第8話 黄金の雨、魔王に降り注ぐ。

各国の皇帝や国王といった首脳陣は、魔王の襲来という人類の脅威への対策を練るために、緊急で代表者会議を開いた。


グランダイト大陸の国々の中で、最大の国土と力を持つ帝国の呼びかけだ。


そして、帝国に集まった各国の代表者達の話合いにより、魔王が最初に侵攻をすると宣言したユリーヌ国で、各国の精鋭が集結して迎え撃つことが決定した。




・・・




暗雲に包まれたグランダイト大陸の国々の人々は不安な毎日を過ごしていた。


不安、というよりも絶望的な心境だ。



魔王が攻めてくる。



この事実は、人々の不安を掻き立てるのに十分すぎるほどのものだった。


大昔にあった魔王が人間の国々へ攻めてきた話が、召喚された勇者の伝説の中で出てくるからだ。


それは、吟遊詩人が語る物語、演劇、書物など様々な媒体で存在した。


幼い子供が読むような絵本にさえもその話はあるのだ。


それら全ての中で、魔王の脅威がどれほどのものであったのかが存分に伝えられていた。



「ああ、そんな、異世界の勇者様は助けにきてくれないの!?」


「どうせ俺達は皆死ぬんだから、もう働いたって意味ねーや・・・」


「どうせ死ぬんなら、死ぬ前に大金盗んで豪遊してやる!」


「ぐへへへへ、死ぬ前に欲望の限りを尽くしてやるぜ!」


「こんな魔王が攻めてくるような大陸にいられるか!俺は一人で脱出してやるぜ!」



伝説にあるような、勇者の登場を願う者。


自暴自棄になり、どうせ死ぬのなら・・・と怠惰な生活を送る者。


盗みを働く者。


欲望のまま性犯罪に走る者。


グランダイト大陸からの脱出を試みる者。



人によって様々だが、人々が営む社会は乱れた。


各国は、魔王を迎撃するための戦力の準備の他に、そういった事態の収拾にも手を焼いた。











「フハハハハハ!人間共が、狼狽えておるわ!」



魔界・大森林グリムフォレストにある魔王城の玉座の間で、魔王の笑い声が響く。


魔王が宣戦布告してから10日が経過しており、人間達の慌てふためく様子を聞いた魔王は満足そうだ。


魔王はあれから人間達の国々の様子を知るために、人間に化けることができる魔物達を送り込んでいた。


そして、毎日彼らから報告を受けているのだ。


人間達は大混乱に陥っている、と。



魔王が満足していたのはそれだけではない。


今まで人間達を度々救っていたユリンの雨が、魔王の宣戦布告した日から一切降らなくなったのだ。


おかげで、人間の国々の上空はあれからずっと暗雲で覆われており、それが人間の不安を大きく煽る一因となっていた。



「女神ユリンよ。もう奇跡は起こさぬのか?人間共を救わぬのか?・・・フハハハハハ!」



そう言って笑う魔王の姿は、まさに悪の王然としていた。


しかし、笑っている魔王にも唯一気にしていることがあった。


ジュニアである。


あれから自室に閉じこもってしまったからだ。


一人息子との関係が悪化してしまった魔王は、毎日息子の部屋のドアの前で声をかけた。



「パパが悪かった。ちょっときつく言い過ぎた」


「ジュニアの元気な顔を見せておくれ」


「ジュニアの好きなものを持ってきたよ。ドアを開けておくれ」



その手には、可愛らしいブラッディーベアのぬいぐるみがある。


ジュニアが95年前に遊んでいたものだ。


魔王の”ジュニアの好きなもの”の認識は古かった。



そして、それらの魔王の言葉は全て無視された。


魔王はショックを受けていた。


こうなったのも全て人間共のせいだ、と人間を恨み、根絶やしにすることを固く誓うのだった。











そして、とうとう当日を迎えた。


大陸の国中の全ての人々が固唾を飲んだ。


過去の魔王襲来の時のような、異世界の勇者が現れることはなかった。


勇者召喚の方法が失われてしまっていたので当然なのだが、人々はそのことを知らなかったので落胆した。


人々ができるのは、神に祈ることだけである。



「ユリン様・・・魔王から我々をお助けください・・・」




・・・




ユリーヌ国の騎士団の団員である騎士・リッドは周りを見渡した。


今自分が立っている場所である、グリムフォレストとの境にある平原には多くの兵がいる。


ユリーヌ国だけではなく、世界中の国々の兵が集まっていた。


その数は数百万にものぼっているはずだ。


魔王との戦いは目前に迫っている。


リッドは生まれたばかりの我が子と、我が子を抱く妻・ファラの姿を思い浮かべながらその時を待つのだった。











「ほほう、人間共め。私に抵抗する気か」



魔王は、グリムフォレストとユリーヌ国の境目付近にある森の上空から見ていた。


ユリーヌ国側の平原には、平原を埋め尽くすほどの数の人間の軍勢がいた。


色とりどりの甲冑を身に着けたそれらを見るに、大陸中の国の軍が集まっているようである。



「”戦う”という選択をしたことは愚かだが、戦力を集中してきたことは評価しよう」


「・・・ここで一掃できるから手間が省ける」



そして魔王は、20日前と同じく、上空の暗雲を使って、これから侵攻を開始する旨を人類に伝えた。


魔王は上空をゆっくりと飛びながら、ユリーヌ国へと侵入した。











「久しぶりの森での読書だ~♪」


スイは20日ぶりの森での読書を楽しんでいた。


スイは昨日まで、母方の親戚の家に遊びに行っていたのだ。


毎年の恒例行事である。


親戚の家では、いとこ達や祖父母、叔父叔母と楽しい日々を過ごした。


そんな楽しい20日間をあっという間に終え、ちょっぴり寂しい気持ちで帰ってきたスイだが、森での読書のことを考え、すぐに元気になった。


そして、スイは今森での読書を満喫している訳である。


さらに・・・



「立ちションも久しぶりだ~」



20日ぶりの、森の小便器への放尿である。


久しぶりの解放感のある放尿に、スイは気持ちよさそうに目を細めるのだった。











「・・・!雨だ!黄金の雨が降って来たぞ!」



空から降ってきた雨に気づいた一人の男が発した言葉。


それを聞いた人々は、空を見て歓喜した。



「ユリン様が奇跡の雨を降らせてくれた!」


「女神の涙だ!これで魔王も・・・!」


「勝ったな。風呂入ってくるわ」



黄金の雨を目にして人々は喜んだ。なぜか風呂に入りに行く者もいた。



・・・だが、黄金の雨はいつもと違っていた。


光輝いていないのだ。


上空の暗雲は、まだ晴れていなかったのである。











「・・・!女神ユリンめ、ついに雨を降らせおったか!」



魔王がユリーヌ国の領土に侵入して、およそ10秒後である。


上空から、黄金の雨がポツ、ポツ、と降ってきた。


次第にそれは本格的に降り出した。


だが・・・



「フフフ。フフフハハハ!・・・効かぬ!効かぬぞ!私に、ユリンの雨など効かぬ!」



黄金の雨は、魔王の身体を溶かすことはできなかった。


魔王は自分の身体を厚い魔力のシールドによって守っていた。


その魔力シールドは黄金の雨によって少しずつ溶けているのだが、魔王の膨大な魔力によってシールドは再生していた。



「ユリンの奇跡、破れたり!」



自信に満ちた魔王の声がユリーヌ国の平原に響き渡った。

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