バグだらけのデスゲーム

加部川ツトシ

バグだらけのデスゲーム

「だー! また死んだ!」


 俺はたった今。αテスト中のとあるVRMMORPGをプレイしている最中である。まだ開発途中のαテストという事でバグが多いというのは仕方ない。一応はαテストの開始初日だしね。

 とはいえHPが0になっても死なない敵とか、バグとしては酷くないですかね。いやまぁ地面をすり抜けて明らかに隠しエリアっぽいとこに行けた上に、その状況ではプレイヤーである俺のHPが1億を超えたのもどうかと思うが。


 まぁその辺りは徹底的にバグ報告をするとして、とりあえず初期の町まで戻ってきた。……復活ポイントの更新が出来ないのも大概酷いバグだけどな!


「テストプレイヤーの諸君、ご機嫌はいかがかな?」


 おっと、何か知らないけども運営の人からの映像メッセージが表示された。この強制表示、戦闘中に思いっきり邪魔だからやめろって要望を出してたはずなんだけど、その辺はスルーですか、そうですか。

 あー、でも一応今の俺は非戦闘時だし修正済みという可能性もあるか。むしろその確認の為のメッセージかもしれないな。


「さて、突然だが、ここで重要なお知らせがある。諸君らは、このゲームからは出られなくなった」


 はい? え、この運営の人、頭は大丈夫? そんなもん、ただの作り話の中にしかない様な出来事で、市販されているVR機器ではそんな人を殺すような真似なんて――


「運営の人、何言ってんの? 普通にログアウトボタンはあるじゃねぇか」

「あ、マジだ。デスゲームとか演出するのは良いけど、こんなとこでバグを残してんじゃねぇよ!」

「口だけデスゲーム、お疲れさん」


 そんな風に言っていた周囲の何人かがメニューを開いてログアウトを選択したようで、その姿は消えていく。なんだ、普通にログアウト出来るじゃん。

 それなら俺も一度、休憩でログアウトしようかな。流石にバグが多くて地味に操作が疲れたんだよな。こういうのはやぱり正式サービスの開始を待った方が良いのかもしれない。


「これはデスゲームではなく不具合による――え、ちょ!? え、今のでログアウトした人が3人もいた!? 死者を出さないようにログアウトボタンを消せって指示したろ! え、消したはずだったけど、消えてなかったって……あぁ、もういい! とりあえずその3人の安否確認を最優先だ!」


 ん? メニューを開いてログアウトをしようとしたら、もの凄く焦ったような運営の人の声が響いてくる。

 ちょっと待て、死者を出さないようにログアウトボタンを消す……? え、じゃあこのログアウトボタンを押したら死ぬの? いやいや、そんな筈は……!


「おい、運営! 今のはどういう意味だ!」

「さっきの3人、どうなったんだよ!」

「……今の、ログアウトした方がマズイみたいに聞こえたけど」

「……ひっ!?」

「いや、ハッタリだ! 俺は押すぜ!」


 あ、また1人、ログアウトボタンを押したようで、姿が消えていった。……だが、それでどうなったのかが分からない。


「……くっ、解析用のログが……生命活動の停止を……。遅かったか……。いや、これ以上の被害者を出してなるものか! プレイヤー諸君、初めは演出として事態の収拾を図ろうと思ったが、変に隠し立てをする方が危険なようなので真実を伝える。心して聞いてくれ。現在、リアルではαテスト用のVR機器の開発元の企業が……殺傷性のある特殊なチップを組み込んでいるのが発覚した。全世界でニュースにもなっている」


 え、ちょっと待って。殺傷性がある特殊なチップ……? え、一般的に発売されているVR機器へのセーフティってそんなのは許さないほどのチェック体制が用意されていたんじゃ?


 いや違う! 俺が今使っているのはαテストのテスターとして当選した際に、運営からレンタルとして送られてきた開発用の特殊なやつだ!

 発生したバグの詳細なログを取ったり、異常動作があっても安全にログアウト出来る様にというもの。そこがピンポイントで狙われた……?


「本来なら厳重にチェックされるαテスト用の一部の機器に、産業テロを目論んだ集団が――」


 おいこら! クッソ重要な内容を話しているっぽいのに、思いっきり音声が途切れたぞ!? いやいや、そんなとこでバグを出すなよ!

 くそ、本当にそんな状況なのであれば大々的なニュースになってるはず。それなら……って、あー、くっそ! αテスト用のVR機器じゃ、機密保持の為に通常のサイトにはアクセス出来ないんだった! どうする、どうやってこの事実を確認する?


「……産業テロ?」

「ちょっと待てや、運営! 音声が届いてねぇよ!」

「……αテストの機器を狙い打ち……? 確かに開発中のゲームで死人が多数も出るような事があれば……企業としては大打撃か」

「ははっ! んなもん、作り話に決まってんだろ! 10分だ。10分待ってろ。俺がリアルに行ってから、情報を確認してきてやるよ! ニュースでやってんだ、嘘ならすぐ分かる」

「……頼むぜ」

「へっ、どいつもこいつもこんなので怯えやがってよ。待ってろ、その不安は俺が解消してやる」


 そうして1人の男がログアウトをしていった。この状況でそれを実行しようというのは度胸がある。……俺だったらそんな事は出来ないよ。



 だが、10分待ってもその男が帰ってくる事は無かった。てか、運営の人も何か話し続けてるっぽいのに、音声が届いていないままである。この状況に気付いてないのか、運営!


「……帰ってこないぞ」

「これ、マジでヤバいんじゃ……?」

「いやー! 私、まだ死にたくない!」

「お、俺だってこんな死に方は御免だ! 運営、さっさとどうにかしやがれ!」


 情報を確認して帰ってくると言った男が帰ってこない事で、次第にこの状況が本当にマズイ状態だという認識が広がっていく。

 くそっ! 俺だって、こんな死に方はごめんだ! だからって、この状況で何が出来るってんだ! 物語のデスゲームならクリア条件を突きつけられて閉じ込められるのかもしれないが、この状況にクリア条件なんてものがあるのか!? 解決策は!?


「全員、落ち着け! この話が本当なのであれば運営は敵じゃない。むしろ解決の為に尽力している筈だ。慌てるな、冷静になって解決を待て」

「んな事出来るかよ! 死ぬかもしれねぇんだぞ!?」

「無責任な事を言ってんじゃねぇよ! それともテメェがその産業テロを起こそうとしたやつの1人じゃねぇのか!?」

「いやいや、待て待て待て! 荒れる気持ちは分かるが、彼がそうならログアウトを促すだろう? 僕は彼の意見に賛成だ」

「なんなんだ、テメェ?」

「僕の事はどっちでもいいさ。それより、冷静になって落ち着いて気を鎮めた方が良い」


 おい、割って入ったそこのやつ、絶対に冷静じゃないだろ。似たような意味が続いてんぞ。……なんか妙に焦ってる連中を見たら、逆に少し冷静になってきたな。


「テメェの方がビビってんじゃねぇか!」

「そうだよ、僕は死ぬのが怖いさ! みんなだってそうだろう!? だからこそ、冷静になるんだよ! 変に感情が昂ぶり過ぎれば強制的にログアウトさ――」

「「「……はっ?」」」


 妙に興奮し出したかと思えば、その男の姿が急に消えていった。……あー、そういやそういう強制ログアウトになるセーフティ機能もあったっけ。って、それヤバくね!?


「……だから言ったのだ、冷静になれと」


 その初めにみんなを宥めた男の言葉を、その本当の意味を周囲の全員が知った。……冷静さを欠いて強制ログアウトになってしまうと、そのまま死ぬ可能性がある事に。


「ともかくだ、このゲームはまだまだバグが多い。エラーが出た際に強制ログアウトを経験した者も多いんじゃないか?」

「……確かに俺は4回なったな」

「……俺は7回」

「私、167回……だったかな?」

「「「多!?」」」

「……ともかく、変に動けばバグが出るし、それで死ぬ可能性が高くなる。今は何もせずに、大人しく待つべきだ」

「……確かにそれはそうかもしれないな」

「だ、だな」

「よし、ここで何もせずに、みんなで待機だ!」

「「おう!」」


 ふぅ、宥めてくれた人のお陰で、変に荒れずに済んだ。……運営の言葉が事実なら既に死人は出ているんだろう。こういう言い方をしたら悪いけど、俺はその仲間に加わりたくはない。

 俺は今の流れに乗っかって、大人しくここで運営が解決してくれるのを待つだけだ。


「うわっ!? な、なんだ!?」

「ちょ、なんで初期の町の中に敵が出てくるんだよ! ここ、敵は出てこない設定じゃ!?」

「くっ、敵を倒さないと!」


 バグが発生したのか、どこからともなくゴブリンが大量に出現してくる。だから、なんでこのゲームにはこうバグが多いんだよ!

 くそっ、一度は落ち着いたみんなも戦闘態勢に入っているし、俺も戦うべきか!?

 


「落ち着け! ゲームで死んだところでログアウトになる訳じゃない。下手に戦闘行為を行ってバグが発生する確率を上げるくらいなら戦闘はしなくてもいい! 少なくともここでは戦うな!」

「あ、そっか! ゲームでの死が、現実の世界での死じゃない!」

「……避けるべきは、強制ログアウトになるバグの発生か。なら、バグで出てきた敵をバグが起きた場所で倒すべきじゃないな」

「そうなると、敵がいない場所への移動か、敵と交戦しても正常と判断される場所での戦闘!」

「おっしゃ、バグが出なかった戦い方を教え合って、東の草原の方へ移動だ!」

「「「おう!」」」


 確かにバグで戦闘可能ではないエリアに出た敵と戦うのはリスクがあり過ぎる。だからといって、そのまま襲われるのも敵自体がバグによるものだから危険。

 誰かが叫んでいたバグの出なかった戦い方を教え合って、バグの発生リスクを最小限に抑えるのが懸命か。


 よし、みんなの後に着いていって、俺もこの場を切り抜けるぞ! まずは町を出てすぐのエリアである草原に向かって――


<座標位置にエラーが発生しました。修正の為、一度ログアウトを行います>


 はっ? え、草原の方に走り出した瞬間にみんなの姿が消えて、俺1人だけ砂漠にいて、エラー表示からの強制ログアウトー!?

 くっ、こんなので俺は死ぬ……のか……。



  ◇ ◇ ◇



 死を覚悟した俺に待っていたのは、普通に自室で起き上がるだけだった。え、俺、生きてる……? な、なんで? あ、今までのは全てただの演出だったのか……?

 うぉ!? 電話に着信!? あー、もうびっくりした。こんなタイミングで電話とか誰だよ。うーん、知らない番号だけど、出てみるか。


「もしもし、どなたですか?」

「っ!? あの、川島啓太さんご本人で間違いありませんでしょうか?」


 ん? なんで俺の本名を知っている? しかも何でそんな焦ったような、それでいて少し安堵が混ざったような声で……?


「……はい、そうですけど、どちら様ですか?」

「よ、良かった……。主任! 生存者、1人確認出来ました!」

「はい?」


 そこから詳しい話を聞いてみると、その電話の相手はさっきまでやっていたゲームの開発元の人からだった。

 産業テロを目論んだαテスト用のVR機器に殺傷性を持たせる細工が施されたのは事実であり、それによる死者が多く出たのも事実であった。


 ただし、それは他のαテスト中だったゲームやVR施設での話。俺がやっていたαテストのゲームでは、多発していたバグにより仕込まれていた細工の9割以上は発動しなかったという事である。

 このゲームで死んだのは、自発的に正常なログアウトを行った者だけだったという。他の人は、俺も含めて全員がバグによる強制ログアウトで無事だったそうである。

 


 そうして俺はバグに助けられて、デスゲームから生還したのであった。……生きててよかったけど、なんだか釈然としねぇ!?

 

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バグだらけのデスゲーム 加部川ツトシ @kabekawa_t

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