第3話 禁忌の代償(最終話)
目を覚ますと、俺は自分の部屋にいた。廃神社に行ったはずなのに? どうやって帰ってきたのか記憶がない。
「あれ? 俺死んでないのか…?」
ベットから身体を起こすが、悪いところは見当たらない。指に血が止まった傷跡があるだけだ。
カレンダーを見ると日付は、祠に行った日の翌日の日曜になっていた。
わけがわからず一階のリビングに降りて行く俺。
「あれ? 母さん病院は?」
「おはよう
「何って
「病院? 真波って誰?」
「母さん…!?」
俺は母の態度にギクリとした。
「おっ湊、早起きだな。久しぶりに父さんと出かけるか」
眠そうに起きてくる父。
「何いってんだよ父さん、週末はいつも妹の真波の見舞いに家族で行って…」
俺は膨れあがる嫌な予感を抑えながら、青ざめる顔で父にそう言った。
「妹の真波? なんだ寝ぼけているのか? お前は一人っ子じゃないか」
俺の身体から血の気が引いていく。
「俺の妹の真波だよ! 伯母さんが病気で亡くなって、女の子の赤ちゃんを引き取っただろ? なんで忘れてんだよ!?」
俺は涙目で声を荒げだ。困惑した顔で俺を見る両親。
「確かに母さんの姉さんは難病だったわ。でも病気を苦に失踪して消息不明なのよ。恐らくもう…」
俺は二階の妹の部屋に駆け上がった。だがそこは空き部屋になっていた。
病院に学校、妹の友達、一日中走り回って、必死で妹の痕跡を探した。だが妹はどこにもいなかった。俺の知る歴史の一部が変わってしまい、この世界から妹が存在した痕跡ごと消えてしまっていたのだ。
「…罪を犯したのは俺なのに、真波がこの世界から消されるなんて…そんなのおかしいだろ!?」
俺は妹と学校に通った通学路にへたり込み、狂ったように拳を何度もアスファルトに打ち付け、泣き叫んだ。涙と手から滴り落ちた血が、アスファルトを濡らす。
突然、背後からザワザワと虫が蠢く不快な音がした。振り返るとそこには
「お願い…だから…俺の妹を返してくれよ…! 俺の命と交換してくれ」
百々神鬼様に、俺は必死で縋りついた。
「寿命の譲渡は一度だけ、お前の妹はもうこの世の何処にもいない」
地面の血をぴちゃぴちゃと舐めながら、答える百々神鬼様。
「お前の血は美味、殺すの惜しい」
百々神鬼様はそれだけ言うと、すぅっと掻き消すように消えた。
「真波…」
俺が行った最低な行為のせいで、この日、俺は妹を失った。そして好きだと告げることもできないまま、愛する女の子を永遠に失ってしまったのだ…
◇◇◇
あれから5年の月日が流れ、俺は大学生になった。
妹を取り返す方法を寝食も忘れ調べてきたが、方法が見つからなかった。日に日に靄がかかったように祠での記憶が薄れていく。
「忘れたくない、忘れるもんか!」
俺は妹の記憶まで奪われないように、色が変わるほど強く拳を握りしめた。
今日は大学の合格発表の日だが、民俗学の教授に頼まれて雑用係をしている。合格者の名前が張り出されている掲示板前は、もう人も疎らだ。
「あの、コレ落としましたよ」
そろそろ掲示版を片付けようかと待機していた俺は、背後から声をかけられた。
大学の合格発表を見に来た子だろうか?
俯いてボールペンを差し出す高校生ぐらいの女の子が、後ろに立っていた。
「ああ、すみません、ありが…」
ボールペンを受け取り、お礼を言いかけて俺はフリーズした。そこには少し成長した妹がいたからだ。
「真波…!?」
俺は思わず妹の名前を呟いた。
「そうですけど、どうして私の名前を、あのどこかでお会いしましたか?」
真波と名乗った女の子は、肌艶もよく見るからに健康そうに見えた。
「君、名前は!?」
『妹の真波によく似た別人?』そう思いながらも俺は期待を捨てきれずに、女の子の両肩を掴んで揺すぶった。
「羽柴真波ですけど」
困惑したように、答える女の子。
その瞬間、金色の光の粒子で空中に書かれた、「羽柴栄三郎」という名前が頭に浮かんだ。
俺が妹のために、命の蝋燭の寿命の半分を奪った、あの蝋燭の名前だ。
なぜこれまで、こんな大事な記憶を忘れていたんだ…!?
「羽柴栄三郎…」
俺は思わず、その名を口走った。
「羽柴栄三郎は祖父ですけど、お爺ちゃんの知り合いですか?」
「羽柴栄三郎の孫だと!?」
俺が驚いて尋ねると、真波は少し戸惑ったように説明してくれた。
「あっ…血は繋がっていないんです、祖父は独身ですし。昔、瀕死の母を見つけて助けてくれたのがお爺ちゃんなんです。母は私を産んですぐ亡くなってしまったそうですが、祖父がわたしを育ててくれました」
「電話で合格を伝えたら、すごく喜んでくれました。大好きなお爺ちゃんなんです」
それを聞いた俺はハッとした。
祠で羽柴栄三郎の命の蝋燭を、真波に分けた。あの瞬間に俺と真波の絆が切れ、羽柴栄三郎と真波の間に絆が結ばれたのか!?
そして、生命力溢れる寿命を貰った真波は、因子はもっていても発病しなかった。もし、そうなら辻褄が合う。
百々神鬼様は「妹が死んだ」とは一度も言わなかった。言ったのは「お前の妹はもうこの世の何処にもいない」という言葉だけ。
パズルのピースのように、俺の中で辻褄がカチリと合った。
「元気か? 体に調子の悪いところはないか?」
「はい、元気だけが取り柄ですから!」
目の前にいるのは俺の妹の真波だ! 俺の妹は生きていた!
よかった…そう思った瞬間涙が出てきた。
「あの、大丈夫ですか?」
いきなり泣き出した俺は、かなりの変な人だと思う。だが真波はハンカチを差し出してくれた。
「ごめん、君を見ていたら、なんだか懐かしくなって胸が苦しくて…おかしいよな?」
俺は一生懸命に言い訳をした。だが5年ぶりに再会した妹をみて、涙が止まらない。
すると、真波は物凄く驚いて、キョトンとした顔になった。完全にフリーズしている。
そうだよな、初対面で泣く男なんて変態以外の何者でもない。ドン引きするのも無理はない…
合格したなら、春から同じ大学の後輩だが、こんなキモイ男とはもう口も聞いてくれないだろう…。だが、涙は止まるどころか、どんどん溢れてきてしまう。
真波の祖父にも会って謝りたい…。
『羽柴栄三郎さん、申し訳ありませんでした…。俺は謝っても謝りきれない罪を犯しました。なのに…真波を助け…育ててくれて…ありがとうございました』
俺は心の中で、謝罪と感謝を何度も繰り返した。
「…もです、私もそうです!」
真波はそう叫ぶと、俺の手を握った。思いがけず握られた手から、真波の体温が伝わってきて、赤面する俺。
「あの、ドン引きしないで聞いてくださいね」
そう前置きをし、話始める真波。
「貴方を見かけて、初めて会ったのに懐かしくて離れがたくて…。合格発表を見終わったのに帰れなくて、声をかけてしまいました。変ですよね?」
そう言って真波は、照れたように頬を染め、恋する表情で微笑んだ。
これは俺が妹を失ったお話。そして、これから俺が、妹と恋をするお話。
兄の罪と妹の命の蝋燭 にゃんこマスター @nyankomaster
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