女子高生と吸血鬼

岩沢美翔

第一話 女子高生と吸血鬼

 町の外れにある大きな洋館。

 そこには決して近付いてはいけない。

 なぜなら、その洋館にはとても恐ろしい吸血鬼が住んでいるのだから――。



第一話 女子高生と吸血鬼



 桜木町。決して都会とはいえないけれど田舎とも言い難い、それなりに発展している小さな町。

 高原彩音(たかはら・さやね)がその町に越してきたのは、つい一週間前のことだ。

 彼女の両親は元々この町で生まれ育ったが、大学進学を機に二人とも町を離れた。年齢が少し離れている二人は、同郷であることを知らずに別の場所で出会い結婚し、父親の転勤を機に再びこの町へと戻ってきたのだ。

 彩音自信も幼い頃に両親の実家――つまり彼女の祖父母の家に訪れたことはあるが、この数年は両親の仕事都合や彩音自身の都合で中々訪れる機会はなく、数年ぶりに訪れたのは引っ越しのためにと新たな家の下見に来た時だった。

 引っ越して来たのは春先のこと。彩音の高校入学のタイミングと合わせてのことだった。

 彩音は引っ越し先の町で、知っている人が一人もいない高校に通っている。とはいえ、それは彩音にとっては特に問題ではなかった。

 元々明るく人見知りはしない性格で、入学と同時での引っ越しだったため、クラスに馴染むのもそう苦労はしなかった。

 そんな彩音には一つ、とても気になっていることがあった。

 それは――、

「ねぇ、あの洋館って誰か住んでるの?」

 昼休み。母親の手作りの弁当を食べながらふと問いかけてみれば、一緒に昼食をとっていたクラスメイトの顔が強張った。

 その理由が彩音には分からず、様子のおかしいクラスメイトに首を傾げる。

「彩音、いい? あの洋館にはぜっっっったいに近付いちゃダメだからね?」

「え、何で?」

「何でも!」

 誰か住んでいるのか、という問いには答えてもらえず、近付いてはいけないという。

 そう言われては近付きたくなるのが人の性というもので、案の定、放課後に彩音はその洋館の前に立っていた。

 洋館は町の外れに佇んでいた。館の奥には森が続き、いかにもな雰囲気が漂っている。

 館を囲む塀から中を覗き見れば、大きな庭には色とりどりの花が咲いている。庭の様子を見るに手入れがされているようで、どうやら人は住んでいるようだった。

「流石に中には入れ……あ、」

 好奇心で塀に続く門に手をかければ、鍵がかかっていなかったらしくギィ、と重い音を立てて門が開く。

「開いちゃった……」

 躊躇いながらも好奇心には勝てず、彩音は「おじゃましまーす」と小声で告げて洋館の敷地内へと足を踏み入れる。

 これはもしや不法侵入なのではないか、とは思いつつ、好奇心を抑えることは出来なかった。

「ひえー、凄い庭……。一体誰が住んでるんだろ……」

 綺麗な庭に見惚れながら、この家の主を一目見てみたいと思い始め、玄関へと足を進める。

 玄関には一般家庭にあるようなインターホンがなく、代わりに海外のドラマで目にするような金具が取り付けられていた。

「こんなので聞こえるのかな……」

 疑問に思いつつも、ドラマで見たように金具を使って扉をノックする。しかし家の中から返事はない。

 もう一度やってみるものの、やはり返事はなかった。

「留守なのかな……、あ」

 ドアノブに手をかけてみると、すんなりと扉が開く。留守だとするなら無用心すぎるが、開いているからと言って家の中にまで無断で入るわけにはいかない。

 とは思いながらも、ちらりと見えた家の中の装飾や置物に目を奪われ、誘われるように家の中へと足を踏み入れてしまった。

「は~~~、何これ凄い綺麗……」

 玄関から入ってすぐの場所に置かれたミニテーブル。その上に飾られたガラスの置物。

 おそらく薔薇を模して造られているのであろうその置物は、窓から入ってくる太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

「はっ、ていうかこれ不法侵入……」

「だ、誰……?」

「え?」

 彩音が自分の行いを顧みるのと同時に、彩音のものではない低い声が耳に響く。

 声のした方を見れば、そこには彩音よりも少し年上くらいの青年が、何やら怯えた様子で彩音を見ていた。

「あ、えっと、お、お邪魔してます……?」

 怒っている様子ではない青年に、誤魔化すように笑みを浮かべる。

 そんな彩音を、青年は不気味そうに見ていた。

「……君、この辺の人じゃないの?」

 青年の声が怯えから困惑へと変わり、彩音は不思議そうに首を傾げる。

 不思議そうなのは青年も同じで、変なものでも見るような視線を彩音に向けていた。

「えっと、アタシは最近この町に引っ越してきたばかりで……」

「そうなんだ……。でも、この家には近付くなって言われなかった?」

「言われたけど……、そう言われると余計気になっちゃって」

 特に悪びれる様子もなく、しかし不法侵入したことに関しては申し訳なさそうに言う彼女に、青年は呆れたようにため息をついた。

 そして、彼は早く帰った方がいい、と彩音に告げる。

「ここに来たことはバレないようにした方がいいよ」

「なんで?」

 青年の言葉の意味が分からず、彩音は首を傾げる。

 そんな彩音から視線を逸らし、青年は「町の人に聞けば分かるよ」とだけ答えた。

「アタシは今あなたに聞いてるの。教えてくれるまで帰らない」

 不法侵入をしておいて言う台詞ではないな、とは思いながら。それでも、ここに近付いてはいけないと言われた理由を今すぐに知りたかった。

 何よりも、不法侵入した彩音に対し怒るでも咎めるでもなく、ただ怯えや困惑や、どこか寂しそうな様子を見せる彼のことが気になって仕方なかったのだ。

 その理由も、それを知れば分かるような気がしていた。

 力強い眼差しを青年に向ければ、彼は観念したように息をつく。そうして彼が告げた言葉は、彩音にとって衝撃的なものだった。

「それは、この家が"吸血鬼"の家だからだよ」

 吸血鬼。その名前を彩音は知っている。空想上の存在として。

 何の冗談を、と言おうとして、彩音は口を噤んだ。そう話した青年の目は真剣そのもので、とても嘘を言っているようには見えなかった。

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女子高生と吸血鬼 岩沢美翔 @iwahumi

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