第7話 黄金の雨、降らなくなる。

「ただいまー!」



夕方、スイは帰宅した。


いつもの森での読書から帰ってきたのである。


夏休みに入り、スイは毎日森へ読書に出かけていた。


そのため毎日が充実しており、帰宅の挨拶も元気がいい。



「おかえりー。もうすぐ晩御飯できるわよー」


「はーい!僕お腹ぺこぺこだよ~」



母親の声を聞き、洗面所に手を洗いに行くスイ。


そこへ更に、母親からの声が投げかけられた。



「ああ、そういえばスイ、明後日からね・・・」











ユリーヌ国では人々が平和に暮らしていた。


ここ最近は、毎日黄金の雨が降ってくる。


豊かな食べ物に飲み物、さらに治安の良いユリーヌ国には、国外からたくさんの移住者が来ていた。


女神ユリンの”奇跡の雨”の話は、今やグランダイト大陸にある全ての国に知れ渡っている。


そのため、元々はユリーヌ国の国民のみが信仰していたユリン教も、今や国外でどんどん信徒を増やしていた。


今までどんなに祈っても救いの手を差し伸べてくれなかった大神よりも、小神であっても救いを乞う人々を助けてくれる神を信じるようになるのは、当然のことなのかもしれない。


そして、ユリンへ毎日祈る善良な人々の元へは、例え国外であっても黄金の雨が降った。


病で苦しむ人へは、その人の家へ。


農業を営む人々へは、その人達が持つ畑へ。


狩猟を営む人々へは、その人達の狩猟場所である森や山へ。


そんな様子で、黄金の雨は次々と降っていった。


そして、黄金の雨の恩恵を受けた人々は周りの人々に女神ユリンの素晴らしさを熱心に語り、ユリン教はどんどん拡大していった。











「・・・・・・・・」



ここは、魔界・大森林グリムフォレストにある魔王城。


その玉座の間は静まりかえっていた。



「リッチまでもが、失敗したか・・・・」



魔王がぽつりと、そう口にする。


四天王の中で最も知能が高く策略家であるリッチまでもが、ユリーヌ国の侵略に失敗し消滅した。


これで四天王は3人もこの世を去ったことになる。


魔王軍全体も、ユリーヌ国へ侵攻を始める前・・・全盛期の8割が減ってしまった。


このままでは魔物の数が少なすぎて、魔獣の統制もできなくなる。


魔王は頭を抱えていた。



魔王は、歴代の魔王達を無能だと思っていた。


自分の目から見て、歴代の魔王達は十分な準備もせずに人間の国へ侵攻しており、そして毎回失敗していたからだ。


魔王史に伝わる記録を見ながら、魔王は「自分ならこうする」と考えた。


そしてその考えを実行し、数百年かけて魔王軍の戦力を蓄えていき、グランダイト大陸を征服するに十分な戦力を確保したのだ。


しかし、今や自分は、過去の魔王達と同じである。



「こうなったら、私自身が出張るしかないか・・・」



魔王の脳裏には、魔王史の一つの記録があった。


歴代魔王の中で唯一、魔王自身が人間の国へ出陣したという記録だ。


結局その魔王も、異世界から召喚されたとされる勇者によって滅ぼされたのだが、歴代の人間国遠征の中で、最も多くの国々を滅ぼしたとされている。


その時代から既に数千年は経過している。


現在は、異世界からの勇者召喚の方法も失われているだろう。


このままでは、自分も魔王軍の大半を失った無能な魔王の一人として、不名誉な記録が残ってしまう。


そうなるくらいなら、その過去の魔王のように、自らが出撃するべきだと考えたのだ。



「パパ~。人間の国にちょっかいかけるの、もうやめなよ~」



突然、重々しい雰囲気の玉座の間に、場違いな声が響き渡った。



「・・・ジュニアよ。人間の国を侵攻するのは、魔王としての責務なのだ。お前は次期魔王として、もっと自覚を持ちなさい」


「そんなことしたって無駄だよ~。人間達には神の加護があるんだから、僕らが敵うわけないよ~」



魔王が会話をしている相手は、四天王の最後の一人であり、一人息子でもあるジュニアだ。


その見た目は魔王と酷似しており、顔が若いだけだ。


その力は、四天王の中ではオーガーロード、リッチに次ぐ3番手だった。


だが、年々魔力や身体能力が増大しているため、いずれは魔王と同等の力を得る存在だ。



ちなみに、魔王には名前がない。


魔王は魔王だ。そして、次期魔王にも名前がない。


ジュニア、というのは次期魔王となる者の便宜上の呼び名だ。



そのジュニアだが、性格は魔王の血筋の中で最も怠惰であった。


昨年100歳を迎え、体格は魔王と同じくらいになったというのに、心は幼いままだった。


自室ではゴロ寝をして、お菓子を食べながら人間の国で作られた本を読んでいる。


毎日そんな生活をしているのだ。


魔王は、何度言い聞かせても一向に生活態度を改めない、一人息子の教育を放棄していた。


自分が寿命で死ぬまでは、まだだいぶ時間があるのだ。


きっと自分の息子も、その内に次期魔王としての自覚が芽生えるはずだ。


”やれば出来る子”なのだから、と。


魔王は親バカだった。



「パパ。僕以外の四天王もみんなやられちゃったんだよ?魔王軍だってもう少ないんでしょ?諦めよう?」



もしも、配下の魔物がこんなことを言ったら瞬殺しているところだ。



「ジュニアよ。私自らが人間国を侵略する」


「ええっ!?パパ、やめてよ!僕まだ魔王になんかなりたくないよ~」



魔王の言葉に、泣きそうな声でそう口にするジュニア。


そんなことをすれば魔王は絶対死ぬ、と考えている様子だ。



「ジュニアよ。私の力は、過去人間の国へ侵略した魔王のものよりもはるかに上なのだ。私が動けば間違いなく侵略できる」


「いや、無理だって~。ユリンの雨で溶けちゃうって~」


「うるさい!もう決めたのだ!子供が口を挟むな!」



ジュニアの言葉についカッとなって口を荒げてしまった魔王。


「あっ、ちょっときつく言い過ぎたかな」と後悔したが遅かった。



「うえーん!パパのばか~!」



魔王の言葉にショックを受けて、泣きながら玉座の間を去っていくジュニア。


玉座の間は、何とも言えない空気だ。



「・・・ゆるせ、ジュニアよ。私はもう引けんのだ」



そう口にした魔王は、自らの人間国への侵攻を決意するのだった。



「まずは手始めに、人間どもを恐怖のどん底に陥れてやろう」



不敵に笑う魔王は、行動を開始するのだった。











ユリーヌ国・・・いや、グランダイト大陸中の国々が騒然としていた。


突如、上空が暗い雲に覆われ、その雲の一部が巨大な顔の形に変わったからだ。


それは大陸中の国々の街や村で見ることができた。


そして、その顔からはこんな声が聞こえてきたのだ。



「我は魔界を統治する魔王である。 20日後に、貴様ら人間共の国を侵略し、皆殺しにする! まず手始めにユリーヌ国からだ! 人間共よ、恐怖に震えるがいい! ぐははははは!!!」



そう口にした巨大な雲の顔は、用件を述べた後に消えた。


だが、空は暗雲に包まれたままだ。



「ま、魔王だと・・・!?」


「おかあさーん!こわいよー」


「俺達はおしまいだ!皆殺しにされちまう!」


「まじやべー」


「破滅じゃ~~!」



魔王の声を聞いた人々は混乱した。


あまりの恐怖に泣きだし、失禁している者も多かった。



「そうだ!ユリン様だ!ユリン様なら俺達を救ってくれる!」


「そうよ!ユリン様なら・・・ユリン様なら!」


「今まで儂らを何度も救ってくれたユリン様であれば・・・!」


「ゆりんさまー。たすけてー」


「まじぱねー。ユリン様、マジやべーから頼むよー」



そして、大陸中の人々が女神ユリンへの祈りを捧げ始めた。




・・・だが、その日からパッタリと、黄金の雨は降らなくなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る