最終話 北陸宮、御乱行

 その日、空は朝から青く晴れ渡っていた。平和三年六月のことである。


「空が青すぎるなあ。なんか、イヤな予感がする」

 私室のベランダで腰痛体操をしていた大元帥ぺこりがつぶやいた。

「天気がいいことのどこが悪いんです?」

 水沢舞子が尋ねる。

「『過ぎたるは及ばざるが如し』と言うだろう。『亢竜悔いあり』とも言う。古来、完璧なものは悪事を呼ぶと言われている。なにせ、完璧である以上、それより上はないわけだから、あとは下がっていくしかない。この青空に雲が二、三浮かんでいれば、いい天気で済むけれど、この青空は尋常でない。大体、秋でもないのに空が高すぎる。今日は、読書をするのはやめて、ニュースを見よう。そういえば、ジャパンテレビの『サッパリ』の司会者が、水戸ちゃんから、磐田ちゃんに代わったんだよな。あの娘はかわいいから、ジャパテレを観よう」

 ぺこりは真面目なのかふざけているのかよくわからない言動をした。まさに聖獣だけが持つ、予知能力だろう。


 その頃すでに、北陸宮たちは第一のターゲットから少し離れた場所に自動車を止めていた。運転しているのは、目黒弘樹の一番弟子、蛮大左右衛門(ばん・だいざえもん)。彼も恐るべき剣豪だが、今日は運転手に徹する。一緒に斬り込みたいという大左右衛門を弘樹が珍しく、声を出して叱りつけ、運転のみに集中させた。運転していただけなのと人を殺したのでは後々の罪状が違いすぎる。本当は大左右衛門を巻き込ませたくなかった弘樹だが、運転免許を持っているのが、三人のうち、弘樹だけで、彼に万が一何かあった時、逃げ場を失う可能性があったため、やむなく味方に引き入れたのだ。


「さて、参ろうず」

 抜刀がスキー部から借りたマスクを被る。北陸宮と弘樹が続く。

「先生、正面からいかれるのですか? それとも、塀を乗り越えていくのですか?」

 北陸宮が尋ねると、

「正面から行くと、余計な人死が出よう。塀を乗り越えていく。わしの跳躍力はまだまだ衰えてないぞ」

 そう言った抜刀の目は、日頃の好々爺から、『人斬り抜刀』に変わっている。北陸宮は少し鳥肌が立った。

 車のドアを開け、三人が小走りにターゲットの屋敷に迫る。


 狙うは、春風宮森仁殿下、衣子妃殿下、久仁親王殿下。


「なぜですか?」

 抜刀がその話を切り出した時、北陸宮は、意味がわからず尋ねた。それに対して抜刀は、

「春風宮一家は皇位継承権を持つ男子をお二人持っている。これが、今回の革命では逆に仇になる。特に衣子妃殿下は久仁親王をなんとしても天皇の座に着かせたいがため、陰でよからぬ動きをしているという。その代表的な事例が、阿呆前内閣総理大臣に女性天皇を容認させないようにとの、内々の指令じゃ。もともと、前首相は女性天皇反対派だから両者のウマがあった。故に、前政権の末期には衣子妃殿下の意向がかなり、力を持っていたらしい。これは明らかな憲法違反じゃなと、殺人鬼たるわしが言うのもおかしな話だが。とにかく、妃殿下の行動の責任は殿下と親王にもとっていただく。春風宮系統の天皇は誕生させぬ」

 と強く言った。


 三人は付近に人通りや警備のものがいないことを確認して、春風宮の御用邸の塀を乗り越えた。すると、赤外線レーダーが設置されていたらしく、すぐに警報音が鳴った。

「手早く行くぞ」

 抜刀が先頭に立って御用邸の食堂を目指す。昨日のうちに春風宮の南青山御用邸の図面は弘樹が大将格の特権を生かして獲得し、抜刀と事前準備はしてあった。そういう意味で、この暗殺団のリーダーは名目上、北陸宮であったが、実行部隊の隊長は銘抜刀であった。抜刀は年寄りのジジイとは思えぬスピードで、春風宮邸を突き進み、朝食時に警報が鳴り慌てて立ち上がっていた春風宮ご一家の前に現れた。

「内親王お二人はお逃げなされ」

 抜刀が言うと、

「恐怖で動くことができませぬ」

 と長女の夜子さまが次女の沙子と抱き合って震えながら言われた。

「左様か。では仕方がない、目を閉じておられよ。できれば耳も塞がれよ」

 抜刀は言うと、久仁親王、わずか十二歳の心臓を刀で貫いた。

 続いて、動揺して逃げようとする衣子妃殿下を弘樹が無言で斬り殺した。

「なぜ、このようなことを……」

 春風宮森仁殿下がお尋ねになると、

「陛下のご命令です」

 と北陸宮が言い、森仁殿下の首級を『村雨』で刎ねた。

「そちは……ほく」

 森仁殿下の首級はあまりの村雨の鋭さに、しばらく生きていて、何事かをしゃべったが意味は誰にもわからない。

「よし、皇宮警察に捕まる前に逃げるぞ」

 抜刀はなんとなく楽しそうに言った。

「先生は芯からの人斬りなのだ」

 北陸宮は思った。最初に久仁親王を斬るとは思いもしなかった。


「次は最高検察庁だ。検事総長をはじめとした幹部七名を討つ」

 抜刀が目的を告げたとき、

「どろろん」

 と抜刀と北陸宮の間に煙が立ち、

「忍者隊隊長、蛇腹蛇腹登場!」

 といかにも悪人面をして枯れ木のように痩せた、毒蛇衆忍者にして、ぺこりお抱えの忍者集団の隊長、蛇腹蛇腹が現れた。早速、抜刀がからかう。

「お前は毒薬専門の忍者であろう。『ハットリくん』みたいなことはするでない。心臓に悪いわ」

「こりゃ、爺様にはご無礼しました。だけど、俺も一応忍者ですからね。こういうこともできますよ」

 蛇腹が自慢げに言う。

「まあ、助かるがな」

 抜刀が言う。

「そうでしょう。我々の役目は二つあります。第一に、皆さまのお手伝いに我が部隊の精鋭五十人を連れて参りました。これから先には多くの警備の警察官が守りについています。それを皆さまが、いちいち斬っていたら手間もかかるし、相手がたにも無駄な血が流れます。そこで、我らが警察官どもをほとんど即効性の高い睡眠薬程度の毒羽根手裏剣で倒す。その間に、皆さんはターゲットを討つ。いかがですか?」

 蛇腹がまたまた自慢げに語る。

「ああ、それはいい考えだ。蛇腹よ、お前も賢くなったな」

 抜刀の目が少し緩んだ。そこに今日はなぜかよく喋る、無口の弘樹が、

「もう一つの任務は?」

 と蛇腹に聞いた。

「あの、皆さんお忘れでしょうけれど、俺は北陸宮さまの守護をぺこりさまから任命されているのですよ。ですから、当然お側にいなくては」

「はて、そんな話あったか?」

「別の小説じゃないか? もしくはお前の妄想かもな」

 肝心の北陸宮はアルカイックスマイルで諾とも否とも言わない。

「ええと、極秘司令だったかな?」

 蛇腹も曖昧になってくる。

「お前より、三木麻臼(みき・まうす)大将格か門木鳶山(もんき・とびやま)大将格らの方が、俊敏で守護のお役目にはよさそうじゃがのう」

 抜刀がニヤけて話す。緊張感が全くない。それは敵を斬る瞬間だけ、集中力を保てばいいという超一流の剣客の考えだろう。

「なんか、居心地悪いです。部下への指令のため、俺は退散します」

 蛇腹蛇腹は、

「どろろん」

 と来た時と同じように消えた。

「あいつもなあ、毒と薬の研究だけしていれば、ノーベル化学賞くらい取れるのに」

 抜刀が笑った。

「そうなんですか?」

 北陸宮が驚く。

「そうじゃ、世界中の薬科大学がやつをスカウトに来ている。だが、やつには忍者、毒蛇衆最後の生き残りという自負があり、全て断っている。それでありながら、必要であれば平気で、薬科大の教授に教えを求めたり、フィールドワークで、未知の自然毒を探しているのじゃ」

「弟子は取られないのですか?」

「昔は取っていた。しかし、実験の途中で皆、毒に当たって死んでしまうのじゃ。それで弟子を取ることは諦め、『毒薬全書』という文献を密かに執筆しているようだ」

 その時、蛮が言った。

「検察庁の建物です」

「よし、第二のターゲットだ」

 抜刀は覆面を被った。


 検察庁は無音であった。蛇腹蛇腹とその配下が毒羽根手裏剣で、警備員、一般職員を長い眠りに落としたからだ。

「やるな、蛇腹」

 抜刀が誉めた。

「これなら検事総長らの部屋にエレベーターで行っても途中で停められまい。ゆっくり行こう」

 三人はエレベーターに乗り、七人の検察庁幹部を楽々暗殺した。おそらく、検事総長たちはなにもわからず死んで行ったに違いない。

「先生、次は?」

 北陸宮が聞くと、

「最高裁判所裁判官、十五名じゃ」

 抜刀は再び、厳しい顔をした。


 蛮の運転する車は最高裁判所に向かっていた。

「最高裁判所裁判官は第一から第三小法廷に分かれている。各最高裁判官は第一から第三に分かれている」

 抜刀が語った。

「では、三つの小法廷に一つずつ討ち入ればいいのですね。しかし、手間がかかりますね」

 北陸宮が言った。

「ふふふ。甘いのう、宮さま」

 抜刀が笑う。

「なにがおかしいのですか?」

 北陸宮が尋ねる。

「今日はな、七年前に四十名のいたいけな女子高生を拉致監禁し、弄んだ挙げ句、全員、殺害した鬼畜、柿澤清文の上告審の判決が大法廷で行われるのだ。傍聴者、ご遺族、報道陣でいっぱいだろう。だから、わしは判決が出て、最高裁判官が席を立った時を狙う。たった十五人じゃ。わし一人で斬るから、宮さまたちは傍聴席で見ておれ」

 抜刀がニコニコ笑う。この人は本当に悪人を斬るのが好きなのだろう。笑顔が、学園の幼稚部の子供たちに剣道を教えているときと同じだ。世の中にはこういう狂人だが善人という人がいるのだなと感じて怖気が立つ。そういえば、十二神将で一番残酷な男と呼ばれている悪童天子が、この間、北陸宮に、

「宮さま。『どらねこランド』建設に是非とも協力させていただきたい。俺はねこたちのためなら死んでもいい」

 などと言ってきた。正直びっくりした。あの、いつも血塗れの蛮将が、指二本で潰せるような、ねこを愛しているとは。大元帥の配下は不思議な人間が多すぎる。


 三人は蛇腹蛇腹の配下が並んで当てた傍聴券で最高裁判所に入場した。当然、厳しいボディチェックがあるが、その係官も蛇腹の配下の変装であるから、なんの問題もない。抜刀はヨレヨレの遺族のふりをして、他の傍聴者の同情を誘い、一番前の端っこの席をゲットした。ここが一番飛び出しやすい。隣の傍聴者は判決が出た瞬間、すごい勢いで裁判官席に跳んでいく、おじいさんに仰天するであろう。


 まあ、事件のことや、いままでの裁判経過は物語と関係ないので割愛しよう。


 判決の段階になって、最高裁判長が主文を後回しにして判決の理由を読み出した。

 それを聞いた抜刀は、

「あちゃあ、判決が出るまで時間がかかる。迂闊であったわ。仕方ない、寝よ」

 と傍聴席に浅く座り直して、目を閉じた。隣の傍聴者は、

「悲しみを隠されているのだろう。哀れだ」

 と勘違いしている。

 少し離れた席にいた北陸宮は目白弘樹になぜ、抜刀が昼寝を始めたか問う。

「ああ、普通の刑事裁判は、主文、つまり判決を先に出してから、判決理由を言うのです。しかし、死刑の場合は先に『被告人は死刑』って言ってしまうと、ショックで判決理由を聞けず、倒れちゃうので、主文を後回しにするんです」

 あらまあ、今日の弘樹はよく喋る。一年分の会話をしているのではないか?

「じゃあ、死刑は決定ですよね。抜刀先生はなぜ、最高裁判官を斬りに行かないのですか?」

「裁判長が『死刑』を宣告しなければ、裁判は終了せず、柿澤清文の死刑が確定しない恐れがあります。抜刀先生は遺族の気持ちを慮って昼寝をしているのです」

「ああ、そうですか。さすがだ、抜刀先生」

 北陸宮は感動した。


 長い、判決理由の読み上げの後、裁判長は、

「被告に死刑を命ずる」

 と判決を下した。大騒ぎにになる傍聴席。その隙をついて銘抜刀は傍聴席を飛び出し、一気に裁判席に飛び乗り、十五の首級を斬り取り、そのまま走って逃げた。傍聴席が湧き上がっているため、最高裁判官たちの死はなかなか気が付かれなかった。


「抜刀先生、次はいよいよ総理官邸ですか?」

 北陸宮は尋ねる。

「いや、その前に寄っていくところがある」

「さて、どちらでしょう?」

「なに、ただの年寄りの集まり、自自党本部よ。あそこに鵺の王様がいるからな。退治しとかないと」

 抜刀はニヤリと笑った。


 自自党は日本最大の政党なので普段なら警備も厳しい。だが今日はなんの問題もなく入館できた。蛇腹蛇腹率いる忍者軍団が警備の者たちを倒していたからだ。

「あれ、蛇腹さんは我々がここに来ることをなぜ知っていたのですか?」

 北陸宮が尋ねる。すると抜刀は、

「昨日、宮さまがお休みになったあと、蛇腹を呼んで、綿密な作戦会議を開いたのじゃ。天皇の勅命で宮さまが受けた仕事とはいえ、なるべくならば、宮さまのお手を汚さず、我ら脛に傷もつ身で、殺戮を行えば、宮様の罪は軽くなるかもしれん。わしらは過去に人斬りや殺人を大量に行なっているから、死刑確実じゃ。ならば、最後のひと暴れということじゃ」

 と言った。

「お気遣い、身に染みます」

 北陸宮は袖で涙を隠した。

「では、参る。幹事長の五階俊博とは因縁浅からぬ仲。必ず仕留めてやろう」

 そうつぶやいて、抜刀は自自党本部に一人で入っていった。


 抜刀は受付のお姉さんに得意のヨボヨボじいさんの姿で、

「お嬢さん、わしは和歌山で、自自党発足以来和歌山で党員をやってるのさあ。でな、冥土の土産に、我が和歌山の英雄、五階幹事長にお会いしたくて、東京まできたのさ。五階さんは何階にいらっしゃるかのう」

 と問うた。

「お約束でございますか?」

 受付のお嬢さんは聞いた。

 その瞬間、ニコニコ、ヨボヨボ抜刀の目が妖魔の目に変わり、

「お嬢ちゃんよ。わしは俊ちゃんが初めて選挙に出た時から、影に日向に助力してきたんだぜ。そのわしに『お約束ですか?』なんて尋ねたと俊ちゃんの耳に入ったら、お嬢ちゃん派遣か契約か正社員かもしれないが、明日からは、その席には違うお嬢ちゃんが座ることになりますよ」

 受付のお嬢さんを脅す。お嬢さんは、笑顔を崩さないまま、テーブルの下にある緊急ボタンを、ずっと推し続けているのだが、警備員は一人も来ない。来る気配すらない。精神的に限界が来た受付のお嬢さんは、小さな声で、

「幹事長室は五階でございます」

 と頭を下げた。

「俊ちゃんは五階か。シュールなギャグじゃのう」

 銘抜刀はニコニコ笑って、階段を上って行った。万が一、目覚めた警備員がエレベーターの電源を落としたら、袋の鼠だからである。きっと、幕張のネズミのような人気者にはなれず、コンクリート詰されて幕張の海に沈められてしまうであろう。

 銘抜刀は老人とは思えないスピードで階段を駆け上がった。そして五階についた時、五階派の国会議員十九人と、石沢派に所属していながら、『五階派の大番頭』と呼ばれている、森上国会対策委員長が倒れていた。もちろん、忍者部隊がやったことだが、睡眠薬ではなく、苦しんだ挙句に死ぬ猛毒を射たれていた。昨日の夜の会議で、国会議員は基本殺害と決めていたのだ。ただし、衆参三十人ずつ、抜刀の目からみて、国民のために働いていると思われるものは、しばし、お休みいただき、この世に戻ってきてもらうことにした。国会議員にもバカではないものがいるのだ。国営放送の国会中継をよく見るべし。


 幹事長室の前に着くと抜刀は、

「俊ちゃん、迎えにきたよ」

 と猫撫で声で、五階に声を掛けた。

「俊ちゃんだと……抜刀くんか?」

 五階が席を立ち上がった。

「そうだよ、抜刀だよ。俊ちゃん」

 抜刀が優しく呼びかけた。

「抜刀くん、まさか私を斬りにきたのかい? まだ未確認情報なんだが、この国でクーデターが起きている。抜刀くんはクーデターのメンバーじゃないのかい?」

「ああ、そうだよ。すでに五階派の国会議員は全て殺された。俊ちゃんが生きているのは、きみとわしが中学の時からの親友だからだよ」

「抜刀くん!」

「なあ、俊ちゃん。ここらで引退しないか? そうすれば無事に逃してあげよう。もし、政権にこだわるなら、わしは俊ちゃんを斬らねばならぬ」

「……もう、自自党政権は終わりかい? 抜刀くん」

「ああ」

「わかった、引退しよう」

「よく言った。正面玄関に車が用意してあるから、それで、和歌山まで行ってくれ」

「抜刀くん、ありがとう」

 五階俊博はエレベーターで一階におり、玄関につけられていた自動車に乗って出て行った。

 そのあと、五分くらいして銘抜刀が玄関に出てくると、ちょうど蛮が運転する車が来て、抜刀は乗り込んだ。

「先生、なぜ鵺を斬り殺さなかったんですか?」

 北陸宮が尋ねる。

「すまんな。あれとは中学以来の腐れ縁でな。自らの手で斬ることはできなかった。ただ、天罰は食らってもらう」

 抜刀が言うと、前方を走っていた五階の乗っていた車が、大爆発した。

「南無阿弥陀仏、来世は静かに暮らせ」

 抜刀は手を合わせた。


 こちら、大元帥ぺこりの私室。磐田ちゃん目当てで、『サッパリ』を観ていたが、特に面白くないし、『今日のサッパリ占いで』超サッパリスだったぺこりは機嫌が悪くなり、首都テレビの『ひるどき』に番組を変えた。その瞬間、ニュース速報が流れ、春風宮殿下、同妃殿下、久仁親王の御三方が、今はやっている新型ウィルスに感染して死亡したと宮内庁が発表したと伝えた。お二人の内親王はご無事だそうである。


 ぺこりはむっくりと起き上がり、

「内親王だけご無事ってことはないだろう。ご家族でおられたんだからいくら広い南青山御用邸でも、感染しない訳が無い。おいらのイヤな予感が当たったな。舞子よ、ネロを呼べ」

「はい」

 舞子は白い顔で部屋を出て行った。


 その頃、三人はついに国会議事堂へと向かっていた。

「抜刀先生、首相官邸での閣議を襲わないと、国会を欠席する閣僚が出てしまうのではないですか?」

 北陸宮が聞く。

「ふふふ、ところがな、今日の国会には急病か、逮捕されているバカな元大臣以外は絶対に出席しないわけにはいかないのじゃ」

「それは?」

「昨日な野党の党首どもに衆参ともに共同で『内閣不信任案』を提出するよう頼んだのじゃ」

「抜刀先生がですか?」

「わしにはできるわけがない。とある有力者じゃ」

「大元帥のわけはないし……あっ、舞子さまだ! 大丈夫なのですか? 大元帥にバレてしまう」

「舞子どのは、口が堅い。おくびにも出さないだろうよ」

「しかし、大元帥は勘が鋭い」

「もはや、ゲームはクライマックスを迎えておる。わしらの到着時には閣僚以外の国会議員は死んでいるか、眠っているか。わしはこの眠っている議員に期待しているのだ」

「閣僚は皆殺しですか?」

「まあ、惜しい人材もいるが、口が軽かったり、態度が子供っぽかったり、認知症の疑いのあるものさえいる」

「誰ですか?」

「簾内閣総理大臣だ!」

「ええ!」


(物語上では四月に総理交代が行われています。フィクションだから、全てを現実に合わせる必要はないの)


 国会議事堂には警備員も、報道陣も誰もいなかった。シーンとしている。睡眠薬で眠らされた人々は、連結決算上は無関係だが、実はぺこりの組織のグループ会社であるホテルに、大型バス数台で運ばれていた。ただし、衆参本会議場の国会議員は生死を問わず、放置されていた。最初は衆参両議院の議長、副議長も殺害するつもりだったが、抜刀が、

「ただの年寄りの飾り物だ。眠らせておいて、起きたら引退させよう」

 と『人斬り抜刀』にしては甘いことを言った。

 さて、閣議ではさまざまな重要官僚らが殺されているという情報をいち早く得ていた、簾内閣は、国会議事堂は安全なのかと、各所と連絡を取ったが、どこも、

「安心っすよ」

 いう答えが返ってきた。もちろん、応えているのは蛇腹蛇腹の忍者軍団である。


「安全である以上は、行かないで逃げたら、国民の支持率がまた上がってしまう、ではなくて下がってしまう。不信任案が否決されたらホテルオークラで会食しましょう」

 簾首相は年齢と首相という職務のプレッシャー、新型ウィルスの蔓延、そしてアルツハイマー型認知症で、やばい状況に陥っていた。名バイプレイヤーは主役には向かなかったようだ。全ての閣僚はもう全てわかっていたが、五階俊博の決めたことゆえ逆らえない。閣僚たちは流石に五階氏の爆死の情報は入っていないようだ。なにせ、全身バラバラだから、身元の確認ができないのだ。


 閣僚は贅沢だ。いくら安全上の問題とはいえ、大型バス一台で移動できるのに、一人一人高級車両でやってくる。そして、控室で休憩。いつもならコーヒーか紅茶が出てくるのだが、気配がない。

「ならば、わたくし秘蔵のマムシ酒でも開けましょうか? 塩田くん?」

 ボケ首相に閣僚は呆れた。しかし、塩田くんも来ない。

「役に立たない秘書だ。もう、みなさん衆議院議事堂へ行きましょう」

 役に立たない首相が先頭切って歩き出す。しかし、守衛や秘書などが誰もいない。

「あれ、三時からでなく五時からだったかな?」

 首相が誰とはなしに尋ねると、官房長官が、

「いえ、衆議院が三時から、参議院が五時からです」

 と答えた。

「なにか、おかしいですね。議事堂にいそぎましょう」

 首相が小走りになる。閣僚もついていく。そして議事堂!


「な、なんだ?」

 すべての衆議院議員が机に付して倒れている。

「救急病院に電話を」

 官房長官が命令しようとしてやめた。ここには閣僚以外に動いている人はいないのだ。

 その時、

「国民に寄り添わない、自分のプライドしか考えぬ、簾内閣総理大臣とその閣僚を成敗する!」

 と大きな声が響き、三人の黒ずくめの男が現れた。

「待て、話せばわかる」

 簾首相が叫ぶ。

「問答無用。この国の民主主義は貴様らの金権政治で崩壊したのだ!」

 三人は飛び上がって三方に飛んだ。逃げ惑う閣僚。その一人一人の首級を三人の刀が刎ね飛ばす。いともあっさり簾内閣は滅び去った。


「終わったな」

 銘抜刀がため息をつく。流石に疲れたのであろう。

「ああ、先生。わたくしは兄上にこのことをご報告に赤坂仮御所に参りたいのですが?」

「うぬ、御所に行くのは危険ではないか?」

「ただ、『村雨』をお返しに行くだけです」

「そうか……わしらも付き添うか?」

「その方が危険です。一人で参ります」

「うぬ、わかった。蛮くん、車を赤坂仮御所へ」

「はい」


 赤坂仮御所の門は閉まっていた。北陸宮は守衛に、

「わたくし、北陸宮忠仁と申します。実は先日、陛下に立派な日本刀を頂戴したのですが、わたくしは庶民ですので、この名刀を身に置くには少々しんどく、陛下にお返ししたくて参上したのですが……」

 と訴えた。

「はあ、これはわたしのような守衛には判断できませんので、少々お待ちを」

 これはムリかなと北陸宮が思っていると、

「北陸宮さま、今日は特別に公室の方でお会いされるそうです。なにかよきことがあったようで、陛下はたいそうご機嫌だと、取り継がれた宮内庁長官がおっしゃっています。どうぞこちらへ」

 守衛が公室へ案内する。おそらく皇后陛下、亜衣子内親王はいないだろう。お聞かせにくい話もある。


「おお、弟よ。よくまいられた。『村雨』が荷に重いと聞いたが、そんなことはないでしょう。そなたによくあう日本刀です。それにしてもよくやり遂げました。わたしは明日にでも生き残られた国会議員とはかり『皇室典範』を改定し、女性天皇を認め、『皇統譜』にそなたを載せる所存です」

 しかし、北陸宮は喜んだりしなかった。

「兄上、刑法77条をご存知でしょうか?」

「内乱罪じゃな」

「そうです。我々が今回行ったのは天皇による内乱罪です。そして内乱罪で死刑を宣告されるのは、首謀者。この場合、兄上になります。罰を受けなされ」

「えっ」

 天皇陛下が叫んだ瞬間、北陸宮は『村雨』を引き出し、天皇陛下の首級を刎ね上げた。『村雨』から、水が跳ねた。

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北陸宮、御乱行 よろしくま・ぺこり @ak1969

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