掌編小説・『恋人たち』第二話


 ポーのイマジネーションが未来の宇宙論を先取りしていたというのは、…おれはその時、別の物理学の本を読んでいて、同じことを感じていたので、ポーの本の解説にそういう記述があったことでさもありなん、と深くうなずくような感じだったのだが、…しかし純粋にイマジネーションの産物である「異世界」とかに言及しているのではなくて、ポーはあくまで「この世界」の真実を深い透徹した目で解読してそれをポエジーに昇華したに過ぎない。となると、例えばイメージの世界にしか存在しないエイリアンというのはいったいどういう位相に存在していることになるのか?そういうややこしい話に還元されそうだな。そういう虚の存在が実在するようになる…という設定は物語世界ではおなじみでありふれている。それ以上のことを言おうとすることはこれを書いているおれの本当の実在の正気を脅かすようなことになり…踏み込むには勉強不足というか…「存在論」と言われる分野の知識が必要かな?四次元だの二次元だの言うが、だいたい「次元」というものは凌駕しうるのかとか…もっと言いたいことはファンタジックなのだが、恐ろしくリアルでもあるのだ。現実の裂け目の深淵というのか、そういうものを幻視するような感じというのか…まだ今は言いたいことが煮詰まっていないんだな。


 お、ミケがやってきたぞ。まあおれの言いたいことがミケにとっては恐ろしく「高級」なのと同様、もっと超絶的に進化した知性を持つエイリアンがいれば、そいつからすれば幼稚すぎて鼻で笑うようなことかもしれない。おれは苦笑した。


 おれなんかはミケと遊んでいるくらいがお似合いかなあ?「おい、ミケ、ミケ。こっちおいで!」


 ぶらぶら歩いていたミケはこっちに向かって走ってきた。


 (ニャンだ?)


 (ん?)


 (いったいニャンだ?)


 おれの頭の中にテレビのアニメの「ニャロメ」そっくりの声が響いた。


 (何だろう??…あ!)


「え?ミケ!お前か?お前が話しかけてるのか?お前…!人間の言葉がわかるのか?話せるのか?」


 猫には感情表現というほどの表情の変化はないが、ミケがかすかに笑ったような気がした。


 (アハハ!あんまりお前の考えてることが馬鹿らしいから心の中で話しかけてやったんだ。必死になって言おうとしていたのはご先祖の一人がぽっくり死んだり親が結婚しなかったりとかいう無数の「IF」が存在しないとかいうあきれるほど大きな蓋然性の対極の存在の今の自分が「存在しない」なんて言うことが現実に起こりうるというのが不条理に思えてきて、それでそういう場合にも自分が存在しうる別の位相とかそういうものがあるような気がしたんだろう?そういうことを敷衍しているうちになんだか現実というものの不確かさみたいな感覚にとらわれだしたというのか…感情移入はできるけどしょせんご推察の通り精神病者のたわごとだな。出来の悪いSFのアイデアってとこだな。想像しうることは存在しうる、というのはジュールベルヌ並みに古色蒼然とした理想主義で、時間と空間の成り立ちとかイマジネーションなんかよりもっと根源的なことを捨象していて、そうだな…言ってみれば幼児的な全能感の名残だよな。現実感に乏しいのはつまり精神的な病だよ。デジャビュがいくら感覚としてファンタジックでも、実際には記憶の錯誤なのとおんなじで…」


「ちょっと待て」おれはさえぎった。


「本当にミケがしゃべってるのかい?腹話術じゃないのか?ミケ、お前は腹の中ではいつもそういうことを考えておれを馬鹿にしていたのか?まるで漱石の「猫」みたいな話だな」


「アハハハハ」


 おれの膝の上でゴロゴロ言っているミケがまた口角を挙げたような気がした…




<続く>


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