第13話 閉館後の幻想的な雰囲気が好きです
閉館後、私は一階の魔導書の棚の前に立っていました。まるで攻めてくる敵軍を迎え撃つ将軍のように。まあ、見張りのつもりです。
どの職場でもそうかもしれませんが、閉館後の図書館には、どことなく幻想的な雰囲気があります。誰もいないはずの書架の間に、ふと誰かの気配を感じたり、本の匂いから今日一日の労働が思い起こされたり。たまにそんな雰囲気に浸りたくなって、隣にある職員の宿舎から、ここに来たことは何度かありました。
しかし、今日はそんなお気楽なものではありません。
「魔導書を汚した犯人を突き止めないといけませんからね」
あのあと、私はお師匠様、館長、そして、書庫を統括する役目を王宮から仰せつかっている管理官の三人に、このことを報告しました。
お師匠様は「ふーん、それは大変」と言って、四度寝。
館長は「分かりました。誰かに対処させましょう」と真面目なお返事。
そして管理官は「魔導書?……って、どこの階の話ですか?」とお話すら聞いていない様子でした。まあ、御老体なので無理もないでしょう。決して怒っていませんよ。耳も目も悪くなって座りっぱなしで書類にサインするだけなのに未だに私より高給取りな実質無職の爺さんになんて怒っていません、私はえらい子なので。
そして、今日閉館後、夕食前の会議では、対応する人物が選定されることになりました。
候補に上がったのは三人。特別人手不足の今夜に対応できるのは、王宮に遠征をしていない、いつもは雑用メインの魔術師たちです。
その中でも優秀な成績のラピス。10代で魔術試験に合格した秀才です。
そして二人目がチェルシー。あれでも一応、魔術試験に通っています。腕は保証できるでしょう。
で、最後に私。しっかり者、という部分が評価されたみたいですが、実は私、魔術試験にパスしていません。というか受けてすらいません。
しかし、私以外の二人にはそれぞれ難点があります。
「……え、あーしがやんすか。その仕事? ふつーにダルいんですけど」
これは候補に上がったときのラピスのセリフ、改変なしの産地直送です。
「わっわたたっ、私ですか!? えっと、その、お役に立てるかどっ……うう、舌噛んだ……」と、チェルシー。
私はその二人を生暖かい目で見ながら、「ああ、これは私に任されるような気がします」と思っていました。ほんとにそうなりました。
今の時間、本当だったらもうぐっすり寝ているはずの時間です。全くもう……。
「は~あ、現れるんだったら早く来てほしいんですけどねえ」
私は手持ち無沙汰になって、一応持っている杖をくるくる回しながら呟きました。
そういえば、魔術師はみんな、杖を持ってるものだと思っていませんか?
実は杖を使う必要は必ずしもないんです。例えば、お師匠様は杖がなくても魔術を使うことができます。私も、簡単なものであれば杖なしで使えますし、ラピスのように魔術に習熟した人は、ほとんど杖なんて使いません。
私は形から入る方なので、世間様のイメージ通り杖を持ってはいます。でも、ほとんど使う機会はありません。使うような状況に陥らないので。
「それにしても……なんというか、中途半端な汚し方ですよね」
棚の中の一冊を取り、ページをめくってみます。
これは炎の魔術の基本書ですね。火を意のままに操る方法から、生み出す方法、温度や色を変える方法など、いろいろ書いてありますね。
その中で、汚れているページは水でインクが滲んで、読めなくなっているのですが。
「別に、読めないと困るページでもないんですよね。愉快犯……なんでしょうか」
というより、こんな夜中に図書館に侵入して、こんなことしかしないのもおかしいです。
この図書館には、普段王族と職員しか立ち入りできません。……自動的に、犯人は職員(か、王族……王族にはいい思い出がありませんからね)ということになります。
……うーん、なにか引っかかります。
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