爆発まで、あと5分。

Phantom Cat

1

 俺がこの6階建ての複合商業施設「フォーラム」で警備員として働き始めて、もう2年になる。ここはメインがファッション関係で、いろんなブランドのアパレルショップがどのフロアにものきを連ねている。


 正直、オシャレに縁のない俺は居心地悪くてしょうがないのだが、それでもこうして警備員の制服を着ていれば、存在が許されるようで安心できる。


 そして、俺をこの職場に引き付けている、最大の理由。


 3階レディスフロアの某高級ブランドショップ店員、星野ほしの 恵実めぐみさん。


 俺がここに来て1年ほど経ったある日、3階を巡回していて、えらく綺麗なお姉さんが新しく入った事に気が付いた。瓜実顔うりざねがおに七三分けの大人ボブがよく似合っていて、目もパッチリ大きく、整った鼻筋に少し厚めの唇。そして……胸の名札が上を向くほどに盛り上がった双丘。


 思わず見とれてしまったが……こんな、大学院で修士マスターまで取ったくせにどこにも就職できず、結局院生時代のバイト先の警備会社に拾ってもらった俺なんかとはとても釣り合わない……つか、絶対彼氏いるよな……


 と、思っていたのだが……


 ちょうど一週間前、帰りがけの電車の中で、いきなり俺は声をかけられた。


「あの、矢島やじま 孝之たかゆきさんですよね?」


「え?」


 声の方に振り向くと、シンプルなコートに身を包み、黒縁眼鏡をかけ化粧っ気もあまり感じられない、見知らぬ女性がいた。


「ええと、どなたでしたっけ……?」


「あ、ごめんなさい。私、フォーラム3階で働いてる星野です。矢島さん、警備員されてますよね? お名前は名札で知りました」


「……ええっ!」


 驚いた。だって、目の前にいるのは俺の知る星野さんと似ても似つかない、地味な雰囲気の女性なのだ。が……


 確かにその顔立ちと髪型は星野さんのそれっぽい。ナチュラルメイクの彼女も決して悪くないな……


 それはともかく。


「すみません……全然気づきませんで……」


「い、いえ、こちらこそいきなり声をかけてしまって……すみません……」


 なんなんだ、この謝り合戦は……


「矢島さん、いつもこの電車で帰ってますよね。で、三ツ屋の駅で降りてますよね」


「ええ。良く知ってますね」


「時々お見かけしてたので。私も同じ駅です」


 そうだったのか。気づかなかった。まあ、目の前の彼女は仕事場の姿とは全く別人だから、無理もないか。


「おうちは、どちらですか?」


 随分ずいぶん単刀直入に彼女が聞いてくるので、俺は少し戸惑とまどった。


「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんなこと聞くんです?」


「あ、そうですよね……個人情報ですよね。すみません」謝りっぱなしの星野さんは、また一つ謝って続けた。「実はですね……」


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