話の流れだけをいえば、帝国から来た人を田舎の少女が案内するのを眺めている感じになるのだけども。
この世界の空気感、文化、空気の匂いさえ感じられる表現豊かな文章に、歴史や過去の出来事を空想したり、これまでの人々の歩みを感じ取ったり。
呪文や印などで発生する人知を超える事象の技をファンタジーでは魔法や魔術とするけれど、その概念を丁寧にひも解いていて、それがこの世界ではどのようなものなのかをさり気無く教えてくれ、神術と魔術が違っていく過程のドラマにも想像が広がります。そしてそのまま魔術を使って行った場合の結果も予感させて。
土地の様子が鮮やかに描かれているから、読んでいるうちに気付けばラーノにくっついて、サヴァに案内を乞うているような気さえしてきました。
二人の交流を見てると、異文化に触れるときの姿勢や考えの持ち方の参考にもなりそうです。
読後には見知らぬ土地を少し知った気持ちになれ、この世界が異文化として自分の記憶に残るという、そんな感じのお話です。貴方も案内されてみませんか?
物語は、十三歳の少女サヴァが紡ぎ工房でのつとめに勤しむ場面から始まる。女達と作業歌を共に歌い、見下ろす手元は屋根代わりに乗せられた日除けから差し込む光と影のコントラストが鮮やかだ。
きっととても暑くて、日差しの強い土地なのだろう。きっと作業場には歌だけじゃなく、女達が葉をこそいで繊維を取り出す、石台と削ぎ棒の擦れる音も響くのだろう。歌に合わせてリズム良く。
この最初の二段落を読んだだけで、脳裏に描かれた美しい情景にため息が出た。だからこの物語を読もうか読むまいか迷っているあなたも、まずははじめのところを読んでみると良いだろう。こういう「自分の知らない世界を覗き込む」ような話が好きな人ならば、続きを読まずにいられなくなるに違いないから。
そしてそんな冒頭部分から程なくして、サヴァの前にはラーノという魔術師の青年が現れる。祈術師である少女とは、ある意味敵対する場に身を置いている人。けれどそこから始まる異文化交流は、とてもあたたかくて心地よい。好奇心と驚きと敬意で形作られたそれは、溝の深いふたつの文化を細い糸で繋ぎ合わせてゆく。
とはいえ全ては小さな街で起きた、小さな出来事だ。ドラゴンと戦わないし、魔王も秘密結社も滅ぼさない。けれどその小さな何かの背景には、文化や信仰という広く深い世界が広がっている。細部が世界に繋がっていて、その細部をきっかけに何か大きな歴史が動くのではないかと予感させられる。
そんな狭くて広く、幻想的な世界にどっぷり身を浸せる体験をお求めの方は、ぜひこの一編を紐解いてみるのが良いだろう。