第14話 信頼は、ときにあてにならないものです

 ごそり、と物音がしました。

「……!」

 退屈のあまりうたた寝をしていた私は、慌てて目を覚まします。そして、侵入者から隠れるように、私は身をかがめました。

 幸い、図書館というものは死角だらけ。見つからないように本気で立ち回れば、特別な手段を使わずとも隠れることができます。

「……誰でしょう?」

 暗くてよく見えません。館内の非常用の明かりと月光だけでは、何がどこにあるか、くらいしか分かりませんでした。

 

 その人影は、子供ほどの身長しかありませんでした。私の胸のあたりくらいでしょうか。その子どもは、件の本棚の前にいくと、何やら詠唱を始めました。

 館長には「一冊くらいなら犠牲にしても構わないから、現行犯で取り押さえてくれ」と言われています。そうですね、あまり本を粗末にするのは許せないので、詠唱が終わる直前で脅かしてみることにしましょう。

 ぶつぶつと、詠唱は続いています。小さい声なので、なんの詠唱かは分かりませんが……

「この長さだと、少なくともただ水を出すだけのものではない……」

 長過ぎます。何か危険かもしれない。このまま、終わる直前まで放っておいてはなにかまずい。

 私はそう判断して、本棚の影から飛び出しました。

「そこまでです」

 同時に、《灯火》の呪文を使ってその場に照明を作ります。ぱっと明るくなった、その場にいたのは。

「……人形?」

 でした。ええと、なんというか……実に、精巧な人形です。髪の毛が明かりを反射する様はまるで本物のようだし、目もと、口もとも不自然なまでの再現度。肌の色、指先、何もかも、まるで本当の人間のような。

 ただし、関節だけは人形のそれとわかる、球体でした。

 そして、乞食のような、ところどころ破れた麻の服。柄はなく、ただの布切れといっても差し支えないほど擦り切れたそれ。彼女の体の凝り具合には、全く似合わないものです。

「アー……」

 人形が喋りました。

 もし仮にこれが、操り人形マリオネットであったなら、私も驚きませんでした。そういう魔術は古今東西様々なところに存在しています(お師匠様もそういったたぐいの魔術は好んで使われます)。ですが、その場合は必ず、魔力の発信源が外部にあるはずです。

「《探知:魔力》……自律して動いている、ということですよね、コレ」

 ところ、魔力の出どころは、彼女の内部にあるように思えます。ほとんど、人間と同じ位置に。

「あなたの名前はなんですか?」

 とりあえず、詠唱を止めさせたということで、話しかけてみることにします。

「それは、私の製造番号ですか。それとも、通称ですか。あるいは、魔術名ですか」

 冷たい声で、しかし明瞭に、彼女は返事をしました。

「……うーん、全て教えてもらうことはできますか?」

 聞けることはなんでも聞いておきましょう。

「その場合、あなたの命の保証はできません。我が主が、部外者に対してどこまで開示許可を出しているかを、制御魔術である私自身は把握しておりませんので」

「……なるほど。じゃあ、制御魔術さん」

「私の通称はイアシオ。イオと故障されることも多いです」

「じゃあ、イオ」

「……驚かれないのですか」

 意外そうな顔をしています。うーん、かわいいですね……。

「自律式魔術人形というのはかなり面白いですが、驚くほどのことでもありませんよ」

 どちらかというと、そんなリアルな表情ができるほうが驚きです。

「そうですか。それでは、すこしどいていてください」

 そういうと、イオはまた魔導書の本棚の方へ向き直りました。

「おっと、そうはさせませんよ」

「……邪魔をするのですか」

「ええ、私はここの職員ですので」

「…………」

 おや、黙ってしまいました。

 うーん、今の一瞬で、結構仲良くなれたと思ったのですが。

「……わかりました。あなたの言うことに従いましょう」

 おや?

「え、いいんですか?」

 イオは急にしおらしくなって、私のほうを向きます。

「はい」

 嫌な予感がしました。

「だって、もう終わりましたから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔導書図書館の司書になりました。 来部らり @dschanen_joy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ