第4話

 研究開発部長セルゲイ・マイスキーは最初から焦りを隠そうともしていなかった。


「儂からも話す事はもうない! もういいだろう!」


 それほど時間を使わせていないのに彼の焦りは苛立ちに変わってきていた。

 それにしても太い腕の筋肉をひくつかせ、荒い言葉を使うマイスキーはとても研究開発部長には見えない。わかりやすい人物であるのはありがたいが。

 それ故に納得ができない。考えが揺らぐ。狂言ならばマイスキーも絡んでいるはず。しかしこの焦りようはなんだ? 演技しているようには見えない。それが違和感になり、しこりのように胸に残った。

 応答をアランに任せて考えを巡らせるが、少なすぎる情報では答えはでない。得た情報はブリトニーが主体で行っていた研究があった。これしかない。

 ここはブラフを張って切っ掛けをつくるか。


「そこを何とかお願いしますよ。どんな小さい事だっていいんです。命がかかっているんですよ!」


 アランが熱くなり始めた。狂言だという事を忘れているな。そろそろ止め――


「そんなことはお前に言われんでもわかる! だいたい何だ! 部外者が首を突っ込んできやがって! ここは儂たちの家だ! 儂たち家族の問題だ! 引っ込んでろ!」

「じゃあ、なんで四日もそのままなんですか! その家族で解決できないんでしょう! だから僕たちが来た! ブリトニーを救うために! お願いします。こんな、寒くて、暗い宇宙に一人っきりなんて辛すぎる……」


 アランはマイスキーに詰め寄り言うだけ言って静かになった。

 そして話しは終わり。聞き出す以前の問題だ。一度退散した方がいいだろう。


「……ペレの野郎がブリトニーに詰め寄っているのを見た。五日前だ」

「セルゲイ!」


 突然すぎるマイスキーの言葉にミランダが声を荒げる。


「いいだろう、これぐらい。一瞬、儂は期待してしまった。しかし若造! まだ信用してないからな! 儂の家族にを傷つけるような事になったら生かして帰さん! わかったな!」


 マイスキーが退室して三人だけが残った。想定と異なる展開になったが、それを成したのはアランだ。俺ではない。アランは……まだ動けずにいるな。背中を張ると静まり返った室内にパンと鳴り響く。ようやく俺を見た。


「ごめん。僕のせいでめちゃくちゃにしてしまった」


 わかってないな。僅かにあった苛立ちが膨らむ。襟をつかんで顔を上げさせた。叱られたガキみたいな目をしやがって。


「お前は何を見ている? めちゃくちゃにした? ふざけるな。マイスキーの壁を取り払ったのはお前だ。しっかりしろ」


 そうだ。踏み出させたのは俺ではない。アランだ。俺には出来ない事をアランはやった。それが俺を苛立させる。洞察力、論理的思考、経験、全て俺が上。それなのに俺にないやり方で、俺の上をいった。俺なら弱みを探してそれを使っただろう。

 ……アランは日の当たる暖かい所にいる。そして俺の居場所は寒くて暗い陰だ。二人の立つ位置は違う。だからコンビとして成立する。安全な日陰にいる俺は、危険な太陽光に曝される日向のアランを助けてやろう。コンビだからな。


「どういうこと?」

「マイスキーはここを家だと言った。家族だと。忘れているだろうからもう一度言ってやる。これは狂言だ。

いや狂言だったというべきか」


 ミランダが息を呑むのがわかった。


「前に言ったとおり、あの状況下では誘拐はあり得ない。狂言と考えるのが妥当。恐らくセルゲイも共謀している。しかしあの焦りは演技には見えなかった。何か想定外が起こったのだろう。違うか? ミランダ」


 ミランダは感情を伏せたままの目で俺を見ていた。しかし、その仮面は剥がれかかっているようにも見える。

「ミランダ! どういうことなんだ!」


 アランがまた熱くなりそうだったので制する。お前にばかりに美味しいところを持っていかれてたまるか。少しは俺にも働かせろ。


「どこまで知っているんですか?」

「何も。今、話した内容はほとんど俺の憶測でしかない。正直どう動くべきか迷っているぐらいだ」


 ミランダは沈黙を貫く。マイスキーも言っていたが俺たちは部外者だ。信用できるはずもない。


「しかし、これだけはわかる。新たに発生した不測の事態に君たちは対処できていない。また想像の話ですまないがブリトニーの行方不明が狂言ではなくなったのではないか?」


 彼女の視線を受け止めたまま言葉を続ける。


「ミランダ。探偵とは依頼主の希望を叶えるために存在する。助けてほしいなら、そう、言えばいい。可能な範囲で達成しよう」


 アランの熱が移ったな。口が勝手に動いた。

 少し待ったが、彼女は微動だにせず無重力に身を任せていた。

 俺にはミランダの仮面を剥がせない。アランの真似事は無理。わかっていた事だ。


「アラン、帰るぞ。誰の真意もわからなければ動きようもない」

「でも! まだ、できることは――」

「たかが探偵に何ができるというの! それもたった二人で! 蟻みたいに踏みつぶされるわ!」

「では、このままで状況が好転するのか? 蟻を踏む潰す大きな力。コスモメトリクスか。君たちだけで立ち向かえると? できないから焦っているんだろう? 強がりは止めたほうがいい」

「マイケル! そんな言い方はないだろ!」

「事実だ。それよりお前は頭を冷せ。暑苦しい」

「どうすれば守れますか?」


 ……その目は止めてくれ。まるで俺が虐めているみたいだ。


「わからない。俺たちはまだ何も知らない。しかし……もう一度言おう。助けが必要か?」


 ミランダの目が変わった。力強い目。投げやりではない。この目は強敵に立ち向かう覚悟を決めた、戦士の目。そして俺の話は終わり。察したアランが頭を下げる。


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