掌編小説・『恋人たち』

夢美瑠瑠

掌編小説・『恋人たち』第一話


掌編小説・『恋人たち』


 「ここのところ疲れ気味だな」いろいろと気苦労を伴う仕事が続いて、おれは疲労困憊していた。いわゆる「接待」が新米のサラリーマンのおれの主な業務なのだが、ただの営業職とは違って、自分よりも明らかに年齢や社会的な地位やらがはるかに上の、「エライさん」とか「大物」とかが、接待業務の対象にはなることが多い。それで神経をすり減らさないやつがいたらお目にかかりたい。元来明朗闊達で社交性に長けていて、どういう場においても「クーキ」を素早く読んでむしろあざといくらいに悪賢く立ち回ることが得意、というそういう個性を見込まれて入社2年目というのに「冠婚葬祭部長」、ありていに言うと「宴会部長」におれは抜擢されたのだが、就任3か月で「逆接待漬け」の日々におれもおれの肝臓やらも、悲鳴を上げる感じに疲れ切っていた。この分では「昇進うつ」などといううっとおしいノイローゼにも罹りかねない。

 「にゃー」と、愛猫のミケが足元にすり寄ってくる。

 (こいつはいつも気楽でいいよなあ)と、思いながらおれはミケという「アメショー」の首を撫でてやる。ギャグにされているというのもわからずにミケはゴロゴロ喉を鳴らす。いや賢い猫なので案外わかっていてギャグが気に入っていたりするかもしれない。「ナカナカオモシロイニンゲンダナ」とか笑い猫のごとくに腹の底ではニヤニヤしているのかもしれない…

 疲労回復のために高麗人参たっぷりのサムゲタンに、ニンニクとショウガで焼いたリブステーキ、とろろに生のネギとオニオンスライスたっぷりのご飯を食べながら猫の「知能」についておれは思いを馳せた。

(猫にもまあ人間並みの「感覚」は具わっている。五感は人間より鋭い?それに第六感というものも鋭敏そうだ。じゃあ猫に無理な複雑な思考とかは結局「言語」の産物か?言語、記憶、学習能力…言語を媒介にして相互作用的に徐々に「知性」というものが発達して形成されて…ああ、「個体発生は系統発生を踏襲する」から…赤ん坊を見ればわかるな。母親との会話があって…周囲の人間が認識されて行って…やがて高度な知性に担保される社会性や愛情、「愛」が生まれ…「人間」になっていく。犬やチンパンジーと違うのはだから言語やそれによるコミュニケーションの機能で社会から教育を受けていくからだ。生きる社会が複雑になってくれば人間の知性も潜在能力が解発されて高度になるはずだ。自閉症の世界に治療者が介在して個人が社会化されていくプロセスもそれに似ている。カナリヤが歌を思い出すように自閉症の人間も社会との交流の手段である「言葉」の使い方を本当の意味で「思い出す」ことで癒えていくのかもしれない)…

「ずいぶんパターン化された発想だな。ステロタイプで退屈過ぎるな」と、おれは独り言ちた。

 言葉というものは一種の呪文で、高度な呪文を習得していくことで魔力やら呪術性が身について行って強力な存在になっていくのだ。知性偏重主義は魔術師というジョブに固有の発想で…肉体に重きを置くジョブなら全く発想が違う。これだとRPGみたいになるが、もう少し世界観として自由になる感じだな。自由?この場合の自由って何だろう?おれは考え込んだ。

 つまり、「わかる」というのは「わける」が語源らしい。これとあれとは違う。そういう“区別”がつまり“理解”することの本質でー味噌もくそもごっちゃ、というカオスは要するに真っ暗闇と同じで…おれのとらわれている奇妙な感覚というのは、最も「分かり」にくいものかもしれないが、それは地球人にとってのエイリアンのごとくに悟性と全く背馳している、むしろ理解とか知性を疎外するエイリアン的な発想だからかもしれない。しかし、エイリアンが存在しないということは証明しえない。「想像を絶する」という言い回しはそもそもSFや小説とかの夢物語にはつきものなんだし…イマジネーションこそが人類を発展させてきた原動力でもある。「知性や悟性にとってのエイリアン」、か…狂気とどう違うんだろう?しかし、ガリレオやコペルニクス、アインシュタインとかピカソに至るまで、偉大な人物は常人にはキチガイじみて見えるのだ。ただ、「紙一重」というからなあ。(おれはそこで爆笑した)色川武大さんの「狂人日記」なんてのがあったなあ。もう理解を拒絶している狂人の主観のイメージ。でもそれは「芸術」としてレゾンデトルを獲得している。ただそれはやっぱり妄想だ。科学になりうるそうした「妄想」というのが存在しうるとしたら、それは例えばエドガーアランポーの夢想した一見妄想めいた世界が後世の学者には相対性理論だかの最新の宇宙理論を彷彿させた、という逸話を考え合わせたらいい。異次元とか異世界、異様すぎるような…そうした「現実」がありうるかもしれない。つまりおれのとらわれているのはそうした感覚かもしれない…




<続く>


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