超能力にご用心

 私は配送業者に務めている。届けてほしいと依頼された荷物を一軒一軒指定された場所にトラックで届けに行く仕事だ。数年前までは何の長時間の運転や、重たい荷物の運搬などただ体が疲れるだけの仕事内容が私は嫌で嫌で仕方なかった。

 だがある日、嘘のような話だが私には超能力が備わった。行ったことのある所なら念じるだけで瞬間移動ができるという能力。この能力を駆使することによって仕事は驚くほど効率化された。なにせ一度行ったところなら外国であろうが瞬間移動できる。その際、荷物は自分の手に触れてさえいれば一緒に移動させることができた。

 そんな能力があるのなら独立すればいいじゃないか。と思われるかもしれないが、自分でもこの能力に対して半信半疑な部分がある。さらに最近でこそ使いこなせるようになったが相応の集中力が必要となることも分かった。下手に独立して能力が発動しなくなってしまったりしたら無職になってしまう。そのリスクだけは避けたかったのでこうして今も社員の一人として働いているわけだ。

 もちろん能力のことは自分の胸の内にしまっている。説明したって信じてもらえるわけがない。


 さて、今日もさっさと配達ノルマを済ませ、適当なところをドライブしよう。

 瞬間移動能力があるのになぜドライブするのかって?

 実はこの仕事、その日の走行距離を記載した日報を毎日出さなければならない。配達したはずなのにメーターが上がってないとなったらいろいろとややこしいことになる。そのためのアリバイ作りだ。

 それと一度も行ったことがない場所には瞬間移動ができないので、調査のためのドライブでもある。他の社員と同じく、私も私なりに努力をしているというわけである。


『○○君。ちょっといいかな?』

 朝礼の後、隅っこの方でラジオ体操をして社屋を出ようとしたときに支部長に呼び止められ、皆が出発した後応接室に呼ばれた。

『一つ、君に話があるんだがね……』

 支部長の表情から察するに、あまりいい話ではなさそうだ。


『トラックにドライブレコーダーをつけたのは君も知ってるな。この間、君のトラックのレコーダーを調べたら全然配送ルートと違う景色が映ってたんだ……』

(しまった、朝礼なんてほとんど聞いてなかったからレコーダーの事なんて全く知らなかった。これはまずいぞ……)

『変だな、と思って配達先に電話をしたんだがね、皆、荷物は無事に届いたって言うんだ。逆にデリケートなものでも全く崩れずに届けてもらったとお礼を言われたぐらいだ』

(そりゃそうだ、瞬間移動だからな。荷崩れなんてするわけがない)

『なあ、正直に話してくれないか?誰にも迷惑が掛かってない以上、罪に問うことは出来ない。だが、私も本部に対しての報告義務があるから正直なことを伝えないといけないんだ』

(あぁ、こりゃ参った。だけどこれは変に言い訳しない方がいいな)


「ええ……実はですね支部長。こんなこと言っても信じてもらえないかもしれませんが、私は瞬間移動能力が備わりましてですね。それを駆使して配達をしとったんであります」

『……瞬間移動?』

「はい、あ、瞬間移動というのは読んで字のごとく瞬間的に移動する能力でして……」

『…………』

「この能力、私自身が行ったところでないと発動しないのであります。その場所をイメージする必要がありまして、ですので空いた時間にトラックを利用して……」

『君、それを私が本部に報告するのかね??』


 支部長は明らかに不機嫌になっていた。当たり前だ、こんなの誰も信じるわけない。だからこそ今まで黙ってたんだ。さすがに気まずい、変な汗が噴き出す。

「で、では!実際にご覧に入れましょう!そうですね。えーと、今から瞬間移動をしましてタバコを一つ買ってまいりましょう。支部長がよくお吸いになられているあの珍しい銘柄!確か隣町の専門店で売ってたはずです」

『……まさか、本当に瞬間移動が?まぁいい、やってみたまえ』

「はい!それでは行ってまいります!」


 私は目を閉じ、頭の中に隣町のタバコ専門店を想像する。それを球体にして目の前に出し、球がはじけるイメージで柏手を打った。

 パン!という乾いた音が響く。

 気持ちを落ち着かせ目を開けるとそこには真顔になった支部長がいた。


『…………』

「…………」

『これは一体……』

「あ!あ!少々お待ちください!何分いくらかこいつにはコツがいりまして……」

 私はへへへ、という笑い声を出し(いつもはこんなはずないんだけどなぁ)感を少し大げさに演出した。


 そしてもう一度目を閉じ柏手を一つ!

 目を開けると……支部長がいる!

 もう一度目を閉じ柏手を一つ!

 また支部長だ!


 目を閉じ、タバコ屋を思い出して……あ!違う!これは昨日行った牛丼屋だ!

 集中集中!ゲゲ!今度は昔別れた女が出てきた!

 諦めるな諦めるな!ややや!君は、昔お金を借りたクラスメイトじゃないか!邪魔をするな!

 今度こそ今度こそ……あれ?そういえば借りてたDVD返したっけ?


 パンッ!パンッ!!パーーーーンッッ!!!


『…………』

「……へへへへへ、ちょっと集中力が、、、」

『いいんだ』

「へへへ、へ?」

『すまんな気づいてやれなくて……』

「???」

『たまにいるんだよ……まぁつらい仕事だからな。肉体労働の最たるものだし、なかなか感謝もしてもらえない。同じことの繰り返しだしな。……本部にはちゃんと報告しておくから、少し休むといい。有給だってまだ残ってるだろ?』


(あ、これはやばいパターンだ……勘違いされてる)


 このままではいけないと思い口を開いたがもう遅かった。支部長は私を哀れんだ目で見つめ、口にする言葉を慎重に選んで対応する。

 私にはしばらく休暇が与えられた。だが、この休暇中に変な噂が流れ、復帰した時には変に気を使われるだろう。そのことを考えると少し億劫な気持ちになった。

 私は帰り支度をしてトボトボと会社を後にした。


(そうだ!こんな時こそ瞬間移動能力の輝く時じゃないか!そうだな、海にでも行くか……こないだ調査した小さな田舎の漁村)

 私は目を閉じ、精神を集中させた。

(そうそう、確かこんな砂浜だった、潮風が気持ちよくて防波堤がずっと続いて、そうそうイカが干してあったな)


 のんびりとした漁村のイメージが球体になった時、私は柏手を打った。

 パン!という乾いた音が響き渡った。

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すぐに読めるちょっとした話 〜ゴヌゴヌ短編集〜 蟹味噌 崇太郎 @kanimisoman

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