第6話 団長へ連続放火事件の報告を。
王城を囲う塀の外に建つ建物、一般市民が出入り可能なよう王城内には位置しない特殊な部署が第3騎士団の勤務地だった。
「お疲れさまです」
私は同僚に声をかけ、自身の机に腰掛ける。
手に持っていたトランクケースを開き、中からメモ用紙を取り出した。走り書きで記載した内容は連続放火事件に関する内容が記載されている。
私は頭の中で報告すべき事項を整理し、団長席へと向かった。
「クラウディア団長、ご報告があります。今お時間よろしいでしょうか。」
「ああ、構わないよ。掛けてくれ。」
私は促されるまま団長席の前に設置された簡易椅子に腰かけた。
クラウディア第三騎士団長、銀髪をボブに切りそろえ、つり目に三白眼の長身女性が私の直属の上司だ。
27歳の若さで第三騎士団長の任を受け、それも国王陛下からの勅令であったということもあり、黒い噂が後を絶たない人物でもある。
私は団長席の前に置かれた椅子を引き、腰掛けてから書類を提示した。
「結論から申し上げますと、連続放火事件の原因は魔法発現を狙った他殺である可能性が高いと思われます」
私は時間逆行する以前の記憶を呼び起こす。以前はこの事件の全貌を把握できず、単なる愉快犯の犯行と思っていたが、私が処刑される直前に推測とは異なることが判明した。
だが、今はまだその確たる証拠は提示できない。団長へは現場検証から得た情報を伝えることしかできないが、捜査の方向性を変えなくては次の犠牲者がでてしまう。
「なるほど、現場検証の結果について聞いてもいいかい?」
団長は私の報告に頷いてから、先を促した。
「報告に上がっている連続放火事件の被害件数は全3件、家屋が全焼し、居住していた住民が全員焼死しています。今回、私が調査へ向かった先はこの連続放火事件とは関係のない、空き地と廃墟を狙った放火事件。被害者は出ておらず、関連性は薄いと判断されていましたが」
「炎操作が行われた形跡があったということかい?」
「ええ、現場は開けた海沿いの空き地。夜間の火災であったため海陸風の影響を受け陸から海へと火災が広がっていれば自然ですが、現場では火災の進行が四方へ飛び、街へと向かって長く伸びていました。」
「つまりは現場検証を行ったうえでのレンフレッド嬢の勘ということかい?」
団長は無表情のまま私に問うた。
「…おっしゃるとおりです」
私は団長の指摘に反論する証拠を持っていないことを答えた。
団長はしばし思案する様子を見せたが、一つ頷いてから手を叩いた。
「では、その線で捜査を進めようか!私は炎操作の魔法についてレンフレッド嬢以上に詳しい人物を知らないからね」
「それは嫌味ですか?」
「いや?事実だよ」
私は団長の思惑を捉えようとその表情を凝視するが、団長は気にする風もなくいつもと変わらない無表情。
「私からの報告は以上です」
私はそう告げ、席を立とうと報告書類を片づけるが、後ろから元気な声にとめられた。
「レンフレッド様!いらしてたんですね」
柔らかな茶髪に人懐っこい笑顔がこちらに向けられ、私はつられて微笑み返す。
「お疲れ様です、フィーネ様」
「コーヒーか紅茶をお入れしますよ。クローはコーヒーでいいですか?」
フィーネは同じ第3騎士団の先輩であり、上司であるクラウディアの側近と呼ばれる人物だった。
「ああ、フィーネありがとう」
団長がそう言って、フィーネに笑いかける表情は柔らかかった。
「紅茶をお願いします」
私の答えにフィーネは頷き、給湯室へと駆けていく。
「団長とフィーネ様は長い付き合いでしたよね」
私は以前に同僚から聞いた団長とフィーネの情報を思い出す。
「レンフレッド嬢」
団長は私の質問にピクリと眉を顰めてから、甘い声音で呼びかけた。
「へ…?」
私は困惑したまま、その場で固まる。
団長の長い指が私の顎をなぞり、ゆっくりと整った綺麗な顔が近づいてくる。
咄嗟に目を細めれば、耳元で団長がささやいた。
「ごめんね、フィーネは私の唯一だから」
吐息とともに呟かれた言葉の甘さに動けなくなり、硬直する。
「あ――!また、クローの人たらし!離れてくださいよ、頭頂部ひっぱたきますよ!?」
眼前にあった団長の顔が離れていく。
「ぐえっ、ズラが取れてしまうよ」
カエルが潰れたような声とともにフィーネに首根っこを掴まれた団長の姿があった。
「団長ズラなんですか?」
私の質問に団長は急に表情を崩して笑いだす。
「いや、その質問は久しくされていなかったから、懐かしくてね。私は若いころ薄毛に悩まされていたんだよ」
「息吐くように嘘つくのやめましょう?」
フィーネがすかさず、団長に言い返した。
「ほら、我が家は薄毛の家系だから」
団長は肩をすくませる。
「微妙に事実混ぜないでください」
「最近は育毛剤を買いそろえているんだ」
「悲しくなります!若い女性が集めるものですか?!」
「生えているうちに対策しないと、死んだ毛根は生き返らないよ」
団長はフィーネの頭に手を置いて、撫でまわしながらため息をついた。
「フィーネ様の毛根も?」
私はフィーネの生え際を見る。
「うっ…まだ健在です」
フィーネは両手で額を隠し、うなだれてしまった。
「冗談はさておき、レンフレッド嬢に一つお願いしていいかい?」
団長がいつもの無表情に戻り、私に視線を合わせる。
「なんでしょうか?」
私が問い返せば、団長はフィーネから受け取ったコーヒーを一口含んでから言葉を続けた。
「レンフレッド嬢のお母上、バルバストル公爵婦人の動向に注意し、何か不信な動きがあれば報告してほしいんだ。頼めるかい?」
「母をですか?」
時間が巻き戻る前、そのような指示を受けた記憶はなく、不思議に思って聞き返した。
「ああ、ただし深入りはしないこと。約束してくれるね?」
団長はそれ以上の詮索を拒否するように声を低め、その威圧的な雰囲気に私はなにも言えなくなった。
「…わかりました。では、私はこれで失礼します」
私は上司への報告を済ませ、自席への向かい報告書を書き上げていく。
書類の山に追われるまま、ペンを走らせていれば外はとうに暗くなっており、同僚の多くは帰路についていた。
私は机の上の書類を片付け、機密事項は書棚に入れて施錠してから、いつも持ち歩いているトランクケースを閉じる。
「お先に失礼します」
私は職場をあとにし、いつもの帰り道へと向かった。
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