第8話 実家へ戻れば。

バルバストル公爵家の屋敷は王城や学園からほど近い場所に位置している。私は学園寮を出て、用意された場所により生家であるバルバストル公爵家へと向かった。

市内中心部に位置しながら広大な土地と豪奢な外観の屋敷が窓から見えてくる。


「お父様から呼び出されるなんて…」


時間が逆行する前、父は任務のため長期間家を空けていた。少しづつではあるが、時間逆行する以前とズレが生じている。

このまま何もせずとも、妹は誘拐されず、私も処刑されることはないのではないか…そんな甘い考えすら過ぎった。

私は馬車から降り、久方ぶりにくぐる屋敷の敷地へと踏み入る。


「ただいま戻りました。すぐにまた出かけますから、私には構わず業務に戻ってください」


屋敷の玄関を抜ければ、数名の使用人が慌てた様子で出迎えてくれた。

近くに立っていた執事へ「私室にいます。要件があれば連絡してください。」とだけ伝えた。

久方ぶりに帰った私室は掃除され、埃もなく整頓されている。私物はほとんど残しておらず、クローゼットとベッド、ドレッサー、父好みの調度品だけが広い室内に取り残されている。

私室ではあるが、私の部屋であるという感覚がしない。

「まるでモデルルームですね」

私はクローゼットからワイシャツとスラックスを取り出して袖を通す。ドレッサーからワックスを取り出し、七三に髪型をセットした。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


ノックとともに扉越しにメイドが用件を伝える。


「わかりました、すぐ向かうと伝えてください。」


学園寮に入ってから長期休みも含めて帰省していなかったため、時間が逆行する直前も戻った記憶はなく、懐かしくなる屋敷の廊下を歩き、窓から庭園の花々を見下ろす。木々は赤く色付き、落ち葉が風に舞っていた。

しばらく進めば重厚な扉にたどり着く。私は一つ息を吐いてから、応接室の戸をノックした。


「レンフレッドです、失礼いたします」


「入りなさい」


返答を聞いてから入室すると、そこにはすでに母とフレアが座っていた。

深緑色のソファは年代物でこそあるが、クラシカルな雰囲気が高級感を出しており、その歴史を感じさせる。

作者が有名な絵画は金の額縁に入れられ、壁に飾られており、幾何学的なその絵が何を表現しているかは全くわからなかった。

私は父からソファへ座るよう勧められ、フレアの隣へと腰を下ろす。

使用人から出された紅茶を一瞥だけし、口をつけないまま背筋を伸ばして父と対峙した。


「レンフレッド、調子はどうだい?」


「お陰様をもちまして変わりなく過ごしております。」

父の質問に淡々と回答すれば、父は苦笑いを浮かべた。

「愛想のない子ね」

「フェリシアやめないか」

義母の棘のある言葉を父はたしなめ、紅茶を口に含んだ。

「私は元気よ!学園でもお友達ができたの」

フレアが人懐っこい笑みとともに父に語り掛ける。その笑顔に父も表情を緩めて相槌を打った。

穏やかな家族団らんの様子を私はただ黙って眺める。


「そういえばね!ルーカスとも仲良くさせていただいているのよ。先日はドレスをご一緒に見て回ってくださったの」


フレアは悪びれる様子もなく、私の前で父へルーカスと過ごす時間について語って聞かせた。

私の婚約者と妹が仲睦まじくしている話を聞けば、父もさすがにたしなめるかと思い、ハっと顔をあげて父を見た。


「そうか、いずれは義兄となるお方だ。失礼のないように。それと、ルーカス殿下のことを人前で呼び捨てにしてはいけないよ?」


父からはただそれだけだった。

その程度のことなのだろうか?

私のこの理不尽さを訴えたくなる感情は、私のわがままだったのだろうか?醜い嫉妬心でしかなかったのか?

吐露できない感情を唾と共に飲みくだす。


「レンフレッド」


父に呼ばれ意識を戻す。


「はい、いかがされましたか?」


「ああ、いやなに…第三騎士団での仕事は変わりないかな?無理していないかい?」

「現在は連続放火事件を追っています。学業との両立のため仕事量の調整もしていただいていますよ」

私の返答に父が一瞬、眉間をピクリと動かした。

「…連続放火事件をクラウディア団長が?」

父には珍しく剣呑な表情で訊ねられ、私はたじろいでしまう。

「え、ええ。第三騎士団で犯人を追っています。金銭目的の強盗だろうという線が強いですね。」

私は自分でもわからないうちに嘘の情報を口にしていた。


「……。」父は黙ったまま口元に指を持っていき、黙り込む。


「何かありましたか?」

沈黙に耐えられず、私は父に問いかけた。

「ああ、いや。そうだね…レンフレッドはまだ16歳だ。連続放火事件を追うには危険だと思ってね。クラウディア団長はまだ経験も浅い、しかも外国人だ。レンフレッドを彼女に任せていていいか考えていたんだよ。」

父は困ったように眉を下げる。

「クラウディア団長にはよくしていただいています。よい環境で日々学ばせていただいておりますよ。」

私はよく整った顔をした上司を脳裏に浮かべる。


”バルバストル公爵婦人の動向に注意し、何か不信な動きがあれば報告してほしいんだ”


クラウディア団長の指示を思い出した。

私は義母へと視線を移し、声を掛ける。

「お義母様もお変わりありませんか?」

義母は私を一瞥したのち、返答することなく優雅に紅茶へ口をつけるだけだった。

父はその様子にやはり困った顔で苦笑するだけだった。


「今日、レンフレッドを呼んだのはしばらく家を空けることになりそうだったから顔を見ておきたかったんだ。護衛のため第一騎士団が隣国へ派遣されることになってね。」

父は話を本題へと戻した。


「承知しました。」


時間逆行により変わった未来もあれど、変わらない未来もある。

父が不在となることは変わらないらしい。


「では、あとは3人でゆっくり過ごしなさい。私は仕事に戻るよ。レンフレッドもたまには少し休んでいきなさい。」


父はそう言って席を立ち、客室をあとにする。

私と妹、そして義母が残された。

白いクロスに並べられた紅茶とお茶菓子。フレアはおいしそうに頬張り、紅茶に口をつけてほっと息をついている。その様子は小動物のようで可愛らしいものだった。


「あなた紅茶に手も付けないのね」


唐突に義母が口を開く。

「お姉様は紅茶が嫌いだったかしら?」

刺々しい義母の声とは真逆にフレアは不思議そうに小首を傾げるだけだった。


「申し訳ありません」

私はただ謝罪だけを返す。

「お姉様を責めているわけではないわ。謝らないで。」

フレアは眉尻を下げて気遣うそぶりを見せる。


「過去に飲み物に毒を盛られてから、人から出されたものを飲めなくなってしまいまして」

私はついフレアへの申し訳なさから本心を話してしまった。適当なごまかしの言葉もあったというのに。


「可哀想な子とでも思われたいわけ?毒見もいるし、ここはバルバストル公爵家よ。同情を買おうなんて、いやらしいわね。」

義母の嫌味は今に始まったことではない。私が物心ついた頃から父がいない時は常にこの調子だった。


「本日はお忙しいところ、このような場を設けて頂き感謝します。それでは、私はこれにて―――」


私が怒りに任せて言い返さないよう椅子から腰を上げた時だった。


「品もないのね、化け物の子はこれだから」


私の声にかぶせるようにして発せられた義母の言葉に、私はついカッと頭に血が上る。

「失礼を承知で申し上げます。母は化け物ではありませんし、口を開けば嫌味をおっしゃられる方に品位を問われたくはございません。」

論争は、怒りで冷静さを失った方が負けだ。

わかっているが、それでも怒りで震える手が止まらなかった。

「魔法使いなんて所詮は人殺しの証明でしょう?化け物以外のなにものでもないわ」

「お母様、落ち着いて?言い過ぎだわ!」

フレアが止めに入るが、義母の口は止まることがない。


「フレア、覚えておくといいわ。学園では教えないでしょうけど、魔法使いというものはね、」


―――魔法使いは水、風、雷、土、炎等の自然物を操作する能力を持つ者。その原理は解明されていないが、唯一、わかっていることがある。


「魔法というものはね、人を殺すことで発生するのよ。この娘は実の母を殺したの。」


義母は私に向かって断定口調で冤罪を突きつける。

「…お義母様、言葉は刃です。よくよく気を付けてお使いください。」

私は目を細め微笑を貼り付けたまま席を立った。

義母は私の眼光に一瞬たじろぎながら、なおも言葉を重ねた。

「あなたがフレアに手を出そうものなら、容赦しないわ」

私はその言葉を鼻で笑って見せる。

「ご冗談を。お義母様にとって私は安易に人を殺そうとする程に浅はかな人物に見えますか?」

私は怒りを抑え込むように声を震わせ訊ねる。

「魔法使いの言葉なんて信用できないわ」

嘲るような笑みを浮かべる義母に、私は言葉にできない憤りで拳を握り込む。

私は天井を仰ぎ、深く息を吐き出してから義母を見据える。


「…これ以上ここにいると酷いことを言いそうです、座を外させていただきます。フェリシア・バルバストル公爵婦人」


「逃げるの?つまらないわね」


「…失礼します。それと、付け加えますと魔法は殺人により発生するものとは限りません。死に際に立ち会った者に発生すると言われています。お間違いなきよう。」

捨ておくように言葉を残し、私は踵を返す。

「そんなもの事実を有耶無耶にするための方便よ」

背後から罵詈雑言を投げてくる義母を無視して、足早にその場を後にした。




―――魔法使い、その肩書を人殺しの証明と呼ぶ者がいる。

―――魔法使い、その能力を使用するために殺戮が行われた歴史がある。

―――魔法使い、その未知な力を恐れる者がいる。




『死してなお、消えぬ思いの行く先は“魔法”となりて残りし者とともにあらん』




「私だって好きで魔法が使えるようになったわけじゃない…」

1歳の頃、屋敷が火災に遭った際に母は亡くなり、私は炎操作の魔法が使えるようになった。幼子に罪はなくとも、魔法使いは差別の対象になりかねない。父の判断により私が魔法使いである事実は家族しか知らされていなかった。

任務中にバレてしまったクラウディア第三騎士団長と隠すことが辛くなったときにうっかり吐露してしまったアルフィを除いて。

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陰キャ皇子×悪役令嬢 緑茶屋 @ryokuchaya

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