兄の罪と妹の命の蝋燭

にゃんこマスター

第1話 兄と妹

「なんで私だけ、こんな病気になっちゃったんだろうね? 遺伝性が強いんだってこの病気…」


 病室のベットの上で、妹の真波まなみが俺をじっと見て、そう呟いた。


「遺伝じゃなくても、この病気になることもあるんだぞ」


 俺は妹の言葉にギクリとしながら、今日も苦しい言い訳を繰り返す。


 妹は俺と血が繋がっていないことを知らない。病気で亡くなった伯母の赤ちゃんを、俺の両親が引き取ったからだ。仲の良い兄妹として育ち、妹は俺にべったりのブラコン美少女に成長した。


 だがある日、妹が発病した。伯母と同じ病気だった、治療法のない難病が遺伝したのだ。


 俺と両親は愕然とした。でも話合って「たまたま妹がその病気になってしまっただけ」それで押し通すことに決めた。自分だけが家族と他人だと知れば、妹が傷つく。それだけは絶対に避けたかった…。

 

 ところが利発な妹は、おかしい?と察っしているのだろう、たまにこんな風に聞いてくる。


「お兄ちゃん、週末は来れないんだよね?」

「ごめんな、大事な用事があるんだ。父さんと母さんは来るから、お兄ちゃんがいなくても泣くなよ」


 俺はそう言って、妹の頭をぐりぐりと撫で回した。


「泣かないよ!? いくつだと思ってんのバカ! 用事って、まさかデートじゃないよね?」


 じとりとした疑いの目を向けてくる妹の真波まなみ


「そんなわけないだろ、彼女いないのに!?」

「そっか、そうだよね! お兄ちゃんは、彼女いない歴=年齢だもんね」


 ホッとしたように、嬉しそうにぷークスクスと笑う妹。


「生まれ変わったら、お兄ちゃんの恋人になってあげるよ、さみしい兄の救済のために」


「何いってんだバカ、もうすぐ退院だろ。元気になったら、イケメン彼氏候補でも家に連れて来い、俺がダメ出ししてやるから全員」


「なにそれ! 全員ダメ出しされたら、ずっと彼氏できないじゃん!」


 怒りながら笑っていた妹が、ゴホゴホと咳き込む。


「大丈夫か真波!?」


 妹の背中をさすってやる俺。


「ゴホッ…お兄ちゃんがバカこと言うからむせた。お詫びにジュース買ってきて!」

「わかった、わかったから喋らずに寝てろ!」


 病院の売店に行こうと、病室を出る俺の後ろ姿に、妹が声をかけた。


「迷惑かけてごめんね…毎日お見舞いにこなくても大丈夫だよ、受験生なんだから」

「フッ、妹よ、俺にかかれば大学受験など余裕だ!」


 俺は中二病を患った男子のような口調で、ポーズをキメながら答えた。


「大好き…お兄ちゃん」


 ふいに漏れた妹の言葉が耳に響いて、ドキンとして、俺の足が止まった。


「ハイハイ、真波は俺の大好きな妹だよ(棒読み)」


 俺は照れ隠しに、振り返らずに手だけ振って、棒読みで答える。


「もう~心がこもってない~! 罰として、プリンも追加ね!」


 ムキ~!と怒っている妹。


「わかったよ、コンビニまで行ってくるよ」


 病室に一人になり、「はぁ~」と溜息をつく真波。


「やっぱりお兄ちゃんは手強いな、なかなかぼろを出さないや」


 窓から外を覗くと、コンビニのある方向に歩いて行く兄の姿が見えた。


「お兄ちゃんと血が繋がってないって確証が持てたら、せめて気持ちだけは伝えたいんだけどなぁ…。間に合うかな…」


 頬を染めて、切なげな表情で呟く真波。



◇◇◇



 週末、登山装備で険しい山を登り、俺は山頂付近にあるはずの廃神社を目指していた。


「ふぅ、そろそろ見えてきても、いい頃なんだけどな」 


 最初の頃はあった道も、今は鬱蒼と木々が生い茂る獣道しかない。


 俺は妹に家族以上の愛情を持ってしまっている。互いに言葉にしたことはないが、おそらく妹も…


 妹が病気になったとき、真っ先にこう思った。


 他の誰かではなく、なぜ俺の妹なんだ? 


「人間の寿命は生まれた時から決まっている」そう言われても納得なんかできない…


 この世に本当に神様はいるのか? 人間の行いを天から見ているなら、どうして犯罪を犯した人間が、時効になるまで何十年も逃げ果せ生きているんだ?。


 何人も人を殺した悪人に長い寿命があるのに、なんで善良な俺の妹にはないんだ? こんなのおかしいだろ?

 

 何度も何度も気が狂うほど神に祈った…、だが救いも奇跡も起きなかった。だから俺は神以外のモノを頼ることにした、たとえそれが禁忌だとしても…


 そんなことを考えながら山道を歩いていると、ようやく目的の廃神社が見えてきた。

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