第9話(最終話) 黄金の雨、異世界を救う。

「な、なんということだ・・・」


「魔王の力は・・・奇跡の雨さえも跳ねのけるというのか・・・?」


「神の奇跡・・・女神の涙さえ効かぬ存在に、我々は勝てるのだろうか・・・」


「マジやべー」



魔王を迎え撃つためにユリーヌ国に結集した各国の兵達は、魔王の言葉に動揺を隠しきれなかった。


これまで何度も魔物達を溶かしてきた神の奇跡・黄金の雨が魔王には効かない。


この事実を目の当たりにした衝撃は、はかりしれない。


そんな存在の魔王がゆっくりと自分達に近づいてくるのだ。


兵達は、自らの死が間近に迫っていることを自覚した。











スイはおしっこをしながら、いとこに聞いた話を思い出していた。


1歳年上のいとこは今、小説投稿サイトに掲載されている異世界小説作品にハマっているのだという。


その内容はなんと、おしっこが異世界に転移して転移した先の国を救うというものだった。



異世界に転移したおしっこは雨となって降り注ぎ、襲ってきた魔物を溶かしたり、野菜を美味しく大きくしたり、人々の病を治したりした。


人々はそれを、神の起こした奇跡だと思い込んで、涙を流して喜んでいるのだ。


しかも、おしっこをしている当の本人は、自分のおしっこが異世界で活躍していることなど知らないのだ。


そのギャップが面白いらしい。



そしてスイはおしっこをしながら、何気なくこう口にした。



「あ~僕のおしっこも異世界を救ったりしないかな~」



と。











「フハハハハハ!人間の兵どもよ!死ぬが良い!」



黄金の雨をもろともせず、人間の放ってくる弓や魔法も全て魔力シールドで防ぐ魔王。


十分に人間達に接近したので、魔王は人間達に向かって、練り上げた殲滅魔法を放とうとした。


その時である。



上空の雨は突如勢いを増したのである。



「 ! ぬぅ!!!往生際の悪いユリンめ!」



急に強くなった雨で破られそうになった魔力シールドに自らの魔力を集中する魔王。


おかげで殲滅魔法の魔力を丸ごとシールドに費やしてしまった。


シールドも持ち直したので今度こそ、と思っていた魔王だが、雨の勢いはだんだん増していった。


そしてついに、シールドを突き破って魔王の身体に当たり始めたのである。



「ぐうおおおおお!ユ、ユリンめええええええ!!!」



一度破られたシールドは、もう元には戻せなかった。


最初ポツポツと降り始めた雨は、今や雨というよりも滝になっている。


身動きもできない状態の魔王は、魔力を身体の再生に当てるが、それも時間の問題だった。


やがて魔力が尽きた魔王は、黄金の滝に飲み込まれて消滅した。


消滅する瞬間、魔王の脳裏には、息子であるジュニアの姿が浮かんだ。



「・・・すまぬ、息子よ。あとは頼む。立派な魔王になって、人間共を・・・」











魔王と対峙した兵達は、その奇跡を目の当たりにした。


黄金の雨も自分達の放つ攻撃も全く効かなかった魔王が苦しみだしたのだ。


気がつくと、自分達にも降り注いでいた黄金の雨は降り止み、代わりに魔王に降り注ぐ雨の量が増したのだ。


もはやその雨は、雨ではなかった。滝だ。黄金の滝だった。


それはまるで、魔王を消滅せんとする、女神ユリンの強い意志の現れのように見えた。


しばらくその滝を受け続けていた魔王だったが、突如としてその滝に飲み込まれた。


そして、そのすぐあとに、上空の暗雲は立ち消えたのであった。



「・・・や、やった」


「女神ユリンの・・・奇跡が・・・魔王を・・・倒した!」


「魔王を倒したぞ!!!」


「やったああああああああああ!!!」


「ユリン様マジやべー。マジ女神だわぱねー」



兵達は皆全身で喜びを現わしていた。


武器や盾を投げ捨て、腕を高く上げてバンザイをする者。


目を瞑り、両手を合わせて天を仰ぐ者。


裸になって踊りだす者。


失禁する者。


脱糞する者。



その様子は様々だが、共通していたことは涙を流して喜んでいたことである。




・・・




暗雲が消え去ったのを見た大陸の人々は、魔王が消滅したことを知った。


人々が知っている過去の魔王の話で、暗雲の消滅が魔王の消滅を示していることを知っていたからだ。


黄金の雨が降り止んだ時は、絶望しかけた人々だったが、太陽の光が差したことによって、大きな喜びへと変わった。


太陽の光は、人々の心をも照らしたのである。



喜びを爆発させる人々は、魔王を消滅させたのであろう一人の女神の姿を思い浮かべ、口々に叫んだ。



「「「「「「ユリン様!ありがとうございます!!!」」」」」」










魔界にある魔王城の一室、そこは魔王の一人息子であるジュニアの部屋。


そこでは、部屋の主がゴロ寝して尻を掻きながら本を読んでいた。


そして、突然顔を上げた。



「・・・!・・・パパが、死んじゃった」



ジュニアは魔王の死を知ったのである。


ジュニアはすぐに部屋を後にすると、玉座の間に行った。


玉座の間では、置物と化している魔物の兵達が並んでいる。


その兵達に向かいジュニアは口を開いた。



「パパが死んだから、僕、魔王になっちゃった」



兵達は動揺した。


今まで仕えていた主が死に、主のグウタラ息子が新たな魔王になってしまったからだ。


多くの兵が動揺する中、兵達の中で最も地位の高い魔物が、新たな魔王に恐る恐る問いかける。



「ジュニア様・・・いえ、魔王様。これからどのように致しましょうか?前魔王様の弔いで人間達を攻撃しますか?」



それに対し、新魔王は呆れたように返す。



「パパでもダメだったんだから、人間の国へ攻めても皆死んじゃうよ。これからは人間の国を攻めることはやめて平和に暮らそう」



その言葉に逆らう魔物は、玉座の間にはいなかった。


そしてこの日を境に、魔物が人間の国へ侵攻することは無くなった。



「めんどくさいけど、魔王になっちゃったししょうがないか~」



魔王は新人事として、魔物の中で文官としての才が秀でるものを重用し、魔界内の内政政策を重視した施策を始めた。


魔王の力を知らない地方の魔物の中には反対する者もいたが、魔王の圧倒的な力により屈服させられ、逆らう者はいなくなった。


そして、魔王はインフラの整備や魔界の公共事業政策などを次々と進めていった。


その結果、魔王は後世の時代に”賢王”として語り継がれたのである。


反対に、魔王自らが人間の国を攻めたのにも関わらず、一人の人間も殺せずに消滅した前魔王は”愚王”として語り継がれてしまった。


皮肉である。











それからのユリーヌ国は、世界の危機を救った女神ユリンを信奉するユリン教の発祥の地として「ユリン聖教国」と名を変えた。


今やユリン教の信徒の数は、大陸の中で最も多くなっていた。


王都には女神ユリンの巨大な像を祭った大神殿が立てられ、毎日大陸中から多くの信徒達が祈りを捧げに来る。



「ユリン様、ありがたや~」




・・・




王都の住宅街にある家の中では、幸せそうに食事をする3人の家族がいた。



「ママ~、ぼくニンジンいらないよ~」


「ユーリ、好き嫌いはダメだぞ。ママが心を込めて作ってくれたんだからな」


「そうよユーリ。この人参はユリン様のご加護でおいしく育ったんだから、残したらユリン様に怒られるわよ」


「え~」



ユリン聖教国の聖騎士・リッドと妻のファラ、息子のユーリだ。


シチューに入っている人参が食べたくないと駄々をこねるユーリ。


そのユーリに対して、ファラは大きなお腹をさすりながら、更に言葉を足した。



「それにね、ユーリ。あなたはもうすぐお兄ちゃんになるんだから、好き嫌いしてたら笑われちゃうわよ?」


「・・・! 僕ニンジン食べる~!」



そう言って頑張って人参を食べるユーリの姿に微笑むリッドとファラであった。




・・・




王都の酒場は今日も賑わっている。


今ではすっかり流通している酒、”女神の麦酒”と”女神の米酒”、”女神の果実酒”は今日も多くの客が飲んでいる。


少し前には、”女神の火酒”という度数の高い新酒も出たので、それを求める客もいた。



1日の務めを終えた2人の衛兵、ジョンとバドも、新米の衛兵達を連れて飲み会をしている。



「お前ら今日は俺達の奢りだ!じゃんじゃん飲め!」


「しっかり働いてしっかり飲む!これが大事だ!」


「「「「 ジョン先輩バド先輩、あざーす! 」」」」



仕事を終えた人達で溢れた酒場は、酔っ払いの声で遅くまで盛り上がるのだった。




・・・




クロープ村では、今日も村人が元気に農作業をしている。


黄金の雨によって素晴らしい農作物が収穫できるようになったクロープ村の畑はどんどん拡大していった。


”王国の食糧庫”と呼ばれていたのが、今や”グランダイトの食糧庫”と呼ばれるほどだ。


もはや、村というよりも都市のような面積だった。



キャベツ畑を持つシーラは、今日もキャベツ畑を見ている。



「この”女神のキャベツ”は良い出来ね」



その視線の先には黄金に輝くキャベツがあった。



あれからクロープ村では、作物の品種改良をするのがブームになった。


その結果、このシーラのキャベツのように黄金に輝く色の野菜や果物などが生まれたのだ。


それらの農作物の名前の前には全て”女神の”がついた


クロープ村の畑は至る所で黄金に輝いており、今やユリン聖教国の観光名所にもなっている。




・・・




アルーコル村では村長の家で定期会合が行われている。



「女神の酒シリーズも順調に作られておるが、皆新作はどうかのう?」


「俺んとこはもっと度の強い麦酒を作れねーかと試行錯誤中だ」


「最近は原料の農作物も黄金のものが出始めているから、それを使えばさらに美味い酒ができそうだな」


「あたしのところは原料の果実の種類も増えてるから、新しい果実酒の開発を進めてるわ」


「ワシのとこで作る火酒もお前さんらの作る酒次第じゃから頼むぞ!」


・・・ワイワイガヤガヤ・・・



今や、他国から来たドワーフ達も酒造りに加わっており、前よりも会合は賑やかだ。


会合ではお互いが持ち寄った開発中の酒の品評もしている。


そしていつものように、途中からどんちゃん騒ぎの宴会に変わってしまっていた。




・・・




ここはユリン聖教国の城だ。


ユリーヌ国の国王であったハルン5世は、ユリーヌ国がユリン聖教国に名を変えたことで、今は教皇という立場になっている。


国王から教皇に立場が変わっても、あまりやる事は変わっていない。


ユリーヌ国の頃から国王はユリン教のトップでもあったからだ。


ユリーヌ聖教国になったことでユリン教のトップとしての活動が以前より活発になったというだけだ。


そして女神ユリンの敬虔な信徒であるハルン5世は、今日も女神の像に祈るのだった。



「ユリン様、今日も平和に暮らすことができました。ありがとうございます」











ここは、神々が暮らす天上の世界。


そこにある神殿の一つに、女神ユリンがいた。


グランダイト大陸のほとんどの人々が毎日祈りを捧げているため、今や女神ユリンは神々の中でも随一の神力を誇る大神となっていた。


そして、その大神である女神ユリンも、異世界の少年へ感謝の祈りを捧げていた。



「異世界の少年、スイ。あなたのおかげでユリーヌ国は・・・いえ、グランダイト大陸の国々は救われました。ありがとうございます」


「あなたの起こしてくれた行動により、世界は救われ、私も人々から多くの祈りを捧げられる身となりました」



そう祈りを捧げたユリンは、「でも」と小さくため息を溢した。



「あなたのおしっこが、人々から”女神の涙”と呼ばれることがあるのは、私としては少し不本意です」










「へっくしょん!」



スイは森の中でくしゃみをした。



「最近寒くなってきたからかな~。風邪引かないようにしよう」



季節は秋だ。


森は紅葉で見事な色彩を描いている。


そんな中で読書に興じていることを、ちょっとオシャレな感じだな~とスイは思っていた。


そして、そんな色づく木々の中で全く様相が変わらない1本の木へ、スイは向かっていく。


いつものアレだ。



「ふい~、気持ちい~」



スイは今日も、森の小便器であるユリンの木へ、おしっこをひっかけるのであった。


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本作は完結しました。

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黄金の雨~森で立ちションしたらおしっこが異世界転移して国を救ってた~ ねお @neo1108

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