第5話 分からせ『デスナックルの場合②』

「待ちやがれこの野郎!!!」



 デスナックルはゴリラ特有のナックルウォークという4足歩行で、前方を走る怪物の背を追いかける。



 通常のゴリラですら時速40キロは出せる。さらにデスナックルは神器である。出せる速度はゴリラの全力疾走の比では無い。



 今現在デスナックルは時速320キロのスピードで怪物の背を掴もうと全力疾走していた。



 しかし追いかけられる怪物もデスナックルと同等の速度で走っているため、差はなかなか縮まらない。



 加えて怪物は人間と全く同じ体型ゆえに恐ろしく身軽であった。屋根に上ったり、『尾』を使って進路を変更したりと、とにかくあの手この手でデスナックルから逃げ続けるのだった。



 そして怪物は人間特有の両手の器用さを十全に発揮し、作り出した武器を投擲してデスナックルの走行を巧みに妨害してくるのだ。



 デスナックルは武器が投擲されようが障害物があろうが一切回避せず、固い体にものを言わせて強引にぶち抜いた。デスナックルからすればそんな物は小石が当たった程度のものでしかなかった。



 当たった所で、出てくる影響は誤差みたいなものだ。



 しかし、塵も積もれば山となる山となるものである。



 初めは3メートル程度しか離れていなかった差も、今では10メートル近い差が開いていた。



(チクショー、何であんなチビにこのデスナックル様が追いつけねぇんだよ!)



 デスナックルはその事実に苛立つばかりだ。



「頃合いか…」



 怪物は背後に迫るデスナックルの苛立ちを敏感に察知し、満足気に頷くとぼそりと呟いた。



 それから怪物はデスナックルの走行の妨害をしつつタイミングを見計らい、投擲した鉄球が顔面に命中し一瞬動きが鈍った瞬間に『尾』を地面に突き立てて強引に進路変更した後、再び走り出した。



 デスナックルはその強引な進路変更について行けず、バランスを崩して周囲の建物をぶち破りながら転倒。



「ガァアアアア!!!」



 体に乗った瓦礫を身震いして振り払いながらデスナックルは立ち上がり、怒り心頭で見失った怪物の姿を探し出すべく走りだした。



 彼の歩みには迷いは無く、それはつまり怪物が向かったであろう場所に心当たりがあったからである。



 もしこの町で仮に戦うのであれば、それは町の中心にある中央広場に違いなかった。あそこは障害物が少ないし、何より広い。戦うのなら、あそこ以外に適した場所などありはしない。



「ククク…」



 デスナックルは全力疾走を続けながらほくそ笑んだ。彼の脳内にはどうやってあの怪物をいたぶって殺してやるかという考えしかなかった。



 彼の予想通り、怪物は中央広場にいた。怪物はすでに停止しており、彼に背を向けた状態で、まるで待ち構えているかのように静かに立っていた。



 デスナックルは怪物の姿を確認するや徐々に速度を落とし、怪物から10メートル離れた地点で停止、眼前の怪物の背をその赤い眼で睨みつけた。



「ハァーハハハ…よくもちょこまか逃げ惑ってくれたな。だがもう逃げられんぞ」

「…あぁ、やっと来ましたか」



 デスナックルに話しかけられ、そこでやっと気づいたとばかりに怪物はゆっくりとした動作でデスナックルに向き直った。



「相変わらず神器というものはやることなすことが乱暴な事この上ないですね。ここに来る途中でいくつ建物を壊したんですか?それに来るのが遅い。社会人たるもの5分前行動が出来なければいけませんよ?まぁ社会経験の無いあなたには無理そうですが」

「ア゛ァ゛!!?」



 怪物の挑発に、デスナックルは一瞬で沸騰した。とたんにただでさえ強かった圧力が跳ね上がり、常人なら失神して意識を失ってしまうであろう莫大な怒気が放たれた。



 しかし射殺さんばかりに明滅するその赤い眼光に対し、怪物の鋼色の瞳は何処までも冷ややかで、徹底的なまでに何の感情の起伏も有りはしなかった。



「テメェ殺す!追い詰められたネズミ風情が生意気な口をッ!!!」

「追い詰められた?はっはっは……」



 怪物は乾いた笑みを浮かべた。訝し気に細めるデスナックルに、怪物は出来の悪い子供に教え諭すような口調で言った



「ここまでくる途中で何か気づきませんでしたか?」

「何言って……ッ!?」



 怪物の言葉に、ここで初めてデスナックルは違和感を覚えた。



 そうだ、建物をぶち破った時、どの家もどの建物にも人っ子一人いなかった。さらに。



(人の気配が無い!?いや、それどころか町全体があまりにも静かすぎる!!)

「気づいたようですね」



 驚愕に目を見開くデスナックルに、怪物は語り掛ける。



「あなたは私に追い詰められたと言っていましたが、それは誤りです」



 言いながら、怪物は指をパチンと鳴らした。するとそれを合図に、建物の影から、裏路地から、黒ずくめの集団がぞろぞろと現れて彼らを円形に囲い込んだ。



「諜報部だとォ!?」

「彼らにはずいぶんと無茶ぶりをしてしまいました。そのせいで



 怪物は黒ずくめの集団へ、その中でもとりわけ強い力を発している一人に目を向けた。男は肩を竦めた。



「まぁ結果良ければなんとやらとも言います」



 怪物は掌に鍔の無い長剣を作り出して構えた。



「本当なら住民の避難が済み次第解撤収させる手筈でしたが、この際あなたの敗北する瞬間でも記録させましょうか」

「上等だこの野郎!!!返り討ちにしてやるわ!!!」



 デスナックルは激昂し、両胸を叩きながら吠えた。血の通わない鋼の怪物同士の戦いが始まった。




 *




「オオォ!!」



 チユキは姿勢を低くしながら踏み込み、10メートルの距離を瞬く間に詰めると、逆袈裟に斬撃を放った。



「ヌゥウン!」



 デスナックルは腕を掲げて斬撃をガード。長剣はデスナックルの腕にめり込むが、完全に切断とはいかず、3分の1ほどで止まってしまった。



「ハハハァ、貧弱!」



 その隙を見逃さず、すかさずデスナックルはもう片方の手でジャブを放つ。極めて予備動作の少ない危険な攻撃だ。



 しかし、チユキはそんな事は織り込み済みとばかりにあっさりと剣を手放した。



「ヌゥ!?」



 その行動にデスナックルは驚いた物の、先ほどの逃走劇で目の前のジンギが大量の武器を惜しみなく投擲していたことを思い出し、すぐさま動揺を打ち消すと、追撃のためにチユキに向かって突っ込んだ。



「次はこれだ」



 動揺によりできた僅かな隙に、チユキは次の武器の精製を済ませていた。デスナックルが放った大ぶりの右ストレートを左手に持った盾で逸らし、お返しとばかりに右手に持った槍でコンパクトな突きを放つ。



「ガハハ効かぬわ!ヌゥン!!」



 ガッと槍は胸のど真ん中に突き立ったが、デスナックルはそんな事など少しも気にすることなく無造作に前蹴りを放った。



「ッ!?チィ!」



 これだから神器というものは!ちったぁ怯めや!



 チユキは心の中で吐き捨てると、槍から手を離して反射的に盾を掲げた。



 その直後にデスナックルの前蹴りが掲げた盾と接触。重機の正面衝突を思わせるような凄まじい衝撃がチユキを襲う。



「うおっ!?」



 チユキは咄嗟に後方へと跳んだ。パンチの衝撃と跳躍の勢いが合わさり、チユキは砲弾めいた勢いで後方へと飛んで行く。



 チユキはその勢いのまま背後にあった建物の壁を蹴って三角跳びをし、頭上からの強襲を仕掛けた。



「食らえ!」



 チユキは作り出した大槌をデスナックルの頭部に向けて振り下ろす。



「んな攻撃当たるか!」



 デスナックルはサイドステップで頭上からの攻撃をかわす。外れた大槌は一瞬まで前までデスナックルのいた床を叩き割った。



「はは隙あオブッ!?」



 攻撃を外した隙を見逃さず、デスナックルは殴りかかろうとしたものの、何かに足を引っ張られて思い切り転倒した。



「な、これは!?」



 それは先端がガントレットに変わった『尾』だった。それが万力の如き力で彼の足を掴み、引っ張ったのだ。



「だおっ!」



 すかさずチユキは倒れ込んだデスナックルを大槌でぶっ飛ばした。



「グホッ!?」



 金属同士がぶつかり合うすさまじい破砕音と共に、デスナックルはゴルフボールめいて天空へとすっ飛んで行く。



 このまま放物線を描いて市外へと吹き飛んでいくかと思われたが、周りに展開していた諜報部の面々の発動した闇魔法で作り出した影の触手の網がデスナックルを絡めとった。



「よろしい、ではそのままチユキさんへ投げ返してください」



 まるで蜘蛛の巣に引っかかった蝶の如く影の網の中でもがくデスナックルに満足気に頷いたアグラヴェインは、そのまま部下へと命令を下した。



「「はっ!」」



 部下たちは長からの命令を忠実に実行し、網の中のデスナックルを勢いよくチユキに向かって投げ返した。



「オーライオーライ!」



 チユキはというと、大槌では無く棘だらけの金棒へと装備を変更し、さながら野球のバットの様に持ち構え、デスナックルが眼前へと迫るとフルスイングで再び天空へと吹っ飛ばした。



「ぐわああああ!?」



 再び影の網にからめとられた哀れなデスナックルは、当然とばかりにチユキへと投げ返され、そして予定調和の如く吹き飛ばされた。



 静まり返った市街地に、何度も何度も金属がひしゃげるすさまじい轟音が響き渡った。



「ガ、ガハッ……アバッ…!?」



 もう何回空へと打ち上げられたことだろう?あまりにも頭をぶっ叩かれすぎて、痛みを感じないにも拘らず意識が朦朧としてくるデスナックルの様子に、ここで頃合いだな、と判断したチユキはアグラヴェインへ手を振った。



 彼の意図を察したアグラヴェインは部下へと指示を出し、彼の指示を聞いた部下たちは影の網の形を大砲へと変え、過去最高の速度でデスナックルをチユキへと撃ち出した。



 チユキは金棒を放り捨て、右腕に岩石を思わせる凶悪なフォルムのガントレットを生み出して装着した。そして思い切り拳を握り締め、溜めを作った。



 撃ちだされたデスナックルはきりもみ回転しながらみるみる内にチユキとの距離を縮め、あわや正面衝突するかどうかという距離で溜を開放。デスナックルを大地に叩きつけた。



「グワァアアアアアア!!?」



 凄まじい断末魔を上げ、デスナックルは気絶。その瞬間に彼の転化は解け、舞い上がった粉塵が晴れると類人猿を思わせる血まみれの大男が、クレーターの上に力なく転がっていた。



「これで少しは懲りたか類人猿」



 装着していたガントレットを放り捨てながら、怪物は言い捨てた。




 *




「お疲れ様です。いやぁ派手に壊しましたね」

「これでも想定より被害は少ない方だろ」

「まぁそうですが」



 被っていた頭巾を外しながら、アグラヴェインはため息を吐いた。



 それから二人は事後処理について軽く打ち合わせをし、アグラヴェインは避難していた住民たちを戻すべく部下たちに命令をかけた。



「あと2体、か」



 郊外へと音も無く走り行く彼の部下たちを眺めながら、チユキはぼそりと呟いた。アグラヴェインは無言で頷いた。



 神器諸君。お前らの楽園は今週中に終わる。終わらせる。



 俺がお前らに首輪をつける。二度と自由になんかさせない。それまでの束の間の平穏を精々楽しむといい。



 諜報部の面々に誘導されて町へと戻ってきた住民たちがチユキの姿を認め、おっかなびっくりとこちらへと近づいてくるのをしり目に、チユキは転化を解きながらそう思った。



 粛清はまだ始まったばかりだ。

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融合神器のウェポンボディー 異世界に転生しても何も変わらない日常を送る……はずだった! @sanryuu

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