第2話 兄は禁忌を犯す

 俺は受験勉強そっちのけで、ありとあらゆる伝承を調べていた。またハズレかもしれない、それでも縋らずにいられなかった。


「どうやって伝承の神を呼び出せばいいんだ?」


 寿命の譲渡の言い伝えがある廃神社の壊れた鳥居をくぐり、荒れ果てた祠の前に立つ。やって来たのはいいが、俺は途方に暮れた。


「お供え物とか持ってくればよかったかな、痛っ!?」


 祠の扉に伸ばした指が、笹の葉に触れ、指先が深く切れた。痛みに声をあげる俺。


 指先から祠に血がぽとりと落ちる。その瞬間、ザワザワと何百もの虫が蠢くような音がして、青と土色の斑の毛むくじゃらの生き物が地面から這い出てきた。


 毛むくじゃらの頭部がぱっくりと割れるように開き、そこから牙と舌が覗く。腐敗した血肉の臭いが立ち込め、落ちた俺の血を舐めるぴちゃぴちゃという不快な音が響く。


 神というよりも化け物にしか見えず、俺は恐怖で思わず後退りした。


百々神鬼ドドシンキ様ですか…?」


 勇気を振り絞り、伝承の神の名を呟いた。するとそれは言葉を発した。


「寿命の譲渡は半分、一生に一度。決して他人の命の蝋燭に触れてはいけない」


 注意事項らしきものを、片言で語る百々神鬼ドドシンキ様。

 

 すると突然、突風が吹いた。目を瞑りもう一度開くと、俺はたくさんの蝋燭がある祠の中にいた。


 短かくて太い蝋燭、細くて長い蝋燭、燭台の上には様々な蝋燭が並んでいる。蝋燭の前には金色の光の粒子で名前が書かれていて、文字が空中に浮かんでいた。


「蝋燭の長さや太さが寿命なのかな?」


 その中で、今にも燃え尽きそうな蝋燭が目に留まった。


「これが真波まなみのなのか…!?」


 妹の命の蝋燭は、今にも消えそうな小さな炎がチロチロと燃えて揺れている。


 俺は急いで自分の蝋燭を探した。だが俺のは細くて短めの蝋燭だった。


 俺の寿命の半分を妹に譲渡しても、あまり寿命が増えないんじゃ…?


 俺は急に不安に襲われた。


「クソッ、なんで半分しか譲渡できないんだよ!」


 焦って悪態をつく俺の目に、大きな炎が揺らめく長く太い蝋燭が目に入った。


「大きいな、きっと健康で長い寿命があるんだろうな…」


 俺は羨ましそうにその蝋燭を見つめた。


 ふと俺の心に悪い感情が芽生えた?。


『もし、この蝋燭の寿命を半分、妹に譲渡できたら?』


 ごくりと生唾を飲み込む俺。


「ははっ、まさかな。どうせ他人の蝋燭は触れないとか言うオチだろ?」


 俺は苦笑いして、生命力に満ちた蝋燭に手を伸ばす。すると燭台から簡単に手に取ることができた。


 金色の光の粒子で空中にかかれた「羽柴はしば栄三郎えいざぶろう」という名前が、キラキラと揺れた。

 俺はいけないと思いながら、その蝋燭を燭台に返すことができずにいた。


栄三郎えいざぶろうなんて爺さんの名前だよな。こんなに寿命があるなら、少しぐらい貰っても大丈夫だよな…?」


 俺は震える手で、今にも消えそうな妹の蝋燭へと炎を移した。すると妹の蝋燭は長さが伸び、炎も大きくなり元気に揺れ始めた。


「やった! 他人の寿命でも譲渡できるじゃないか」


 俺は歓喜して叫んだ。


「これで真波は助かっ…」


 そう言いかけた瞬間、パリーンとガラスが割れるような音がして、あたりが真っ暗になった。


「愚かな人間、禁忌やぶった。代償は己で払うがいい!」


 百々神鬼ドドシンキ様の声が暗闇に響く。酷い頭痛でうずくまり、俺の意識はそこでブラックアウトした。


 妹の代わりに俺が死ぬのかな?…でも真波が助かるなら、それでもいいや…


 俺は薄れゆく意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る