3

 そして、今日。


 いつものように俺は3階の巡回を開始する。平日の昼過ぎは客もまばらだ。星野さんのショップの前を通りかかる。接客中だったが、彼女は俺に気付くと一瞬片目をつぶってみせた。"今日もお願いします"のサイン。俺もウィンクを返す。"了解"。


 このささやかなやり取りが嬉しくてたまらない。ボディガードも4回目。だんだん彼女との会話も弾むようになってきた。勤務明けのそれを楽しみに俺は巡回を続ける。


 しかし。


 ふと、ツナギの作業服を着た業者と思われる中年の男が、前から空の台車を押しながら歩いてくるのに気づいた時、俺の心の中で警報が鳴る。


 おかしい。出入りの業者は大体把握しているが、こんな作業服は見た覚えがない。しかも、胸に入店許可証がない。出入り業者なら必ずつけているはずの。


「すみません」


 そのまま俺の右を通り過ぎようとしたそいつを、俺は呼び止める。


「どちらの業者さんですか? 入店許可証を……」


 そこまで俺が言いかけた時だった。


「!」


 いきなりそいつが俺に向かって台車を押して手を放したのだ。そしてきびすを返し走りだす。


「待てぇ!」


 迫ってくる台車をジャンプでかわし、俺はそいつを追った。意外に足は遅い。タックルすると、そいつはあっけなく床に転がった。


---


「出入り業者のふりをして、貴方あなたは一体何をやっていたんですか?」


 1階警備員詰所。俺はもう一人の警備員、後輩の坂井さかいと共に例の男を尋問していた。痩せぎすで髪は薄く白髪交じり、年は四十過ぎくらいか。一応手足を縛って自由は奪ったが、完全に黙秘状態。所持品は台車だけでツナギのポケットも空だった。そうなると、何か盗んだわけではないので警察にも突き出せない。


 だが。


 ふいに、俺を見たそいつが驚いた顔になり、やがてニヤリと笑うと口を開いた。


「フォーラム3階に爆弾を仕掛けた。15時ちょうどに爆発する」


「!」


 俺は思わずそいつの襟首を掴む。


「本当か?」


「ああ。北側通路の真ん中あたりだ。そこの床にデジタル表示でカウントしている黒い機械がある」


 時計を見る。14:55。あと5分しかない!


「坂井!」俺は坂井に顔を向ける。「倉庫から空の蓋無しオープンドラム缶1個、3階テラスまで持ってこい!」


「わかりました!」弾かれたように坂井が走っていく。


 そして俺は非常ベルを鳴らし、非常放送のスイッチを入れる。


「ただいま3階にて火災が発生しました。お客様は店員の指示に従い、速やかに非常階段で避難してください。繰り返します、ただいま3階にて……」


 一通り放送を終えた俺は3階に上がる。北側通路の真ん中……星野さんのショップの近くじゃないか!


 既に3階に客は誰もいない。店員が誘導したようだ。


「スタッフの皆さんも避難してください!」


 俺が大声を張り上げると、店員たちも非常階段に向かって走っていく。だが、一人だけこちらに走ってくる女性がいた。星野さんだ。ゆさゆさと揺れるバストに釘付け……になってる場合じゃない!


「矢島さん!」


「星野さんも避難してください!」


 言い捨てて俺は走りだそうとするが、


「待って!」


 星野さんが俺の右手を掴む。


「星野さん……?」


「矢島さん、さっき男の人追いかけてましたよね……あの人、私のストーカーです!」


「!」


 衝撃だった。だが、今はそれに気を取られている余裕はない。


「……とにかく逃げてください! それじゃ!」


「あ、待って、あともう一つだけ……」


 彼女の手を強引に振りほどき、俺は駆け出した。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る