第7話 コーヒーと願わくば。

時間逆行により処刑される1か月前へ戻ったはいいが、学園寮と職場の往復をしているうちに3週間がすでに過ぎてしまっていた。フレア誘拐事件は婚約破棄される1週間前に発生していたように記憶している。


「…フレアの誘拐を阻止しなければ、処刑は免れないでしょうか」


冤罪にも関わらずあまりにも突然の死刑判決と刑の執行。思い出したくもない記憶に頭痛がする。私は誘拐事件の概要を必死に思い出す。


「誘拐事件はバルバストル公爵家から学園への登校中、フレアを乗せた馬車が何者かに襲われ起こったんでしたっけ…」

妹は学園寮からではなく、バルバストル公爵家の屋敷から馬車で学園まで通学している。

「フレアの捜索は2日間続き、廃墟前の道に眠った状態で騎士団に発見された。幸いフレアに外傷は見られなかったが、ショックからこの2日間の記憶がフレアにはなく、捜査は難航…か」

フレアが発見された場所のすぐ目の前に立つ廃墟は火災により灰となっており、犯人はこの廃墟でフレアを監禁後に証拠隠滅のため放火した可能性が高いとみられていたはずである。


「1つ、時間逆行前と同日に犯行が行われると仮定してフレアとともに馬車に乗り、襲撃に備える」

私一人がいたとして彼女を助け出せるかわからない、妹に同行を願い出れば義母が余計な勘ぐりをする可能性もある。


「2つ、父へフレアの護衛を増やすよう進言する」

フレアの護衛はすでに十分にあてがわれている。護衛の数を増やしたとして、犯人に警戒され、犯行の日取りがずれるだけでは意味がない。


「…後手にはなりますが、フレアが誘拐された場合は彼女が発見された廃墟へ救出に向かう策が確実ではありますね」


私は寮の自室のベッドから上体を起こす。

窓から差し込む朝陽に目を細めてから、私は学園の制服に腕をとおした。今日は休日であるが、父から屋敷へ戻るよう侍女から伝言があった。第三騎士団の団服よりも学園の制服の方が義母の風当たりが弱くなる。


「さて、行きますか」


扉を開けて鍵を閉め、真紅の絨毯を闊歩する。

私が来たことに気付いた生徒は廊下のサイドに別れ、無言で礼をしたまま道を譲っていく。私はその道を当たり前のように歩いていくだけだった。

女子寮と男子寮は棟が別れているが、玄関は同一であり、玄関からすぐの場所に談話室がある。

談話室からはうっすらとコーヒーの匂いが立ち込めており、私はふらふらと談話室へと立ち寄った。

いつも賑わっている談話室は、思いのほか静かであり、一人しかその場にはいない。その特徴的なシルバーの髪色を私は2人知っている。1人は私をこれから振る婚約者、もう1人は――


「アルフィ、いらしてたんですね」


「あ、レン…あ、あの、コーヒーいる?」


猫背で視線が合わない水色の瞳。焦っていた心が一気に凪いでいく感覚があった。

「ありがとうございます。私もコーヒーいただいてもよろしいですか?」

「わかった」

アルフィはそれだけ答えると、コーヒーカップを二つ持ってソファへと運んでくる。曲がりなりにも第一皇子に給仕させることには気が引けるが、アルフィがを嫌がることを知っているため黙っていた。


「あなたがいると面白いほど誰も寄ってきませんね」

「言わないで、気にしてるんだから…これ飲んだら部室に戻るし…」

アルフィは顔を逸らして、不機嫌そうにソファの上で体育座りしてしまう。

私はコーヒーを口に含み、一息ついた。


「アルフィは今晩、お暇ですか?」


「は?」


私の質問にアルフィからは低い声が返ってきた。

「海岸近くにある廃墟、元は教会だった場所ですが、そこに向かいます。夜に学園西門のすぐ近くにあるバーへ寄りますから、アルフィにはそのバーで待っていてほしいんですよ」


「…え、っと。僕が一人でバーとかどんな無理ゲー?コミュ障なめないでくれる?それともあれ?もしレンが来ない時は助けにでも行けばいいわけ?」


「ふふっ、珍しく冴えてらっしゃる」


「…冗談だったんだけど」

私の回答にアルフィは顔を白くさせた。

「フレアが近いうちに誘拐事件に巻き込まれる可能性を危惧しています。すでに何かしらの仕掛けがある可能性もありますし、先手を打っておきたいんですよ」

「まるで未来予知だね、君が画策していると言われても文句は言えないよ」

手に持ったカップがわずかに震えた。

窓から差し込む朝陽がアルフィの表情を隠す。


「頼みます」


私はただ真っ直ぐにアルフィに対峙した。

「…わかった、コミュ障がなけなしの勇気を振り絞ってバーでスタンバってるよ」

アルフィはしばしの沈黙ののち、観念した様子で承諾した。

「ありがとうございます」

私は頭を下げて礼を言う。

「あまり長くは待てないからね」

アルフィは念を押すように語気を強めた。

「ええ、心得ています。それともう一つ、自白剤を入手してくださいますか?」


「…待って」


「なんでしょう?」

アルフィが言わんとすることはわかっていた。

「色々と言いたいことはあるけど、レン、一つだけ教えて。レンが望むものは?」


アルフィは猫背をいつも以上に丸めて、視線をさまよわせる。


「私はアルフィのその空色の瞳がとても気に入っています。それこそ死ぬ間際に思い出すほど「また煙に巻く気なの?」

アルフィの食い気味の批判に苦笑してから、私は口を開いた。


「私はただアルフィとこうして一緒にコーヒーが飲みたいです。ずっと、この先何十年先も。」


「…ひえ、そういうことは僕じゃなくて、いや、えっと…」

私の言葉にアルフィは赤くなったり、青くなったりを繰り返す。

その様が少しおかしくて、クスクスと笑えば怒られた。


「では、私はいったん家に帰ります。コーヒーありがとうございました」

私はその場から立ち上がり、談話室を出た。

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