ノートーク・ノースパイ⑫




0時が過ぎ“喋ってはいけない法”は解除された。 星の瞬く夜、遅くに目覚めた姫はこの時分にもまだ起きていた。 

まだ睡眠薬の効果が残っているのか、頭はボーっとするが気分が高揚しているのも感じている。 こんなに遠くまで国外に出たのは久方ぶりだ。 

新鮮な空気を取り込もうと窓を開けたところで、部屋にノックの音が鳴り響く。 扉の向こうには、大きな花束を抱えたオリバーが立っていた。


「・・・」


オリバーは深く頭を下げると何も言わず、小さなメモ書きを姫に渡す。 もちろん、法律は解除されたので喋ってはいけないわけではない。


“姫様、どうでしたか? 今日一日は。 そりゃあ、色々あって大変でしたが・・・。 何も言葉を喋らなくても、国民は元気に楽しく過ごしていたでしょう?”


姫が今日外に出たがったのには理由があった。 今日、国民が喋ってはいけない日に出ることに意味があったのだ。


“耳が聞こえない私のために、言葉を発せない私のために、こういう法律を一日だけ作ってくれたのね。 ありがとう”


そうメモに書いて、オリバーに見せた。 本当の目的は、音を聞くことのできない姫を元気付けようと考えられた法律だった。 

言葉が聞こえなくても喋れなくても人生は楽しめるということを、王は姫に伝えたかったのだ。 もちろん、何もないのにそのような法律を施行してしまえば、国民の不支持を買うだろう。 

だから、ルシアに“そうなるように”計らったのが王だ。 まさか二重スパイ作戦にして姫を攫わせるとは、王も思っていなかったようだが。


“色々想定外もありましたがね”


オリバーの書いた文字を見て、姫は首を傾げてみせた。 姫には隣国からスパイが来ていたことは知らせていない。 今日一日、何が起きたのかもよく分かっていないだろう。 

といっても、話に聞くところ隣国付近まで行ったようだし、実際に攫われかけているため思うところもあるだろうが、あまり触れないことにした。


“オリバー、その花は?”

“こちらは先程届きました。 姫様宛に”

“私に? 一体誰から?”

“ルシア様でございます”

「ッ・・・!」


姫から声にならない感嘆が漏れる。 名前と、自分を眠らせて一度国外へ連れ出そうとしたこと。 そして、それは芝居で助け出したことを聞いていた。 眠れない夜に考えていたのもそのことだ。


“ルシア様って、私をここまで運んでくださった?”

“そうです。 この花は活けておきますね”


大きな花束を部屋の花瓶に挿すと、部屋いっぱいに甘い香りが広がった。 まるで蝶が花に誘われるよう姫が近付くと、隙間に一枚のメモが挟まれていることに気付く。

オリバーはそれに気付いておらず、ハッとした顔で息を呑んだが既に遅く、姫がメモを広げ目を通し、メモにペンを走らせた。


“オリバー。 私はこのルシア様に会いたいです”

「!?」

“いやいや、急です無理です! 彼は姫様のおかげで確かに罪は晴れましたが、まだ納得していない者も城にはいるため・・・”

“オリバー、私とこのルシアを会わせなさい! この国の王妃である、私の命令ですよ?”

“かしこまり、ました・・・”

“オリバー。 私はもう少し、頑張ってみます。 自分に負けないように”

“はいッ・・・!”


姫は大事そうにメモを胸に当てた。 オリバーがいなくなると、ベッドに腰かけ再度メモに目を通す。


『姫様へ 今日は一日中、大変な思いをさせてしまってごめんなさい。 この花は、今日一日のお詫びです。 またいつか、四度目ましての時があったらよろしくお願いします。

 姫様が、幸せに暮らせますように。 それでは ルシア』


何度か話しかけてきたようだったが、何を言っているのか分からず無視してしまった。 会うことがあれば、それも謝りたい。 そのようなことを考え、姫の今日一日は終わったのだった。




                                                                                                         -END-



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ノートーク・ノースパイ ゆーり。 @koigokoro

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