戦争終了、後始末を始めよう
1
ああ、これ夢だ。
そんな風に確信を得ながらも、目の前で流れて行く続きが見てみたい。
久しく不思議な感覚に囚われながらも、そのくすんだ金髪の少女はくだらなさそうに息を吐く。
そしてそんな幼い自分を見守っている今の自分がいる事に気づく。
どうやら主観的ではなく客観的に光景を眺めて行くタイプの夢らしい。夢というものに研究の熱意を捧げた事はないが、憶測や仮説において他の追随を許さない少女はそんな風に予測をつけていた。
そして思う。
はて。
いつから自分は、こんな風に全てをくだらないと評価するようになったのだろう。
総じて言えばつまらなさそうだ。
ゼリーのような色をした液体に詰め込まれたアンドロイド少女を見ても、ふむと息を吐くだけらしい。
それこそ、科学の粋が集められた叡智の結晶などどうでも良いと言わんばかりに。
今でこそ食指を動かされるアンドロイドの設計図や兵器の図面などにも興味を示さない。確かに幼い少女が興味を持つには少々早過ぎるオモチャかもしれないが、それでもつまらないと感じた事はなかったのではなかったか。
客観的に見ていた現在の少女は首を傾げるが、そんな時に視界の端からやってくる人影があった。
『何してるのかしらーカタリナちゃーん?』
『きゃっ! ……もうママ、後ろから急に声を掛けないで。びっくりする』
『ここには入っちゃ駄目ってパパからもうるさく言われてたはずでしょうー?』
それを見て。
カタリナの動きがピタリと止まった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
全てが空白で埋め尽くされる。
精神の湖のさらに底、埋没していた何かが掘り返されている感覚が確かにあった。
『ご、ごめんなさい!?』
『むっふっふー。パパのお手伝いしたいのは分かるけど、ママの視界から消えた事は許さーん。罰としてぎゅっとしてやるーっ‼』
『ひゃあーっ‼』
『うりうりーっ‼』
そんな声を聞きつけてか、父親らしき人物も彼女の元へと合流してくる。
さらに父親の手にはその少女の姉の手が握られており、やがて四人の家族が形作られる。どれだけ冷たい地下の中でも、その場所だけは太陽に照らされたように温かみを持つのを、確かに感じた。
あれだけ。
あんなにもつまらなさそうに息を吐いていた少女の表情が一転して、満面の笑顔に変わっていた。ついさっきまで顔すら忘れていた母親に抱き締められ、頬と頬を擦り合わせて満開の花のような笑顔になる少女。
あれが本当に自分なのかと疑念を抱くほどの寵愛。
ああ。
これを幸せと呼ぶんだろうなと。
カタリナ=グラフィックは、何となく辞書には載っていない幸福の意味を知った。
幸せな時代が、確かにあった。
目に埋め込まれた赤い石を呪いなどとは思わず、世界と家族を守れる勲章だと誇っていた時代が明確に存在していた。
「……そりゃあメアリーを恨む訳だ」
つまらなさそうに見ていた理由は分かる。
一秒前まで分からなかったそれが、今では手に取るように理解できる。
「大好きな両親と遊ぶ時間が、あいつのせいで減っちまってたんだから」
戦争の火種は、どこにでもあり触れた愛だった。
笑わば笑え。
この笑顔が失われる事を笑えるのならば、そいつはもはや人間じゃない。
それならまだ人工知能の方がまともなくらいだ。
2
「……」
涙を流しながら起きたのなんて、何千回目だろうか。
カタリナ=グラフィックは目元を擦って水滴を拭いながら体を起こす。どうやら右足が銃よりも激しい暴発のせいで吹っ飛んでも、体のほとんどがサイボーグ化されていたため健康に異常はきたしていないらしい。
カチャカチャという、不思議な音が辺りに響いていた。
誰かいる。
何十年も誰もいないはずだった絶対の場所に、誰かが存在している。
「……おい」
「ああ、起きたかカタリナ」
ボロボロの理系高校生だった。
スマートフォンを握り締めながら、彼は何かの作業を行っていた。
周囲をさらに観察してみると、場所を移動している事に気づく。
ずっとメアリーを収容していたメインバンク。ようは地下の主要施設の一つで、中央にはメアリーを収めるための筒状のマシンが設置されている場所だ。
「……何をしている。結局アンドロイドを戻すつもりなのかクソガキ」
「いいや。それより髪の毛使って襲ってこないって事は多少の信頼は得られたって事で良いのか?」
「……気絶している間にその辺の工具で私を殺さなかったんだ、言ってる事は本当なんだろうさ。……時間はくれてやる。ただし地上に価値がないと判断すればその時は壊す」
「ああ、それで良いよ」
軽く言い切れるだけの何かがあるという確信。
そんな風に言う高校生に舌打ちするが、実質問題メアリーはどうするつもりなのか。カタリナは適当に段ボールくらいの機材にもたれかかりながら、体を調子を確かめる。
「私を地上に連れ出すのならばメアリーの常駐は必須だ。一方でメアリーを連れ出すという事は私がここに常駐しなければならない事を意味する。交互に入れ替わるという手も使えん事はないが、ワープは人間が繰り返せば身体的に良くないダメージを受けるぞ」
「……やっぱりこの頭痛は地下と地上の行き来のせいか、くそっ」
確かセレナを製造している時にもこんな頭痛があったはずだ、と陸斗は思い出す。
だがあれは、学校で寝泊まりを繰り返した末に五日ほど連続で不眠不休の作業を続けたからだ。多少の寝不足でこれほどの体調不良は珍しいだろう。
そしてカタリナをこんな真っ暗闇に置いて行く気はなかった。
もう、一人ぼっちになどしてたまるか。
「心配ない。メアリーもカタリナも地上に出れる手段がある」
「具体的な案を聞いてやる」
「ようは情報処理を行えるマシンがあれば良いって話だろう。だったらメアリーでもカタリナでもない情報処理マシンをここに置けばどうだ?」
「……よほどの馬鹿だな、君は」
「ああ、なんて言ったって」
ウィンクまでしてその馬鹿野郎は告げた。
「ようやく作り上げたセレナを地下に置いたままにしてやろうって言ってるんだからな」
「……不可能だ。セレナとは私が『赤い石』のアルゴリズム解析に使ったスーパーコンピューターの事だろう? 確かになかなかのスペックだったがやはりハンドメイド品だ。この地下全てを掌握できるとは思えん」
『ええミスカタリナ。不本意ですがその通りでしょう。しかしここには抜け道があります』
「そしてすでに実証済みだ」
その辺りに散乱していたコードを整理し終えると、次に陸斗は透明なボードでできた画面と向かい合う。ある程度の操作方法を習得し終えると、何かの数値を入力していく。
「セレナだけなら地下はカバーし切れない。だけどもっとすごいスパコンがあれば? いいやスペックの高いスパコンが並列接続されれば?」
「……なるほど」
「今はまだリペアテレサに繋がない。フェリネアのヤツが面倒な事を仕掛けてくれても困るしな」
「つまり地下を突き止めた『テレサ』が役割を果たすようになるという訳か。ようやく因果応報が回る世界になってきたな」
「地上に戻ってからゆっくり説得する。きちんと話す。必ず納得させる」
「勝算は?」
「割と高いと思ってる。……大丈夫だよ、むくれたお姫様はすでに一人攻略したトコだ」
「誰の事か聞かせてみろ? 解答と予測が同じならば第二次地下大戦といこうか」
第二ラウンドなど死んでも御免だったので、両手を挙げて降参のポーズを取る運びとなった。
リペアテレサとセレナが繋がった状態ならば、地下を掌握できる事はカタリナ戦で証明が完了している。
前準備もすでに終わっていた。
「よし、数値の入力は完了だ。メアリー、チェックを頼む」
「はい陸斗」
コードに繋いで電磁性複合細胞によって体を取り戻しつつあるメアリーは、クッションの上に横になっていた。
おそらく彼女自身がそこに行き着いたのではなく、陸斗がクッションの上に寝かせたのだろう。まるでロボットペットを抱き締めて寝るような、そんな甘ったるい錯覚があった。
一言で彼の本質を表す言葉がすぐには見つからず、最終的に口にしたのはこんな評価だった。
「……お人好しめ」
聞かせるつもりでもなかったが、陸斗の耳には入っていないようだった。
彼はスマートフォンを耳に押し当てて、誰かと通話していた。
「ああ先輩? 眠いのは分かりますけどきちんとよろしくです」
『おーいもう夜中の三時よ? 電話もらったのが一一時くらいだろう?? これ何待ちだ??? 私はそこまでナメられていたのか』
「雪先輩しか頼れる人がいなかったんですよ。先輩なら夜中の学校でも忍び放題でしょ」
『うるさい眠い。……で、これ本当にやって良いのかしら。後で責任取れとか言われてもどうしようもないよ』
「そこに関しては心配なく。ちょっと待ってくださいね」
メアリーと目配せを一つ。
数値の入力が正しかった事を確かめてもらってから、計画が上手く進んでいる事をチェックする。
「雪先輩、よろしくでーす」
『今度昼休みに食堂で会ったら奢りな』
「セレナ。雪先輩の行動パターンを学習。学校で動くタイミングなんてほとんど決まってる、楽勝だろ」
『ええボス。五分で食堂での遭遇パターンを全て回避する動きをシミュレートしてやります』
『たったワンコインのために必死過ぎる! 後輩に全力で避けられる先輩の気持ちになってみようか‼』
「それより先輩早くー。先輩の早くくださいー、もう我慢できなーい」
『へっ、変な言い方するなっ!』
「……そこで慌てるのは先輩の心が汚れてるからですよ、絶対」
直後だった。
薄い青の光が輝いたと思ったら、メアリーが収まっていた筒状の装置の隣に。
何か巨大なものが降って来た。
ズドム……っ‼ という振動が足裏から響く。
「……よーし。セレナ、緊急用のバッテリーが切れる前に接続を完了させるぞ。最大稼働時の五万世帯分を賄えるかは知らないけど、アラン=グラフィックとやらの天才ぶりなら電気不足が怖い事くらい分かるはずだ、何とかなるだろ」
『ええボス。ミスメアリーを賄える電力があるのでしたらそこまで心配する必要もないでしょう』
「こんな暗いトコに置いて悪いな」
『お気になさらず、ボス。いつでも繋がる事ができるのならばわたくしとしては何の問題もありません』
そう、レアメタルは地上にあった。
しかしフェリネア=グラフィックが持っているのではなく、バイク便を使って学校の先輩の元へと届けられていたのだ。全てはこの最後の時のためだ。
続いていくつかのロボットアームが地上から送られてくる。
体育館で荷物などを整理するために陸斗が作ったものだが、これはセレナのメンテナンス用だ。これからは陸斗がメンテを行うのではなく、セレナ自身がシステムを確立していく。
地上と地下を行き来する際には送受信するポイントでズレが起こるという話だったが、学校の体育館で開いた穴ならば話は別だ。一度セレナがセンサーで魔法陣のような模様を把握しているので、このメインコンピュータールームで数値を調整すれば任意の場所にスパコンを持ってくる事ができる。
「コードに繋げないと地下を操るのにラグが出るかもしれないからな。やっぱりここにセレナを置くのが最善だ」
『ええボス。そしてコードの接続もロボットアームに任せていただいて構いません』
「何だ、じゃあもう地上に上がって良いのか?」
『ええボス。頭痛ともこれでおさらばですね。そろそろ限界でしょう』
「……バレてたか」
『スマートウォッチでボスの健康状態をしているのをお忘れでしたか』
そう答えた陸斗の手にあるスマートフォンに、あるデータが表示される。
それは赤い石のアルゴリズムだ。赤い宝石の持つ効果を無効化して、地上に上がるための宝箱の鍵。
カタリナ=グラフィックをついに地上に解き放つ。
実感が湧かずに、いっそポカンとしたままだったカタリナに伸ばされる手があった。
世界ではなく、一つの人工知能と少女を選択した少年は短く言った。
料理の手順や調理法を長々と語られるよりも、食べてどうかを聞く方がずっと良い。そして大手を振って語れるほど世界を知らない事も実感し尽くした。
「カタリナ」
だから、ただ一言。
優しくこう誘えば、何の問題もないはずだ。
「行こう、一緒に」
さあ、世界を吟味しに行こう。
壊すか否か、その結論はもう少し先に持ち越しだ。
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