その温もりの価値




 そう、もういつでもスマホを構える必要はない。


 侵略は終わり、強化工事も必要なくなった世界は再び滅亡に向かって生きていく。


 輝くビーチを当てもなく二人で歩く。


 どこまでも続いて行く白い砂浜を、水平線を眺めながらゆっくりと。


 長い長い、果てなど見えない場所での事だった。


 いつか、ポツリと少年は洩らした。


「……アラン=グラフィックは、どうしたかったんだろう」


「陸斗?」


「娘を手に掛けて、世界を救った英雄になってさ。でもその先には何があったんだろう。意味ある人生だって胸を張って死ぬ事ができたのかな」


「どうでしょう」


 はいでもノーでもなかった。


 あの地下空間の全てを掌握できる頭脳を持っておきながら、メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターは言外に分からないと告げていた。


「……彼は私という一個体を製造しました。そこには無限にも思える意志の強さがあったはずです。人生の厚みだけで言えば、彼ほどの経歴を持つ者は歴史の偉人と肩を並べるほどのものでしょう」


「ああ」


「しかし同時に、それは才ある者の義務や責任でもあります。できる者がやるのか、やらないのか。それだけの問題なのかもしれません」


 そして一拍区切って、彼女はその無機質な瞳で隣の少年を捉えた。


 麦わら帽子のツバで顔を隠しているような錯覚があったが、それは果たして錯覚なのか。


「そう、やるかやらないかの問題なのです。……あなたが数多ある選択肢の中から全ての救済を実行したように」


「……正解だったのかは分からないよ。ジャッジしてくれる人が誰もいない」


「当然です、陸斗。こういった大きな問題は、私達が世界から消えてからゆっくりと正義が確定していくものです」



 それが本当ならば、何と果てしない事か。


 結局、今を生きるしかないようだった。


 死を目の当たりにして、世界の真実を知った。


 だが始まりから終わりまでを思い浮かべてみると、一つだけ消えていない疑問がある事に気づく。


 珍しい体験をするような足取りで砂浜を歩くメアリーに、覚えた疑問を投げかけてみる。


「なあメアリー」


「はい陸斗。何ですか」


「最初に会った時、メアリーの位置を察知したのって妨害電波があったからなんだよ。でも今思えば、あれは何だったんだろう。カタリナがやったって訳でもないだろうしお前はケースの中だった。だから……」


「おかしな事を言いますね、陸斗」


 スマートフォンの電波を察知して、メアリーが妨害電波を送った可能性もある。


 ただし地下空間を処理するための自動モードであれば、そんな自由は効かないはずだ。誰かの余計な工作があった可能性だって低い。


 だけど、彼女はこう言ったのだ。


「高度なコンピューターでも計算できない。不確定な要素を多分に含んでおきながら、それでいて未知の領域の中で会う事ができたというのであれば」


 不意に、そっと手を取られた。


 そう思った時には、メアリーの柔らかい感触が腕を丸ごと包み込んでいた。


「これは、この出会いは」


 腕に抱き着かれたのだと気付いた時には、世界を天秤にかけてでも守りたかった少女が真っ直ぐにこちらを見つめていた。


 人工音声とは思えない、甘い声でアンドロイドの少女は優しくこう断言した。




「運命の出会い以外に何があるというのですか、陸斗」




 囚われの地下から姫を助けた褒美はあった。


 いつだって無表情なその顔が笑顔に変わったのは、きっと気のせいだ。


 だけど、アンドロイド少女の唇が全てを懸けた戦士の頬に押し付けられたのは、絶対に気のせいではないはずだ。




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Artificial Intelligence War 東雲 良 @NVL_CAMVAS

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