、そこにはミゲルさんがいた。

 森の中、青い空……。

 妖霊神界ではない。

 戻って、きたの?


「……わ、たし……」

「怪我はなさそうだ。ああ、良かった。……君まで消えてしまうかと思った……」


 ミゲルさん。

 私を抱き抱える手が震えていた。


「あの、なにが起きたんですか?


 ミゲルさんから聞いた、私がいなくなったあとのこと。

 私のことを心配したシンが、妖霊神界まで追いかけてきてくれて、そこでミゲルさんと合流。

 ミゲルさんはヒカリ様に協力を仰ぎ、三人であの大きな髑髏の妖魔を倒した。

 それだけでも十分すごいのだが、シンは、なんと妖霊神に囚われる私を見つけるなりヒカリ様が召喚した四大元素の聖霊神に加え、光と闇の聖霊神も召喚。

 聖霊神王の力の断片を使い、妖霊神を別空間へと深く強く封じ込めた。

 そしてその代償として、シンとヒカリ様は……元の世界に、帰られた、と。


「そう、でしたか」

「……君だけでも無事で良かったよ」


 そう言いながら、涙を滲ませていたミゲルさん。

 ああ、不安でたまらなかったのだな、とわかった。

 そうだよね……私も妖魔に囲まれ、妖霊神の前に引き摺り出され、妖霊神界に独りぼっちだった時はずっと震えていたもの。

 私などよりずっと自分の身を守る術のあるミゲルさんでも、怖いに決まってる。

 まして、共にいたシンやヒカリ様が突然元の世界に帰っていなくなってしまったら……。


「ヒカリという四大元素聖霊神の神子殿を利用したのがバレて、天罰が下ると思った」

「…………」


 なるほど、それはそれで怖いですね。

 怯えてた理由はそちらでしたか。


「でも君までいなくなったらと思ってたのも本当だよ」

「はい……」


 本当に安堵しているのがわかる。

 あの場で光に包まれた招き人たちは、消えてしまった。

 それを目の前で見て、怖いと思わない方がおかしい。

 ミゲルさんは私を抱き抱えると改めて抱き締める。

 まるで縋りつかれるかのようだ、と思った。


「そしてこれから四大元素聖霊神の神子殿のお供の方々に説明するのも怖いよ……」

「わ、私も説明するのをお手伝いします……」

「本当だね!? 言質とったよ! 絶対だからね!」

「は、はい」


 あ、それも震えてる理由でしたか。

 そ、そうですよね。

 ヒカリ様は『レイヴォル王国』の招き人。

 その人が突然いなくなった——元の世界に帰った、なんて聞いたら『レイヴォル王国』は大騒ぎ。

 一緒に来ていたのは私の妹、エリーリットと元婚約者のセリック、そして王子殿下。

 普通に国際問題になりかねない。

 あ、な、な、なるほど……っ!

 本格的に震えますね、これはっ……。


「…………」

「? こに?」

「いえ、はい。大丈夫。今度はちゃんと向き合います。そして、必要なら戦います。……シンに、私はもう大丈夫と、言ったから」

「…………、……そう」


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