第6話 ハーフ・チェンジ

「それから、どうなったんですか?」


 リナが尋ねると、エイミーは肩をすくめた。


「彼らのハーフ・チャンジは成功だった。ジンは人と話すことに対する抵抗が減って、コミュニケーションをとれるようになったの。さらに、アルバートに渡したはずのアートに対する能力も伸びていった。人に半分渡したはずなのにね。まるで、リナの記憶能力が衰えても、なんとか使おうとするとその状況を維持したり、進歩したりするのと同じみたいにね」


「与えられた能力は、常にその人に合うわけではないのですね」


 ぽつりと呟いたリナに、エイミーは複雑な表情を浮かべる。


「環境なども左右してしまうのかもしれないわ。中には、六十歳を超えて、自分の中に眠る才能に気づく人もいる」


「ジン君に『話す力』を渡した、コメディアンの方はどうなったのでしょうか?」


「その人も楽しく生活しているようよ。最初はジンの絵を描く能力に戸惑っていたみたいだけれど、少しずつ自分のものになっていったいるみたい。これも不思議なことなのだけれど、ジンの能力をアルバートに渡したからといって、アルバートがジンのような絵を描くといったらそうではないの。絵を描くという能力は確かにジンのものだけれど、絵を描くために外の状況を感じ取る体はアルバートだから、その時点でジンとは違うのね。もちろん、ジンの影響も少なからずあるわ。でも、二人はお互いの能力を大切にしているからか、反発することもないし、とてもいい時間を過ごしている。皆がみんな、彼らと同じようにできればいいのだけれど……」


 窓がカーテンに隠れていて外が見えないはずだが、彼女はまるで遠くを見つめるようにそう言う。リナは不思議に思って、「どういうことですか?」と尋ねた。


「実はね、私の能力を使うのはリナとアデルで最後にしようと思っているの」


 エイミーの突然の告白に、リナは驚いた。


「え? 何故ですか? エイミーさんの力で、ジンさんたちのように困った人が助かることがあるのに……」


 そう言われ、エイミーは頷くが表情は暗かった。


「そうね。お礼を言われることも多いわ。でも、これは本来やってはいけないことなのよ」

「本来やってはいけないこと……?」


「人間にはそれぞれ与えられた能力がある。それを人の都合で入れ替えてはいけないと思うの。私は善良な気持ちでやっているし、これまで失敗したことはほとんどない。それは私が彼らのニーズを丁寧に聞き取って、本当に必要な能力なのか半分捨てるべき能力なのか、齟齬そごがないようにしてきたから。でも、これは大変なことよ。失敗したらその人の人生はもっと狂うことになる。

 最初に与えられていた能力は、少なくともその人に見合った能力だと思うの。その人だからこそ与えられた特別な力。

 みんなが同じように持っているものだと言っても、それはやっぱり違うものなのだわ。話が上手い人が二人いたとして、その人たちがどちらも同じような方向性とは限らないでしょう? だからこの世には沢山のコメディアンがいるし、画家もいる。だって、その『笑い』や『絵』を必要としている人は、この世界の全員ではないのだから。……それはつまり、一人ひとり、求めているものが違うということね。

 個々人に備えられた才能や能力は、誰がどう判断して与えているのか、どうしてそれに気づくきっかけと出合うのかは知らないけれど、この世界は一人ひとりが持つ能力によって支えられて出来ているのよ。

 だからね、何かの拍子で私の能力を知られたら、悪事に使う人は必ず出てくる。使える能力を集めていけば、一人で悪事が出来てしまうもの。そして能力を奪われる人たちも出て来てしまう。被害に遭ったとしても、私のハーフ・チェンジの力は、非科学的なものだから本当にそうであることを証明することも簡単ではない。だから、私を責めることもできない」

「……」

「嫌な話を聞かせてしまったわね。でも、どうしても誰かに聞いて欲しかったの。私が生きている間に、誰かにね……」


 暫くの沈黙の後、エイミーが立ち上がって「そろそろケンが戻る頃ね」と呟いたとき、リナは彼女の名を呼んだ。


「エイミーさん」

「うん?」


「私、エイミーさんのお話を聞けてよかったです。あなたが抱えていたものを私が背負うことができたことが嬉しい。私は今日聞いたことを、明日には全て忘れてしまうけれど、それがあなたにとって都合がいいのなら、今の私がここに存在していたことの意味があります。ありがとう」

「リナ……」


 エイミーは涙を堪えるような顔をすると、くしゃりと笑う。


「こちらこそ、ありがとうリナ。あなたに出会えて本当に良かった」


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