後編

城に緑のじゅうたんが敷かれてからまた何日かが経ったとき。


今度は動物や昆虫、魚たちも後を追うように飛び立った。

(面白いことにもともと羽のある生き物はその上から「羽」が生えていて、自分のものを使ってなかった。)


異変からまだ1週間も経ってないっていうのに、ものすごい速度で状況が変わっていく。

大地に生きる命はごっそりと減ってしまったんだ。



不安を煽るようなことが短い間にこれだけ起こったら焦りもするよね…。



『動植物は人間よりも地球の変化に敏感なんだ。』


いつかそんな話を生物博士がしていたっけ。




1年のうち長袖で過ごす期間は3ヶ月もないし、地震や大雨洪水なんかは月に大体1回はどこかで起こってる。


僕が物心ついた時にはそうだったからそれが普通だと思ってたんだけど、昔は違ったんだってね。

大人は「異常気象」「天変地異」、おかしいおかしいって言う。


…もしかしたら、地球が壊れてきていることを動物や植物はわかってたから、いち早く出て行っちゃったのかもしれない。



そんなことをぼんやり考えていながら、僕はいつものようにまた空の様子を窓から眺める。

空飛ぶ生き物たちが大渋滞を起こしているせいで城は覆い隠され、たまにしかその姿を見ることが出来なくなってしまっていたけど、かわりに、いつもは見られない生き物も見れるようになって楽しんでいるからこれはこれでいいんだ。



今日は何が飛んでいくのかな?


やっぱりクジラは遠くからでもわかるからいいね。


あ、うわぁ…、すごい、中庭の木がゆっくり上がってくよ。

地鳴りがしたからちょっとびっくりしたけど…、はー。



えーっと、あと珍しいのといえば、


そうそう、近頃は人が飛んでいくのも少し見かけるようになったかな。




お城に入って、今まで帰ってきた生き物は一匹もいない。

だから、誰もお城の中がどうなっているのかわからない。


飛び立ったって、安全だって確証はどこにもない。


『危険ですので「羽」のある方も飛ぶのはやめてください。』

ニュース番組のアナウンサーも厳しい口調でそう言っていた。


でもさ、「何か」が起こる予感はあるんだから、ここだって全然安全とは言えないよね。

あんまり今の生活に心残りがないなら、出ていってしまおうと決める人がいたって別におかしくないし、それを止めることだってできないと思うなぁ。



…まあ、僕は「羽」が生えなかったから関係ないんだけど。


「羽」がどういう基準でもらえるかはよくわかっていない。

テレビでもアフリカ系だとか女の方が生えやすいとか、いろんな説が言われてたけど、結局は法則性はないってことだった。


…。


でもね。


生えてこなくても、裏ワザはある、みたい。


僕、見ちゃったんだ。




寝ているレイちゃんの背中から「羽」を誰かがそっと引き抜いて、自分の背中にくっつけたのを。


カーテン越しだからシルエットしか見えなかったけど、うつぶせのレイちゃんから「羽」の根元がスーッと抜けていったのはわかった。

眠ってて気づかなかったみたいだったからきっと痛みはないんだね。


「ごめんね」


「羽」を奪った女の人は申し訳なさそうにそうつぶやいたあと、そのまま寝たふりをしていた僕のベッドの前を通り過ぎ、窓から空へ飛び去っていった。


『「羽」は誰かのものを奪うことができる』んだってことが、なんとなく理解できた。


あと、この人みたいに、きっと自分より弱い人を相手にやっている人は他にもいるなってこともね。



そのあと、目を覚ましたレイちゃんはぐすぐす泣いていた。

すごくかわいそうだった。



…そう思うならなんで女の人を止めなかったのかって?


違うよ、動けなかったんだ。


確かにぞっとはしたけど、別に身がすくんだり弱虫だからとかじゃない。


仕方なかったんだ。








僕は生まれつき体が動かないし、声を出すこともできないから。



生まれてからずっと病院のベッドの上の生活をしてる。


やることといえば空を眺めるか空想するかテレビを見ることくらい。

少ない楽しみだけど、それでも病院の白くて高い天井をずっと見ているよりはずっとまし。


でも別に、不満とか絶望とかさ、そんなのはないよ。

上を見上げたところでどうしようもなさすぎて。


そんなんだからさ、外の世界や、目と鼻の先のことだって、何が起ころうと僕には関係がないことと、ずっと思って生きてきた。




けど初めて城を見たときは、思わず期待しちゃったんだ。

きっと理屈や常識がひっくり返るような何かが起こるんだろうって。


せいぜいこのベットの起き上がる角度くらいの僕の世界も、あそこまで広がるんじゃないかって。



確かに僕らを取り巻く世界は全然違うものになったよ。

でも僕の世界には何も変化はなかった。


だから、もうあきらめちゃった。




もういいんだ、それは。


…。


…。



―――――――



僕の呼吸器と点滴から、アラーム音がずっと鳴り響いている。


少し苦しくなってきた。



看護師さんは来ない。

それどころかもう10時だっていうのに白衣を着た人を誰も見かけない。


今日は遠くから悲鳴、怒鳴り声、泣き声が聞こえてやけに騒がしい。


テレビをつけてくれる人がいないから、どうなってるのかはわからないけど、もしかしたら誰かの「羽」を奪ってでも今すぐに城に行かなきゃと思うようなことがあったのかもね。


レイちゃんも泣きじゃくりながら「ママのところに行く」って出て行ったっきり、戻ってきてない。





僕が死んだら、魂は空に昇ると思う。

でもきっとあの空の城にはいくことはない。



ガラス越しには天使もどきたちが飛び立っていくのが見えた。

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