第2話 大集合の不思議

 舞い戻ってバルオキー。若者はアルドの姿を見つけると、駆け寄ってきた。


「アルド、どうだった? 魔物はいたか?」

「ああ、いたよ。……たくさん集まってた」

「そうか……。行商人たちの話は本当だった、ってことだな。……村に危険は及びそうか?」

「うーん、それはどうだろうな」


 アルドはあごに手を当てて考える。

 マクマクの主な生息地であるマクマクの森は、炭鉱の村・ホライの近くにある。アルドはホライに出入りする身であるが、たくさんいるマクマクが森を出てホライを襲ってきたことはない。

 勿論、マクマクの森へと足を踏み入れればその限りではなかったが。


「数が集まっているといっても、マクマクだし……」

「マクマク?!?!」

「えっ?!」


 急に近くで聞こえた大声に驚くアルド。その声の方へと顔を向ければ、頬を染め鬼気ききせまる表情の村娘が一人ひとり。そのままアルドへずずずいっと顔を近づけると、なおも大きな声で尋ねる。


「あなた今、マクマクっておっしゃいましたか?!」

「あ、ああ、言ったけど……?」


 訳も分からぬままアルドが首肯すると、一歩いっぽ、また一歩いっぽと娘は後退して。


「おじいちゃんのあの話、本当だったんだ……!」


 喜色満面に、ただそう零した。

 突如として乱入した娘の行動に理解が及ばす、若者とアルドを顔を見合わせる。それにハッと気が付いた娘は、すぐに頭を軽く下げた。


「あっ、すみません……! マクマクと聞いて、つい、取り乱してしまいました」


 それはまるで、マクマクが目当てであるかのような物言い。見知らぬ娘の不可思議な言動に、アルドは目をぱちくりとさせながら尋ねる。


「マクマクについて知っているのか?」

「勿論です! それに、それなりに詳しいと思いますよ」


 しっかりと頷きで返すと、娘は自身の胸を手を当てて告げる。


「私、実は材木屋の娘なんです。それで、幼い頃から祖父や父に森の木々や材木の特徴を教えこまれていて……木について詳しくなっていくうちに、木の姿をした魔物――マクマクに興味が湧いてきて」


 えへへ、と笑う娘。

 それは違うんじゃないか? と、アルドは思った。

 それはそういうものなのか? と、若者は思った。


「それから材木屋の仕事を手伝いながら、暇さえあればマクマクについて調べていましたから」

「そ、そうなのか……」


 娘の笑顔の迫力に、ちょっと引き気味になりつつもそう返すアルド。その様子に若者はふむ、とあごに手を当てると、話題転換とばかりに質問を切り出す。


「ところでさっき、何で君はあんなに嬉しそうだったんだ?」

「それは、ですね……」


 声のトーンをほんの少し落としながら、しょぼくれたように肩を落とす娘。ぽつり、と呟くように口から零れた言葉は。


「私、いままで一度いちどもマクマクを見たことがないんです」


 であった。


「……マクマクの森に、たくさんいるけどな?」

「はい、それは知っています。私も行きたいのはやまやまですが、行くのにも時間がかかりますし、何よりマクマクは魔物。会いに行くこと自体、危険な行為です」

「そりゃまあ……確かに」


 アルドはゆっくりと頷きながらそう返す。

 マクマクの森に踏み入った際に、アルシ、やズマカズラといった魔物と共に幾度となく襲われた覚えがある。どんな姿だろうと、魔物は時として牙を向く生物であることを忘れてはならない。


「ただ、何年か前に祖父に聞いた話がありまして。マクマクは数十年に一度いちど、月影の森で月の光を浴びる習性がある、と」

「……魔物に、そんな不思議な習性があるというのか?」


 若者は信じられない、というようにかぶりを振りつつ零した。アルドもマクマクについてそんな話は聞いたことがない。


「にわかに信じがたい話でした。ですが祖父が若い頃に、一度いちど見たことがあるそうなのです。月影の森に集まるたくさんのマクマク。彼らが一斉いっせいに満月を見上げ、その光を浴びるところを……」


 目を瞑ってそう告げる娘。

 未だ直接目で見たことはなく、書物の挿絵のみで知るマクマクの姿。月夜の森に思い描かれる彼らの背中と、視線の先に丸い月。脳裏に描かれた一枚絵のような憧れの景色は、娘にとって幻想的ですらあった。


「何故、月影の森なのか。どうして集まるのか、など詳しいことは未だ解明されていません。ですが、祖父は……それはとても美しい景色だった、と」


 若者はピンと来ていないようだったが、同じ光景を想像したアルドはふむ、と興味をそそられる。


「そして!!」


 しんみりとしていた空気が一変、娘は興奮気味に声を張りながら続ける。


「先程のあなたがたの話を聞いたところ、マクマクが月影の森に集まっているのですよね?!」

「あ、ああ。たくさん……多分、十匹はいたと思うぞ」


 その盛り上がりぶりに押されつつもアルドが答えると、娘はぱあっと表情をほころばせる。やっぱり、と期待に満ち溢れた瞳を輝かせると。


「ということは、今日がその日なのかもしれませんっ。確証はありませんが……可能性はものすごーく高いと思います!」


 胸に手を当てて、心底嬉しそうに宣言をした。

 そこで空気についていけなくなった若者がおろおろしつつ。


「ま、待ってくれ。ひとつ聞きたいんだが」


 おずおず、といったように口を開いた。その声に、アルドと娘の視線が集まる。


「月影の森に集まっている魔物……マクマク、だっけか。そいつらが、この村を襲ったりする可能性があるかどうかってのは……わかったりするか?」

「ええと……そうですね。祖父が月影の森でマクマクを見たのは確かに六十年くらい前のことです。それくらい前に、マクマクの大軍勢が押し寄せてきた、なんていう話があったりします?」


 考え込む仕草をしながら、娘は二人に尋ねた。

 マクマクについて多くの文献を読み漁った娘であったが、マクマクが月影の森を訪れる習性らしきものについての記述はたったの三つだけ。そのどれもは詳しい記述がない。

 となれば、その頃を生きていた人の経験が一番信用できるだろう。というのが娘の考えであった。


「六十年前か……。そんな珍しい話があれば、酒の席でぽろっとこぼれてきそうなものだが、僕は聞いたことがないな。特に、アルドが村長から聞いたことがないってことなら、そんなことは無かったってことじゃないか?」

「うーん……そうだなあ」


 若者の視線に、アルドは腕を組んで考え込む。

 バルオキーの村長は、アルドの育ての親ならぬ育ての爺ちゃん。村長に拾われてからアルドと妹のフィーネは十数年、村長と一緒に生活を送っていた。

 その日々を順々に思い出していくが。


「爺ちゃんから一度も、そんな話は聞いたことないよ」

「それなら、危険性は無いと思いますよ。マクマクのテリトリーは基本的に森です。踏み込んでくる者を襲いはすれども、森から出て人を襲いに来るような魔物じゃありません」


 首を振りながら告げる娘。これは多くの魔物にも通じるものだが、数が増えすぎたや人間がテリトリーに立ち入ったなどの理由があるからこそ襲ってくるのだ。

 行商人などは無事に商品を運ぶ為に、良く通るルートにいる魔物のテリトリーは把握していたりもするほどだ。


「村がマクマクの森からの月影の森への移動途中にあるわけでもなさそうですし。……大勢で武器を持って月影の森へ押しかけたりさえしなければ、村に気が付くことすらないと思います」

「本当か?!」

「ええ。マクマク一筋ひとすじ十数年、調べに調べ尽くしたこの私の言葉に、間違いありません!!」


 胸に手を当てて、しっかりと断言――。


「……と思います」


 ――は流石に娘でもできなかった。もしマクマクが押し寄せてきたとすれば、多くの村の人命が天秤にかけられることになるのだ。マクマクについて詳しいとは言え、無責任に言い切ることはできなかった。


「し、信じていいんだな……?」

「信じていいと思うよ」

「アルド?」


 アルドという思わぬところからの援護に若者は不思議そうに顔を見返す。


「俺、マクマクの森の近くにある村によく行くんだけどさ。マクマクが森から出て来て村を襲ったって話は聞いたことないし……危険はないと思うぞ」

「アルドもそう言うんなら……とりあえず一安心ってことか」


 よかった、と言うように若者は何度が頷くと、悩まし気だった顔にようやくにっこりと笑みが浮かぶ。


ひとつ気掛かりがなくなったよ。二人とも有難う! 警備隊のヤツらにも知らせてくるから、僕はここで」

「ああ! よろしく頼む!」


 それじゃ、と手を振って若者は村の中の方へと歩いて行った。その背中を見送ったところで娘を振り返ると顎に手を当てて何か考えているようで。

 アルドが見ていることに気が付くと、娘はおずおずと切り出す。


「あの、マクマクの森近くって……確か廃村があったと思うのですが」

「知ってるのか?」

「ええ。マクマクの森は良い材木が取れることで有名ですから」

「そっか。いや、その廃村を立て直そうってがんばってる人がいてさ。その手伝いをする内によく行くようになったんだよ」


 炭鉱の村・ホライをアルドが最初に訪れたとき、本当に廃村であったのだ。草は生い茂り、家屋はボロボロ。

 だが、そこで出会った男・マーロウとアルドの手伝いもあり、人が住める村へと近づいていっているのだ。アルドも、日々活気づいていくホライの様子を楽しみにしているところはある。


「そう、なんですか。ということは、もしやそれなりに腕の立つ人でいらっしゃる……?」

「え? ああ、まあ……? 魔物退治とかは、それなりにやったことがあるよ」

「……アルドさん、とおっしゃいましたよね」


 娘は、改まったようにアルドの名前を呼ぶ。


「ま、まさか……」

「お願いします!!!!」


 ずずいっと近づく娘。つい一歩下がるアルド。


「どうか私を、月影の森に連れていってください!!!!」

「……そう言うと思ったよ」


 はあ、と肩を落として目をつむる。勿論、予測は出来ていた。

 胸を当てられた手をギュッと握りしめ、娘は言葉を続けていく。


「マクマクがマクマクの森から出てくることはめったになく、はぐれマクマクを探すことも難しい。これは、私がマクマクを初めて見ることができる、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスなのです……!!」


 その勢いに、アルドがほんの少し上体を逸らした。それに気付いてか気が付かずが、ダメ押しとばかりに娘は溢れんばかりののたまう。


「樹木独特の丸みの中に、ごつごつとした魔物らしさのあるあの姿!! 黒い虚からのぞく可愛らしさのあるひとみ!! それだけでなく、彼らは時として良質な材木としても取引され、まさに実用的でありながらもチャーミングさを兼ね備えた珍しい存在……!!」

「わかった、わかったから!!」


 つらつらと噛むことなく歌うように出てくるマクマクへの賛辞。ぎょっとしつつもアルドが止めると、娘は期待するような眼差しでじいっと見つめられる。

 そんな目で見られてしまっては、アルドの“お人好し”が発動しない訳が無く。


「……まあ、めったに見られるものじゃないんだろ? 俺もちょっと、気になるし。一緒に行って見てみるか」

「本当ですか?!」

「ああ。……だけど、俺がいても危険なことに変わりはないからな? 一人で走っていったりしないでくれよ」

「勿論です!! 有難うございます、アルドさん!!」


 深々としっかり頭を下げると、溢れんばかりの満面の笑みでアルド見る娘。


「それでは! 月影の森にレッツゴーです!!」


 そう元気いっぱいに告げると、先程の勿論ですはどこへやら。その高揚した気分のままヌアル平原の方へと走り出してしまう。勢いたるや、アルドが驚いている間にバルオキーを出ていかんばかりである。


「あっ、オイ! 一人で走っていくなって……!!」


 だが、アルドはアルドで腐ってもバルオキー警備隊で時空を股にかける旅人だ。大急ぎで駆けだすアルドが、娘に追いつくまでそう時間はかからなかった。

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月を見上げる木々の虚 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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