ノートーク・ノースパイ⑪
城へ着いた頃には、すっかり日は落ちてしまっていた。 姫は城まで運ぶと、すぐさま城兵によって保護された。 当然ルシアは改めて捕まることになり、今度は作戦会議室へと連行される。
姫を連れて城に来たということが、罪に繋がるか分からなかったためだ。
―――大方“姫を攫うのに失敗した汚名を、返上するつもりだった”と思われている、っていうところかな。
部屋にはルシアの知る面々が勢揃いしていた。 周りを囲むよう席に着き、その真ん中でルシアは後ろ手に縛られ正座している。 事情は城兵に話したが、まだルシアの言動の理由が分からないのだろう。
「ルシア様。 一体どういうおつもりですか?」
この国を裏切り、姫を攫おうとしたということは城中に広まっている。 そんなルシアが、一度攫った姫を戻しにきたため混乱しているようだ。
既に日は落ち、姫が一度攫われたということで“喋ってはいけない法”は廃止された模様である。
「僕は、姫様を返しにきただけです」
「お前はどちらの味方なんだ?」
どちらとは、自国か隣国かというもの。 ルシアに対する呼び方が違うのは、心情としてどちら側に付いているかの違いだろう。 城の人間とルシアは、裏側で密接に関わってきた。
だがそのスパイという役柄上、本心から信用している者と信用していない者がいるのはある程度仕方がない。 城内でも、好き嫌いが完全に分かれるタイプなのがルシアだ。
「最初から、一度も裏切ったつもりなどありませんよ。 護衛には悪いことをしてしまいましたが」
姫を攫う際、かなり強めの一撃をくれてしまったことをよく憶えている。 敵である隣国ならいざしらず、味方陣営の、しかも姫の護衛に不意打ちを食らわしたことは流石に気に病んでいた。
とはいえ、それは計画を遂行するために必要なことだったのだ。
「お前は一度、姫様を攫おうとしたのにか?」
「それは仕方なかったんです。 僕のズボンの内側のポケットに、この国の身分証がありますよ」
衛兵がルシアのところまで来て、身分証が確かであることを確認した。
作戦参謀であり、姫の部屋で万全の準備をして待ち受けていたのに、結局大して何も起こらず別の場所で姫が攫われてしまうという失態を抱えたオリバーが机を叩く。
「仕方がないってどういうことです? どうして我々を裏切ったのですか!」
「“敵を騙すにはまず味方から”って、言うでしょう?」
「はぁ?」
「僕が隣国にスパイとして潜入していたのは、知っていますよね。
ただどうにも進展具合が悪く、理由を調べたところ、変に固まらないようにスパイ同士が顔を合わせることを隣国では禁止していたんです。 スパイの間でも、誰がスパイなのか分からない状態。
それが隣国の作戦でした。 苦労しましたよ。 一人捕まえて情報を得ても、次に繋がらない。 手がかりも途絶えてしまう。
大がかりな作戦があったとしても、時間をズラしてこの国へ侵入するから、誰がスパイなのか見当もつかなかった」
「それが、ルシア様が姫様を攫う理由にどう繋がると?」
「そこで僕は考えました。 スパイのほとんどを投入しなければならない、最上級に大がかりな作戦とは何か? そして、それが姫様の誘拐だった。
隣国へ戻る時だったら、入り口が一つしかないためそこを叩けばいい。 まばらでも、そこからしか帰れないんですから」
「何と・・・」
「だから僕は・・・。 いや、僕が主導して姫様誘拐の計画を立て実行しました。
誰がスパイなのかは分からないけど、情報をリークし、これなら確実にいける、と隣国に思わせることに成功したんです」
「我が国の情報を漏らしたというのか・・・」
「地政学的な面で、ですけどね。 あともう一つ。 “喋ってはいけない”という法律が今日一日だけできるだろうという情報を、隣国にわざと与えたのもこの僕です。
だからスパイはほとんど捕まらず、牢に入ったのは市井の人ばかりだったでしょう?」
「ッ!」
「まぁ、情報を集めるのが僕の仕事ですから。 それはこの国でも変わることはなく、虎の子とも言えるその法律も僕からしたら筒抜けだったというわけです。
騒がしい街でスパイを見つけるよりも、静かな町でスパイを見つける方が圧倒的に簡単でした。 何もかも、僕にとって有利な状況だった。
今頃、僕の手配した部隊がスパイを全員連行してきているはずです」
ルシアがこう話したとほぼ同時、部屋に現れた伝令がオリバーに耳打ちした。 オリバーの顔がみるみるうちに青くなっていく。
どうやら、ルシアの言った通りになったようだ。
「全ては僕の独断でやったことです。 許されるとは思っていません。 ただ・・・裏切られて殺された父さんが、間違っていなかったんだって証明したかった。
危険を冒してこそ、本当の勝利を得られるという僕に遺してくれた言葉を・・・」
ルシアの目から一滴の涙が零れた。 それを見て、面々は黙り込む。 たとえ、その涙がルシアが習得した技術であったとしても。
この先どうしようかと顔を見合わせていると、ドンドンと大きな音が廊下から鳴った。
「何だ、うるさいな! こっちは今大切な会議をしているんだぞ!」
そう言ってオリバーは扉を開ける。 そこには一人の臣下が立っていた。 オリバーに一枚のメモを見せた瞬間、オリバーの顔が再度青くなった。
怒ったような謎の形相で、陛下に近付き耳打ちをしている。
「・・・分かった。 ルシア、君は釈放する」
王は微かに笑っていた。 おそらく王は、ルシアのことを信用している側なのだ。
「え、いいんですか? 僕、こんなにも悪いことをしたのに」
「私の娘、姫からの命令だ。 ルシアを許してやれ、と」
「ッ・・・」
姫に会ったのは今日が初めてだったが、王が姫のことを大切にしていることは有名だ。 それを行き過ぎた過保護と呼ぶ者もいる。 だが、こんな日にも外出させたことからもそうではないのだ。
大切にすることと過保護はまるで違う。 そこにあるのは、相手のことを信頼しているかどうかである。
―――俺にある程度自由にさせてくれたのも、もしかしたら・・・。
ルシアの王を見る目は今日を境に変わった。 だがルシア自身、まだそれに気付いてはいなかったようだ。
「今回のルシアの働きっぷりは称賛に値すると思う。 だが、やはり無暗に不安をばら撒くのをよしとは思わん」
「もちろんです。 不安にさせないよう、疑われないよう、信頼をもう一度築き上げるために僕は精一杯頑張ります」
「・・・あぁ。 よろしく頼むぞ」
こうしてルシアは無事解放された。 のだが――――帰り道、サムズアップして迎える一人の男がいた。 花屋である。
帰り際聞いたところによると“喋ってはいけない法”は今日一日有効で、まだ町は水を打ったように静かだった。
そのようなところで剛力持ちの花屋に二度絡まれたとあっては、流石のルシアでも無事で通ることはできない。
笑顔と共に万力のような力で肩を掴まれ、余りに余ったであろう花を束にして押し付けられた。 もちろん、花屋の言い値である。
だがスパイとして成功を収めたとして、かなりの金をルシアは受け取っていた。 それでも昨日までなら、全力で逃げるよう算段を付けたところであるだろうが。
―――ちょっと、渡してみるか・・・。
人生で花束を買う、ましてやそれを贈るだなんて初めてのことだ。 だが今日の一日を振り返れば、それも悪くはないと思えた。
―――巻き込んでしまったわけだしな。
つくづく厄介な性格だなと自分でも思うが、そう言い訳をし花屋に話をつけた。 それがどうなるかは分からない。 だがどうも今日の夜は気分よく眠れそうだと、ルシアは岐路に就くのだった。
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