にゃんこ先生


 「カフカの『審判』じゃないけど「犬のように殺されました。後には恥だけが生き残った。ジ・エンド」っていうんじゃあまりにも不条理、って思いたくなるのは、知的な生物を以て任ずる人間としての沽券にかかわるような気がするのはしょうがないかもしれないけど、白昼夢こそが実は現実、なあんてロマンチックなことが起こるのはフィクションの世界だけだよ。今の意識では認識不能な別の現実の中に魂だけが転生するとかラノベではよくあって、大人気みたいだけどイマジネーションの現実化というなら今はもっと途方もないアナーキーな発想がいくらもあるよ。どれだけ異質か、という奇抜な発想を競うというそういうのもSFの草創期にはよくあったみたいだね。そうなるともうアイデア勝負じゃないかな。端的に言えば、「あんたが脳髄を使って想像力で創造したがゆえに」どこかに現実化している異世界というのがどんどん増殖しているかもしれない。ご主人様は「潜在的に自分になりうる可能性のあった」2億の精子という微小なものから生存競争を勝ち延びた一個だけが選ばれて、結果こういう巨大?な多細胞生物ができた、という「万骨枯れる」末梢的なイメージの不可思議さにこだわっているみたいだけどそれも自分に子供がいないせいでインフェリオリティなコンプレックスがあるからこだわっているだけかもな。素直に自分は強い精子の発現だ、と現実を寿げないんだよ。イマジネーションだって?時間の流れとかすべての人類の運命の集大成である歴史というシーケンスが一回限りっていうことをイマジネーションで凌駕しようというだけでも無数の切り口がありうるわけだからね。あんたの幻視したビジョンなんて「前代未聞な異様な異世界のイメージ」どころか中途半端な薄弱な発想で子供がスーパーマンになる空想をしているみたいなもんだと認識しなおしたほうがいいぜ」


「まいったなー見事に論破された。今後ミケのことを「にゃんこ先生」と呼ぶことにするよ。にゃんこ先生、じゃあ、この世界の現実っていうのは真実本当にはどうなっているんだね。そこら辺の真相を教えてほしいもんだな」


 おれはすっかり態度も顔つきも真面目になって、居住まいを正して「にゃんこ先生」のご託宣を待った。


「わかってるよ。ご主人様がそういう現実逃避な発想を持ったのも、だいたい生きているのが辛いからだろ?SFなんてハマるやつはみんなおんなじでー本当のリア充にはキチガイとしか見えんだろうしね。あんたはつまりこの人生からおさらばしたい。だけど死ぬのは嫌だ。できれば別の人格とか運命の中で生きなおしたい。それにはどうしたらいいか、を教えてほしいんだろ?」


「さすが先生。ご明察でございます。私はもうこういう生活には飽き飽きしていてーほとほと疲れ果てているんですよ。死ぬだけだと無責任だしあんまりにもカナシイ。誰にも迷惑をかけずにまるっきり違う人間になって人生を生きなおしたいんですよ。時間遡行とか運命を変える手段はいろいろあるかもしれないけどタイムパラドクスなどあれこれ面倒な感じで、…なんていうんですか、人格交代?別の人物と入れ替わりたいなーとかそういうことを夢想しているんです。そういうことは可能なんでしょうか?」


「人格を交代?ずいぶん抽象的な発想で世界の裂け目とか言っているから、タイムリープだとか多元宇宙とか言い出すのかと思ったら…ずいぶんチープというかパーソナルな夢なんだな。まあ現今の人間たちはパソコン漬けだしそういう発想しかできないかなあ。バットマンみたいな新しい「超人類」とかへの変身願望ですらないんだな。夢のないことだ」


「できないんですか」


「できるよ」


「えっ?できる?先生にはできるんですか!?個人同士の人格交代が?」


「ああ。それなら比較的簡単だ。…マカハンニャハラミッタ…アブラカタブラ…そらっ!」


 …次の瞬間、おれはミケに、いやにゃんこ先生に、にゃんこ先生はおれに、なっていた。


 二人は入れ替わったのだ!






<続く>

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掌編小説・『恋人たち』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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