第9話
静かに目が覚める。
2日は眠り続けていたように感じるが、現実はそんなことはない。
腹も減っていない。まだ午前9時。もう考えることに疲れてしまっている。
恐らく次のドアは数字が上がっているだろう。
何が起きるか、おおよその予想はついている。
来たる死に対して何も思わないわけではないが、心が擦り切れてしまっている今、簡単に受け入れられてしまう。
眠らずに休める方法、そんなものがあるなら今すぐにでも実践したい。
寝ているのに疲れが取れるどころか寝る前よりも疲れている。
疲労もピークだ。俺の年齢とドアの数字を比較するなら、そろそろ終わりなはずだ。
結局ロクに休めもしないまま、食事も摂らずに夜を迎える。
また、睡魔が俺を絶望へと誘おうとしている。
俺は眠りにつく。
見たこともない程のドス黒い赤。
なんだここは、今までの部屋なのか?
「何があった?」
「おはよう。部屋の色については触れないで、今日も気張って行ってらっしゃい。」
「お、おう。じゃあ行ってくる。」
今日は“17”か。
何が待ち受けているのか。
今更気にしたところでもう、どうしようもないことは明らかだ。
覚悟はできている。早々にドアを開け意識が移ろいでいく。
ここは、どこだ?
家?やけに暗い。視界には何かが存在している程度にしか光がない。
差し込んでいた光を頼りにそちらへ向かう。
布を掴んだ。カーテンだろう。
俺の部屋だ。随分と散らかっている。
17のジンはどんな生活をしているんだ。
時計に目をやる。段々と感覚が馴染んでくる。7時50分。これは高校は確実に遅刻だな。
遅刻ならと、まったり準備を始める。昼休みくらいに行けばいいかと考えていた。
何処か胸騒ぎがするが、記憶も100%流れてくるわけではない。疑問は残るが仕方がない。
思っていた通り電車通学ということもあって昼休み直前に学校付近に着いた。
こりゃ怒られるな。と思っていたが、そんなことはなかった。
むしろ騒然としていた。警察も居る。
何があった?と考えるより先にシオンの死が頭に浮かんだ。
どうやら、女生徒が飛び降り自殺をしたらしい。
教室に向かう廊下で噂話が聞こえた。
たまたま通りかかった教師に声をかける。
「先生、飛び降りって聞いたけど誰が?」
「お前は…、二組の葵だ。今病院に運ばれているが…」
その先は頭に入ってこなかった。
シオンがもう死んでいる?
嘘だろ?理解が追いつかない。何故?
鞄に携帯を入れていることを今更思い出す。
胸騒ぎの原因はこれか。“今までありがとう。”だけのメッセージ。
なんでこんなことに気がつかなかった。
覚悟は出来ているつもりだった。
こんなの回避のしようがない。
どうすればいいんだ…。
途方にくれている場合ではない。と頭で理解できていても心がついてこない。
飛び降りた時間と場所、動機さえ分かれば変えられるかもしれない。
あらゆるところで聞き込みをした。
彼女が仲良くしていた友達、教師、職員室。
屋上と9時過ぎという情報はわかった。だが、動機だけは掴めなかった。
いじめられていたわけでもないようだ。
9時過ぎに屋上であれば急げば間に合う。
止める手立ては無くはない。
ただ、今までの経験からすると、俺が起きるのは8時前。
どうする?通学に一時間弱はかかる。
急げば間に合うのか?
もうこれ以上考えても仕方がないような気がしてきている。
必要かつ今得られる情報は手にしている。
もうこれ以上学校に残る意味もないだろう。
早退し家に戻るために帰路に就く。
最寄駅で降り、前回一緒に歩いた道を一人で歩く。
俺は確実にこの世界のシオンに恋をしている。
この世界のジンもそれは同じだ。
必ず助ける。俺であるうちは繰り返せる。
そう思うことができた。過去の記憶に、思い出に感謝だ。
家に帰って寝よう。
「戻ったか。」
「いないのか?」
そうか、向こうでシオンが死ねばあいつはここにいないんだったな。
念の為、ドアノブを回す。
開いた。連続なんてあるのか?
こんなスパンで往復するなんて初めてだ。
終わりが近付けば何でもありなのか?
再び移動が完了する。
案の定7時50分。
可能な限り急ぐ。
“会いに行く。待ってろ。”
意味があるのかはわからないが返信をしておく。
学校の最寄駅に着く。9時過ぎ。
間に合わなかった、なんてどうでもいい。
屋上まで駆け上がる。
「遅かったじゃん。」
「…やめろ。」
「もう私疲れたんだよ。ごめんね。」
「やめろ!!」
「最後に顔が見れてよかった。ありがとう。」
さよなら。
そう言った気がした。声なんて聞こえなかった。
手を掴み損ねる。
グシャっと鈍い音が聞こえるが早いか、生徒が悲鳴をあげ出す。
あぁ、また間に合わなかった。目の前だったのに。
この世界では救えないのか?
この世界で俺が死んだらどうなるんだろうか。
もうどうでもいいか。救えないんだ。
好きな女の子すら救えない。せっかく得た能力だったのに。
それすら活かせないなら、もうここにいる意味もない。
「会いに行く、待ってろ。」
十五夜草の明晰夢 久根 生白 @Nek203
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