終章 その選択は何をもたらすか

終わらせた歴史のその先に



 あれから一週間が経っていた。


 一度は原形を失くしたメアリーの体だったが、そこはメイドイン地下。電磁性複合細胞の恩恵で家庭用電源に接続すれば三日ほどで全快した。こういう所を見るとやはり地下の技術を持ち帰って学習、検証したいところだったが、地上の人間が地下に留まれば健康に不都合が起きるためそれも難しいだろう。


 メアリーにインストールされたデータやカタリナから技術を学ぶという事もできるが、しばらくは良い。


 気が進まなかった。


 しばらくは手に入れた平和を謳歌したい。


 手の中には、買い替えたばかりだというのに少し傷の目立つスマートフォンが握られていた。


「セレナ」


『ボス』


「フェリネアはどうだ」


『ええボス。未だにミスカタリナと会う事は拒んでいますが、リペアテレサの修復タスクと演算をタスクはこなしてくださっています』


 つまり、説得は成功していた。


 いいや、説得する必要なんかなかったのかもしれない。


 家族を救いたい。


 素直にそう言えなくても、救われた家族の力になりたいと思える程度の人間性で構わなかった。戦争の結果を伝えるだけで、フェリネア=グラフィックは驚くほど簡単に協力してくれた。


 姉妹で過去を語り合う日が来るのか。


 それとも本気で殺し合う喧嘩の日々が待っているのか。


 ……フェリネアの中では何かが決まっているのかもしれないが、流石にそこまで干渉する気にはならなかった。


「……にしても暑いな。もう冬になる時期なのに陽射しだけでもここまで暑いもんか」


『南の島ですからね、ボス』


 白い砂浜、青というよりもエメラルドグリーンの海、輝く太陽に潮の香り。


 孤島のビーチに来ていた。


 シーズン外れの旅行だった。


 もちろん結城陸斗とセレナだけではない。


 メアリーとカタリナ、そして三澤花恋を連れてきていた。


 ちなみに花恋については完全に罪滅ぼしなのだった。なぜならば、


「……花恋が風呂場に閉じ込められたままだったの、家に帰るまですっかり忘れてたよな」


『そんな状況でも長風呂を延々と楽しんでいたミス花恋の大物っぷりは相当なものですが』


 ごめんなさいの意味も込めて、旅費は完全に陸斗持ちなのだった。


 しばらくは貧乏生活が続く事請け合いであり、しかもセレナが稼いでくれたらしきお金も底を尽いたのだった。


 砂浜を踏み締めながら、少年は軽く笑って言う。


「……ま、たまには良いよな」


『ええボス。人間には定期的なリフレッシュが必要です』


「お前もたまには休めよ。俺より何百倍も働いてるんだし」


『いいえボス。動かないコンピューターほど虚しいものもありません。わたくしはこうしてボスと話しているだけでリフレッシュです』


 一〇月とはいえ、半袖のTシャツにジーンズといった格好で十分な南の島。


 学生の身分ではちょっと贅沢な環境の中、少し離れた所からきゃっきゃという楽しそうな声が聞こえた。


「ほーらカタリナちゃーん! くぅーらえーっ‼」


「はぶっ!? ……ふっ、五〇以上も年上の私をここまでコケにした生娘も珍しい。総じて言えば沈めてやるッ‼」


 花恋とカタリナが意気投合して、プラスチックの水鉄砲を使って海水の掛け合いをしていた。


 ちなみにゾンビみたいだった少女の目は赤い石がまだ埋め込まれているため、眼帯がつけられていた。陸斗やセレナが最適解に導いたのではない。


 カタリナ自身がそう望んだ。


 ただ復讐に生きていた少女が、普通の女の子の道を歩み始めた。


 意外だと思うだろうか。


 答えはノーであるはずだ。人目を気にする女の子という定義に、疑問を抱く余地などない。


 ……ただし、どうだろう。カタリナの語気が荒くなるとあの死闘を思い出して背筋が震える。花恋相手にサイボーグ兵器を起動する様子はないので一応ホッとするが、あの武闘派幼馴染ならば一、二撃くらいなら避けられるのかもしれない。


「……ほう」


 カタリナが同い年くらいの見た目の少女と遊んでいる光景は、普通に楽しそうに見える。


 撮影してフェリネアにでも送ってやろうかと思ったが、Tシャツがびしょ濡れになって下着が透けていたのを見て、法律を思い出す理系高校生なのだった。


 だがバレなければ問題にはならない……ッ‼ とスマートフォンのカメラを構えようとした段階で、背後から声を掛けられた。


「陸斗。撮影は許可を取るべきですが、その辺りの常識はおありですか?」


「ひゃいっ‼」


 ビックゥ‼ と肩から爪先まで丸ごと震わせた少年は白い少女を目撃した。


 電磁性複合細胞は人間とほとんど変わらない性質を持つため、普通に日焼けをする。陸斗は海の家で麦わら帽子を購入しているメアリーを待っていたのだった。


 無表情のまま瞳が拡縮しているところを見ると、何だか怒っている気もするがおそらくこれは強い陽射しのせいで光量を調節しているだけだろう……と思いたい。


「い、いやあ違うんだよメアリー誤解だよ? これはカタリナのサイボーグ部分が海水に浸かっても腐ったりしないのか不安だから参考映像をフェリネアに送りつつ相談しようかなと思ってだね……っ‼」


「ノー。今、口頭で説明してくださったため参考映像が必要ない事は証明されました。無許可撮影は犯罪です」


 スマートフォンをポケットに収める運びとなった。




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