月を見上げる木々の虚

蟬時雨あさぎ

第1話 見慣れない魔物

 緑の村・バルオキー。

 昼下がり、爽やかな風とのどかさの残る景色をアルドが楽しんでいると、酒場の前でむずかしい顔をした村の顔見知りが目に留まる。

 よく酒場に居る村の若者。酒場での楽しげな顔はどこへやら。道の端に立ち止まったままあごに手を当てて、何やら考え込んでいるようだった。


「おーい、何かあったのか?」

「おっ、アルドじゃないか」


 アルドが声をかけると、顔見知りの若者はパッと顔をほころばせた。だがそれも束の間。


「いや、ちょっと困ったことがあってな」


 首を数回振ると、すぐにむずかしい顔付きに戻ってしまう。

 困りごと、という言葉。バルオキーはアルドの育った故郷でもある。村の景色に異変は見当たらないが、何かあったのだろうか、とアルドも顔つきをこわばらせた。


「なんだ? 困りごとって」

「昨日、ヌアル平原を抜けてきた行商人が話してくれたんだが。月影の森に、魔物が入っていくところを見たらしい」

「……魔物が?」


 魔物、という言葉に腕組みをしつつ聞き返すアルド。それに若者はこっくりと頷き返した。


「ここいらじゃあ見慣れない姿の魔物で、数もそれなりに多かったらしい。それに、だ。月影の森近くまで薬草取りに行ったヤツも、同じことを言っていた」

「そうか……。見間違い、ってわけじゃなさそうだ。何か手伝えることはあるか? 俺もバルオキーの警備隊だ、見過ごせないよ」

「本当か!」


 アルドが腰に手を当てながら告げると、食い気味に若者は大声で返す。思わず声のヴォリュームにアルドが驚くと、若者はわざとらしく咳払いをする。


「す、すまない。正直、人手が足りてなくて参っているんだ。ほら、魔獣たちに王都が襲われただろ? 村の警備を減らすこともできなくてさ……」


 バルオキーからカレク湿原を抜けた先にある、王都ユニガン。そこにそびえ立つミグランス城が、人間を憎む魔獣王と魔獣たちによって燃え上がってしまったことは記憶に新しい。


「確かにな。猫の手も借りたい、ってヤツか」


 王都近くのセレナ海岸では魔獣がうろついているとの報告もある。バルオキーに未だ魔の手が伸びてはいないものの、村の警備隊による警戒体制が組まれていた。


「それじゃ、俺は何をすればいいんだ?」

「そうだな。月影の森で魔物がどんな様子か見に行ってきてくれないか? アルドなら腕っぷしもあるし、頼む!」

「ああ、わかったよ。月影の森だな」


 若者の言葉にしっかりと頷くと、アルドはヌアル平原の方へと足を進めることにしたのだった。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 バルオキーを出て、ヌアル平原を進む。

 崖向こうにミグランス城の姿を眺めつつ。


(今日もいい天気だなあ)


 なんてのんきに一つ伸びをしていると。


「……ん?」


 近くの草の茂みから、ガサガサと何かが動く音。魔物か、とアルドが剣を構えて臨戦態勢を取り、茂みを凝視する。

 ガサガサ、ガサガサ、次第に大きくなる音と共に、飛び出して来たのは。


「マクマクマクッ」


 シラカバの樹の根っこボディ、つたのようなおてて。斧で斬られたような黒い裂け目から、白いおめめはまんまると。


「お前は……マクマク?」

「マク!」


 アルドにといに答えるように、頭に咲いた赤い花が揺れる。切り株のような見た目をした魔物・マクマクであった。どうやら、一匹だけはぐれてしまったらしい。

 敵意が見えないことからアルドは剣を仕舞しまって。


「見慣れない魔物って、マクマクのことか? 確かに、この辺りじゃ見かけないもんな……」


 腕を組んでアルドはうなった。ヌアル平原の魔物といえば、主にゴブリンやプラームゴブリン、時折ハイゴブリンが現れるくらい。それにマクマクの主な生息地といえば、炭鉱の村・ホライの近く、マクマクの森である。

 そんなことを考えこんでいると、突如。


「マクーーーッッ!!」

「はっ?!」


 茂みから飛び出してきたマクマクは、叫び声に驚くアルドをよそに一目散に駆けて行ってしまう。いきなりの出来事にアルドは数秒の間動くことができず、まばたきだけをしていた。


「も、ものすごいスピードだった……。アイツ、月影の森の方へ走っていったな」


 若者から聞いた行商人の話では、見慣れない魔物が月影の森に入っていったということだったはずだ。行商人の話とマクマクに、関係がないとは限らない。


「あのマクマク、追いかけてみるか」


 アルドはそう呟くと、急ぎ足で月影の森へと向かった。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 月影の森。その入り口近く。

 とっさに木の影に隠れたアルドが目にしたもの。それは。

 

「こっちもマクマク、あっちもマクマク、……なんだこれ?!」


 たくさんの、それはもうたくさんの、マクマクだった。

 先程出会った赤い花のマクマクの姿もある。だが、それ以外にもたくさんのマクマクがおり、もはやマクマク大集合である。というか。


「マクマクの森以外でこんなにたくさん見たの、初めてじゃないか?」


 バルオキーから始まり、王都ユニガン、港町リンデ。街から街へ、多くの場所を旅してきたアルドだが、マクマクの大集合が見れるのはマクマクの森だけである。

 未来のエルジオンでも、ましてや遥か古代のパルシファルやラトルでも見たことがない。

 時を超え、大陸を駆け回るアルドが言うのだから、事実だろう。


 それが所変わって月影の森。それも入り口だけでざっと十五匹はいるのだ。マクマク自体はそれほど好戦的な性格ではないものの、数が集まってしまえばどうなるか分からない。

 それに加え、どうして月影の森にマクマクがいるのか。それがアルドは気に掛かった。


「と、とりあえず報告しに戻ろう……」


 マクマクが横行おうこう闊歩かっぽする月影の森、という異様な光景。それに背を向けると、アルドは見つからないようそっと月影の森を後にしたのだった。

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