運命を作る女

南野月奈

運命を作る女

 右足と左足で交互に公園の土とその上に積もった枯れ葉の柔らかい感触を靴越しに感じながら地面を踏みしめ同じところを走っていると気になっていることを忘れられるような気がする。気がするだけで何も解決しないことは誰よりもよく自分がよくわかっているのに。

 私が高校生だった三年前偶然が重なって出会い私の兄と義姉は付き合い始め、昨日結婚式を挙げた。少しばかりロマンチスト傾向のある兄からしてみれば偶然ではなくて運命の出会いということらしいが……。


「佐藤先生結婚おめでとうございます」

「佐藤先生はやめてよ、もう私も氷川なんだし、それに私たち今日から義理とはいえ姉妹なんだから~」

 高校生の頃の習慣とかあだ名ってなかなか直せないらしいという友達からの受け売りの情報が頭に浮かんでいけない、いけないと気持ちを作り直す。この先何十年も義姉のことを佐藤先生と呼んで毎回注意されるのはさすがに対外的にもいいことではないし家族的にもそのうち家族会議が発生してしまうくらいには問題だろう。

「なかなか、慣れなくて……じゃあ改めて麗華義姉さん結婚おめでとうございます!兄のことこれからよろしくお願いします、何せ兄は麗華義姉さんとは運命の出会いだったって今でも惚気てくるんですよ妹に」

「ありがとう、そっか~孝一さんって素直でかわいいね、運命って作れるのにね」


 花嫁の控室で私と二人のとき確かに白いウエディングドレス姿の義姉はにこやかな表情と綺麗なリップメイクを施した唇を崩すことはないものの薄笑いともとれる声色で『運命は作れる』そう言ったのだ。そのあと義姉に真意を聞こうとしたタイミングで義姉の友人やプランナーの女性が控室に入ってきてしまい聞けなくなってしまった。思えば昨日のあれが義姉の唯一の綻びだったのかもしれない、そしてきっとこのことを両親に話してもブラコンの妹が嫉妬しているだけなんだと思われて終わるだけなんだろう。私の両親からしても義姉は理想的な嫁なのだろうから………。


 いったい、いつからなのだろう、そしてあれが用意周到に練られた出会いだったとしたら義姉がこだわる物は何だったのだろうと思い返す、二人の出会いの偶然の接点は確かに私だった。当時麗華義姉さんは私が通っていた塾の講師だったのだから、まさかそのときから義姉は兄のことを知っていたのだろうか。家族旅行の写真位はスマホで気軽に見せたかもしれない。だからといって兄は良くも悪くも普通のルックスで女性が執着してくるイケメンというわけではない。お金?それも違う、うちは余裕のあるほうであることは大学生になって自覚はしたけれど不動産経営で成功している佐藤家のほうがよっぽどお金持ちのはず……


 とりあえず二人が出会った時のことをよく思い出してみよう。

 私が高校に行く通学ルート、そして兄が会社に行くために駅に向かう通勤ルートその分岐地点には大きな公園があった。少ないながらも新しめの遊具が少しあり春には外周に植えてある桜が満開になるきちんとした公園だったから通学時間には毎日いろんな人が犬の散歩に来たり、ジョギングに来ていた。兄とは毎日一緒に通っていたわけではなかったけれどタイミングがあえば一緒に家を出てそこで解散したり、私が部活で遅くなったりしたときには危ないからと待ち合わせてくれて家まで一緒に帰ってきたり、身内の欲目も混みで優しい兄だと思う。

 あのときもそんな朝の出来事だった…………


「佐藤先生~!佐藤先生、どうしたんですか?」

 見知った人を見つけたら挨拶するタイプの高校生だった自分は相手がジョギング中に知り合いに会いたくないかもしれないなんてことは考えもなしに朝のジョギングコースと化していた公園にいつも見かけない知り合いを見つけたから声をかけた、それだけだった。

「あ、氷川さん、おはよう、どうしたの?ここ家近いの?私はちょっと市のマラソン大会に出ようかなと思って最近練習始めたの、10キロの部だけど、三日坊主になっちゃうかも」

「私はこの先が高校なんです」

「そういえば氷川さんは北高だったね」

「涼子こちらの方は………?」

 その時の兄の表情からして兄は佐藤先生に気後れしたのだろう、佐藤先生はスレンダーな体形に明るいランニングウェアを身にまとい、ポニーテール、日焼け止めくらいは塗っていそうだけどほぼスッピン、なのに美人といって差し支えのない目立つ容姿をしていた。

「お兄ちゃん、こちら佐藤先生、私の行ってる塾で英語教えてもらってるの

、佐藤先生、兄です」

「氷川さんのお兄さん、初めまして、佐藤麗華です」

「初めまして、氷川孝一です……」

「?どうしました?……ごめんなさい、もしかして私汗臭いですか?さっきまで走ってたから……」

「違います、違います、佐藤先生がしてるスマートウォッチ僕がしてるのと一緒だなって」

 兄は佐藤先生に勘違いされてはたまらないと慌てて頭を振り否定する。

「あっ、偶然ですね!ジョギングのためにデザイン気に入って買ったのに友達ってば有名のやつのパクリっぽいなんて言うんですよ~」

「それ、僕も涼子にも言われました」

「そうなの?」

「だって~どう見ても~」

 そう、どうみても通販で兄が買ったそれは本家に怒られない程度に似ている安っぽさだったのだからしょうがないと、今でも思う。


 その日は学校と電車の時間が迫っていたのでまた塾でといって佐藤先生とは別れたがその日から二人が急接近していったのは確かだった。毎日通勤の時に顔を合わせる美人がジョギングの足をとめてあいさつやちょっとした雑談に応じてくれれば舞い上がるのも無理はない。ある時は私が先に公園で別れた後も振り向いたらにこにことした佐藤先生と一生懸命話をする兄の姿が見えたこともあった。

 そのうち二人は付き合うようになり、毎日のジョギングも佐藤先生が一回家でシャワーを浴びてから会社に向かう兄に合わせて早朝に二人で行うようになった。

 『偶然』お揃いだった有名メーカーのパクリデザインの安いスマートウォッチをして

 あのスマートウォッチは本当は偶然じゃなかったのだろうか?……多分そうなんだろうでもどこで、と考えてすぐに答えは出た、あの家族旅行の写真だ。


 次に気になったのは義姉の目的だ、その理由が氷川家にとって破滅につながるのなら私は兄の運命の出会いと結婚生活をぶち壊さなければならなくなる。例えば佐藤家は不動産経営をしているのだから氷川家の建っている土地が実はすごく価値があるとか?………なるべくならそうであっては欲しくない。公園のベンチで休憩をとりながらジョギングで温まった手の先や火照った頭の熱をクールダウンして思い出そうと必死になった。

 そして思い出した。


「氷川って名字いいね、佐藤って日本で一番多いの、私が小学6年のときなんてクラスに6人も佐藤いたの30人クラスだったのに嫌になる」

 佐藤先生がそう言っていたのは私に兄がいることを伝える前の雑談だからきっと答えとしてはいい線いってるはずだ。


「どうしようかな……」

 人がいない時間帯なのをいいことに私は大きな独り言をつぶやいた。義姉の目的が氷川の名字だったことがわかり殺人事件に発展するような問題ではなかったのは朗報というほかないが名字のために別れさせ屋顔負けの調査力と『運命』を演出する女が義姉になってしまったのは正直じわじわと足元の土台を削られていくようなそんな恐怖を感じる。


【昨日はありがとう、二人の新居にも遊びにきてくれ、麗華も俺も歓迎する】


 スマホにポップアップされたのは兄からのメッセージだった。……そうだ、たとえ最初は名字が目的だったとしても義姉が兄に対して愛情を持っていないと決まった訳じゃない。まだ時間はある、少し時間をかけて見極めてみよう。そして、義姉の目的が名字だけだとわかったら………


 そのときは私が『運命』を作る

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