第7話 忘れて欲しい出会い

 次の日。

 エイミーの力によって、リナは全てのことを記憶しているというアデルと能力の交換をした。しかし、リナもアデルもお互いのことは知らされず、会うこともなかった。それはエイミーの能力が知られることを防ぐためでもあった。


「里奈、里奈……」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえて、リナはから目を覚ましたようだった。


「私……」


 リナは戸惑うような顔をしていたが、視界に夫がいたことで安堵した表情に変わる。


「気分はどうだい?」


 尋ねられ、彼女は自分の感覚を確かめるようにゆっくりと視線を巡らせた。


「ふわふわとしているかな……。でも心地いい」

「そっか。とりあえずよかった」


 ほっと胸を撫でおろすケンに、エイミーは言った。


「治療はこれで終わり。経過が順調であれば、明日は今日のことを覚えているでしょう」

「本当ですか?」


 驚くケンに、エイミーは頷いた。


「ええ」

「よかったな、里奈」

「うん」


 治療を終えたリナたちは、エイミーと玄関先ポーチで別れの挨拶をしていた。


「ありがとうございました、エイミーさん。この御恩は一生忘れません」


 ケンの礼の言葉に、エイミーはふっと笑う。


「それは明日、彼女が今日のことを覚えていたらにして下さい。それに私の事なんて忘れたっていいの。それよりも、あなたがたが幸せな生活を送れることを祈っています」


 リナに行った治療法は、結局どういうものだったのか彼には分からなかった。そのため、まだ少し不安があるのだろう。だが、明日になればきっと彼女は今日のことを覚えているはずである。

 エイミーはケンの左腕を軽く叩くと、「しっかりね」と言ってウインクをした。


「エイミーさんも、お元気で」

「ええ」


 エイミーと和やかな会話をしていたケンの一方で、リナは俯いて何も言わない。


「どうしたんだ、里奈。もしかしてエイミーさんと別れるのが寂しいのか?」


 からかうように言うケンに、リナはちょっとムッとする。


「そうよ。悪い?」

「リナ、気分でも悪いの? ケンにそんなことを言うなんてあなたらしくない――」


 するとリナはぎゅっとエイミーにハグをする。


「リナ?」

「分からない。分からないの。でも、あなたのことを抱きしめてあげたくて……。どうしてこんな風に思うんだろう。どうしてあなたのことを考えると、あなたが苦しんでいると思うんだろう……。私はあなたのことを何も知らないのに」


 リナは昨日エイミーに聞いたことを全て忘れていた。

 だが、彼女の開かぬ記憶の扉の中から、僅かではあるが、エイミーに対する感情の記憶だけが漏れ出してきていたのかもしれない。記憶の世界とは、本当に不思議である。

 エイミーはリナの背をぽんぽんと軽く叩くと、子どもをあやすように言った。


「リナ、私は大丈夫よ。だから私のことは忘れなさい。私のことはあなたのこれからの人生の中で不要なものよ。決して振り返らず、前を進みなさい」


 リナは耳元でエイミーの言葉を聞くと、少しだけ強く抱きしめた後、ぱっと体から離れ、代わりに両手を包み込むように握った。


「エイミー」

「はい」

「私はあなに出会えてよかった。元気で」

「ええ、あなたも。ありがとう」


——————————


 それからひと月後、リナからエイミーに手紙が届いた。


 ――あなたのお陰で、忘れられない日々を過ごしています。ありがとう。


 エイミーは、リナの飛び跳ねるような嬉しさが伝わる文字を見ながら、優しく笑う。

 

「今回も私の力が役に立ってよかった」



(完)

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ハーフ・チェンジ 彩霞 @Pleiades_Yuri

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