愛が溢れて止まらない

晴月

愛が溢れて止まらない

私はさらに幸福に恵まれた日のことを忘れもしない。


「キャスリーア伯爵家の長女アンと婚約せよ。」


と伯父の陛下から命を受けた日だ。


ダージリー公爵家の嫡男、そして陛下の甥として生を受け、恵まれていたが魑魅魍魎と化した貴族にいつも囲まれ、権力を手にしようとする者や金銭を毟り取ろうとする者、愛を手に入れ思いのままに操ろうと画策する者、それぞれに様々なものを搾取されまいと踏ん張って生きてきた。


富や名声に惹かれてやって来る人達全てが悪いとは思わない。人は少なからず富や名声を求めるからだ。そして、それは生きる原動力になる。

それを見極め利用するも良し、協力を仰ぐも良し、関係を断つのも良し、ふるいにかけるも良し、願望がどう働くか判断できるようになることこそが公爵家嫡男の求められる資質の一つだと叩き込まれた。


しかしながら、派手な金髪に青紫の瞳を持ち、母の美貌を引き継いでしまったために、余計な苦労が絶えない。

令嬢達の「私を見て」という眼力は凄まじい。そして、それは「私こそが相応しい」、「私こそが愛されるべき存在だ」と飛躍して行く。

何かにつけて同調し、媚び諂い、身体を寄せて甘い言葉を吐き、惑わせようとする。

その本人達自身がすでに惑わされ、あることないこと噂している事が滑稽で仕方なかった。


婚約に関しては「いずれ婚約者は決めるが申し込みの有無関係なく、兄が決めることになった。兄は人を見る目に狂いがない。よかったな。私も安心だよ。」

と父からすると兄の陛下に丸投げ状態であった。


そんな陛下は私に伯父としての愛情を注ぎ最高に可愛い婚約者を見つけ、


「レモンドは、今まで何にも惑わされることなく搾取されず耐え忍び勤勉であった。搾取されると怯えなくて良いように、与え合える関係を築くことができる者を前々から探していたのだ。どうだ?私の目に狂いが無ければ、あの御令嬢はレモンドから何も奪っては行かず、むしろ降り注ぐように純粋な愛をくれるだろう。しかし、親から子への無償の愛ではない。決して、試したりせず育んでいくように。なに、レモンドなら誠実に付き合っていけるさ。」


と仰った。その日から幸福が止まらない。



「レモンド様!おはようございます!私、今日は髪をハーフアップにして参りました。先日、レモンド様がハーフアップの方がより可愛いよって仰ったから!どうでしょうか!」


今日もレモンドの婚約者は最高に可愛い。


「私がより可愛いと言ったんだから、可愛いよ。そんなにすぐ価値観は変わらないさ。」


と伝えると、真っ直ぐとした瞳で、


「そうですか!よかったです!レモンド様!私、今日もレモンド様のことが大好きです!」


と溌剌とした笑顔で好きを伝えてくれる。

この表情を堪らなく愛している。


「ありがとう。」


噛み締めるように礼を言えば、またどこか嬉しそうに瞳をクリクリさせている。


ーー君に会えるだけで気持ちがあっという間に明るくなると言ったらもっと喜んでくれるだろうか。


私と婚約することで、傷つけられることもあるだろうに。


特に夜会では、あることないこと言われようとも嫌味を行ってくる令嬢達を決してレモンドに近づけようとしない。


「レモンド様が素敵過ぎるからライバルが降って湧いてくるんです!望む所だわ!見てて下さいね!」


それどころか威勢よく飛び出して行く。

こんな時は必ず、影の護衛を呼び、


「アンに危険が迫れば容赦するな。」


と命を出しておくことを忘れない。




あの噂も気に入らない。


「アン様が婚約を結べたのだって、ダージリー公爵家がこれ以上権力を持たないようにって噂だわ。王命だからレモンド様は避けることも出来ないし、解消できないんだそうよ。陛下も甥のレモンド様に酷な事をなさるわ。」


王命だからひっくり返せないとわかるや否や、「レモンドはしょうがなく婚約を受け入れている」と思わせる噂を立てるのだ。

これだから、アピールする令嬢は絶えない。


あれだけ、毎日アンだけに「可愛い」と言っているのに聞こえないのだろうか。



そして、自己の都合の良い言葉しか聞かない令嬢がまた一人、レモンドを大いに煩わせ始めた。


男爵令嬢のリナリーだ。


「ダージリー様。おはようございます。ああ、ごめんなさい。今日も麗しいからと近づき過ぎてしまったようです。婚約者の方にも謝っておかなければ。また、睨まれてしまいますわ。」


とアンがいる前でこれ見よがしに上目遣いをし、

またある時は、


「ダージリー様。これ、授業で作ったクッキーです。授業で作ったので安全ですわ。こんな所で偶然会えるなんて学校の中とはいえ、嬉しいです。受け取って下さい。婚約者様もこれくらいで目くじらを立てたりされないでしょう?」


と小首を傾げて言い、手作りクッキーをレモンドに渡そうとし、


またある時はレモンドの隣で躓き腕を取り、

またある時はハンカチを拾えばお礼にと刺繍入りのハンカチを手渡そうとする。


付き纏われ、あざとくアンを貶めようとするその姿を見て可愛いと思われると思っているなら勘違いも甚だしい。


挨拶は殆ど生返事で返し、他の申し出には、


「結構だ。構わないでくれ。」


としか返答していないのだが、行為はエスカレートしていく。


今日もアンと会っている時にやって来て、「怖い」と言って勝手に逃げて行った。アンは男爵令嬢を猫のように威嚇している。


「アン?どうしたんだい?今日もとても可愛いよ。」


男爵令嬢を睨む視線をこちらに向けてほしくて何もなかったかのように話すと、


「レモンド様!ありがとうございます!私ったら、せっかく2人でお話が出来たのに、勿体ないことをしましたわ。」


憤慨しているようだが、可愛いことを言ってくれた。


「やっぱりアンは最高に可愛いよ。」


アンの綺麗なダークブラウンの瞳に見つめられ、胸が熱くなる。


「安心してね。私は婚約者がいるのに他の令嬢から贈り物を貰ったりはしないし、自分からはなるべく接触しないようにするからね。」


その熱さを言葉で全て表せたらどんなに楽だろう。





やがてついに男爵令嬢が、


「折り入って伺いたい事があるのですが。」


と聞いて来たので、


「私には君に話すこと等何もないよ。」


と言って追い返そうとした。

すると、私の話が耳に入らないのか、


「アン様のことが好きなのですか?本当はしょうがなく陛下の手前大切に扱っていらっしゃるだけなのではないですか!」


と無礼にも程があることを大声で話し始める。


「君には関係ない。」


ーーなぜ、アンの前ではなく男爵令嬢の前でアンへの愛を囁かなければならないのか。


レモンドの苛立ちを悟り、学園では控えるだけの護衛の一人が動き出す。


「ちょっと、離して!レモンド様!答えられないということは好きではないということだわ!」


護衛に背を押されながらもなお叫ぶので、


「そうだよ。好きどころではない。」


もう目の前にいない男爵令嬢に今の言葉が聞こえたかは不明だが、一応返答した。苛立ちは募るばかりだ。


レモンドは、学園を卒業する前に自身の口でアンにプロポーズしたいと思っていた。そのため、気持ちが乱れた時はプロポーズの場所として有名な薔薇の庭園で休憩し、アンのことを想う。


今日は穏やかな気候で時間を忘れていつまでも薔薇を眺めていられる。


「レモンド様!」


アンのことを考えていると、アンが小走りで駆け寄って来る。気分も浮上しアンに向かって手を挙げる。


「こんなに走ってどうしたんだい?」


そう言いながら手を引き、ベンチに促すが、アンはその手を握り返し、


「レモンド様、今日も大好きです。」


とレモンドの目を見つめながら言った。

いつもなら、すぐに「ありがとう」と返せるのだが、プロポーズの事を考えていたので緊張してしまい、目を逸らしてしまう。


「レモンド様?」


アンが呼びかけてくれるがどんどん身体が熱くなり赤くなっていくのがわかる。


「かっこ悪いかな。見つめられて赤くなるなんて?」


と言うと、首を横に大幅に振り、

「いいえ!照れていらっしゃるのですか?」


と興味深そうに尋ねられる。


「そうだよ。」


照れない訳がない。手を握り返してくれたアンが飛び抜けて可愛かったので、深く息を吐いたあと、アンの目をしっかり見つめ、


「今日も飛び切り可愛いね。」


と言うと、

アンは繋いでいた手をさらにぎゅっと握り、


「私の事は好きですか?」


と問う。


レモンドは薔薇の園庭という場所と手を握り合っていることに背中を押され決心し、再びアンの綺麗な瞳を見つめて、


「好きどころではないよ。」


と言いアンの手を優しく離す。

そして、側の薔薇を一本折り棘を確認してアンの髪にさす。


「可愛い過ぎて困るくらいに愛してる。」


照れて顔も赤く、顔を引き締めようとしても照れ笑いのようになってしまうがはっきりと言い続ける。


「アンが卒業したら結婚しよう。」


「もちろんです。絶対にレモンド様の隣は誰にも譲りません。」


アンは泣きそうになりながら快諾してくれた。さらに、


「その自信はあるのですが、時に自信を無くす時もあるので、レモンド様も私以外の誰かを隣に置かないで下さいね。」


と可愛い注文付きだ。


「当たり前だよ。ずっとアンだけを愛してる。」


しばらく、手を繋いで薔薇を眺め雑談していたが時間が来てしまい、アンは薔薇を頭に飾ったまま、幸せそうに同級生の友の元へ行ってしまった。


アンは知らないのだろうか。

学園の庭園の薔薇は婚約者にプロポーズする時のみ折って良いと言う決まりがあることを。


そのまま友の所へ行ってしまったくらいだ。

きっとレモンドが贈った薔薇をアンがすぐ頭から外すことはないだろう。


すると、アンに薔薇を贈ったのは誰か。


そんなのは婚約者であるレモンドしかいない。「しょうがなく婚約している」と都合よく解釈し続け、アンに嫌味を言っていた令嬢達の反応と今後の身の振り方が楽しみだ。


今まで散々我慢して来たのだ。

これくらいの意趣返しくらい受けてもらおう。


数十分後に薔薇の花の決まりを知って、真っ赤な顔で嬉しそうに小走りで来るアンを見つけ、いつも通り愛してるの気持ちを込めて伝えた。


「アン、最高に可愛いよ。」

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愛が溢れて止まらない 晴月 @chihi1215

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