第183話 断罪宴

【浮気と結婚詐欺に対する慰謝料を請求します!】


 映像の最後に明朝体の大きな字で画面を埋めるのは、妻となる一色日影の要望。



 気が付けば再入場するであろう、新郎新婦の入り口から数メートル先には半円の台が置かれている。


 先程茜が運んでセッティングしたものである。



「それでは新郎・新婦の入場です。」

 


 本来この途中のお色直しは新婦だけというのが通例である。


 それなのに新郎も、というのにも違和感を感じていた真秋。


 それは悠子や瑞希も同様で、きょろきょろと視線を動かしていた。


 さらに、本来の新郎新婦の席には重苦しいテーブルと椅子が置かれ、その後ろに数人が着席出来るテーブルや椅子が用意されていた。


 そしてその重苦しい中央前席には一人の男性が、後ろのテーブルには5人の男女が座っていた。



 新郎・新婦が入場すると、扉はホラーハウスのような音と勢いを残してバタンッとしまる。


 このような演出をしておいて騒ぎにならないのはおかしいのだが、暴言や暴挙に出る者は一人もいなかった。


 慌てふためいて、これは何なの?という表情をしている者はいるが、それは互いの親族席と一部友人席同僚席だけだった。



「只今より、新郎である上木司馬うえきしまの裁判を始めます。」


 名前が「浮気します」としか思えないんだよな、という真秋の第一印象は当たっていた。




 何となくこれに近い事を昨年見た気がするなと思う真秋。


 それもそのはず、自分がやった決別式からの暴露宴の二番煎じほぼパクリなのだから。



 裁判が進行していく中、真秋は色々と思い出す。


 職員やスタッフとあまり話す事はなかったが、その中の一人に一色日影が居たことを。


 つまり茜と日影は同僚である。風俗の方ではない、同じ雇い主会長を持つ会社に勤めているという意味である。


 日影はお店の方は無関係、あくまでこの会場のスタッフであった。


 昨年の暴露宴時は臨時の暴露宴スタッフとして参加し、終演後はそのままホテルに本採用。


 そのため、当時日影と猫屋敷神音との間に面識はない。


 



 人並みの倖せを得ようとしていたところで、彼氏の浮気を知ってしまう。


 それは結婚の約束をした後の出来事、帰りの遅かった事に違和感を感じてから疑いを持った。


 匂いが違うのだ、恐らくは誤って家で使ってる物とは違うボディソープを使用してしまったのだろう。


 行為や他の女の匂いを消すために、使用したボディソープがホテル備え付けのモノを使ったために生じた違和感。


 仕事で遅くなる時は大抵決まったホテルに宿泊するため、そこの香りは日影は覚えていた。


 ラブホテルにあるような甘い系の香りはしないのである。


 一度くらいは違うところに泊まったり、サウナなどに寄って汗を流したという言い訳は通る。


 それが、一度や二度でなくなれば疑う余地が現れる。



 彼氏はバレていないと思っていたのだろうが、モノの見事にこうして暴露されてしまったのであった。


 日影は上司である田宮未美の会社の力を使い、並の興信所以上の成果を得て、この披露宴裁判を迎えたのである。



 勿論、これは公式の裁判ではないため所詮は茶番ではあるのだが、檀上に座っている男性は本物の裁判官である。


 


「なお、本裁判は非公式であるため法的には何の効力も持ちませんが、家庭裁判所で裁判を行えばほぼ同程度の判決となるでしょう。」


 裁判官が一旦締めくくった。


 散々言い訳を声高に叫んでいた上木ではあるが全てが虚しく空気に溶けていく。


 そして友人席に着席していた、上木の浮気相手である女は顔面真っ青であり、後方に屈強なプロレスラーのような体型の3人の男性に逃げ道を塞がれていた。





 真秋は自分の時もこんな感じだったのかな?という視点で傍聴していた。


「おにぃ……真秋さんの時ので見慣れた、と言って良いのかわからないけど、性別問わず不貞は良くないって改めてわかりました。」



「こ、こんな感じで暴露されてしまうのは気の毒ですが、不誠実な事はしてはいけませんよね。やり方が正しいかはともかくとしてですが。」



「真秋さんの時はもっと怒号とか追い込み方とかハンパなかったですけどね、あの時の真秋さんを見たら瑞希さん、引いてたかもしれません。」


 

「浮気するくらいならきっちり別れてからにしろって事だよ。」


 ひょっこりと現れた茜が3人に聞こえるように呟いた。



「後にやむを得ない事情が発覚したとはいえ、お前人の事言えないだろ。」


 グサっと胸に五寸釘が突き刺さる茜は、少しだけ消沈して……悶えていた。


 今の言葉のどこに感じる要素があったのか分からない真秋だった。




 上木司馬の浮気遍歴であるが、高校時代からであった。


 ただし喜納達とは無関係である。


 今回の浮気相手である美智紅音みちくいんであるが……


 読み方を変えれば、美智紅音→みちくいん→びちくいん→ビッチクイーンと連想出来る。


 そして美智紅音は他人の結婚式や披露宴に出席するのに、キャバ嬢のような髪の盛り方とメイクをしていた。



 成人式などでたまに見かける光景ではあるが、花魁を見てカッコいい、あんな風になりたいという若年女性が存在するが、花魁が現在で言うところの風俗嬢……それもソープ嬢だと分かっている人はいるだろうか。

 

 着付けなどを紹介する看板などにも、どう見てもキャバ嬢にしか見えない絵面も良く見かける事があるのではないだろうか。


 時代が変わったとはいえ、少し情けない解釈である。


 もちろん風俗を貶したり差別したりするわけではない。

 



 高校時代、上木は美智紅音の事を最初は狙っていた。


 しかし当時美智には彼氏がいるという噂を聞いていたため諦めていた。


 その時一色日影から告白された事により、美智を忘れるためにも付き合い始めたというのが真実である。


 そして付き合っている内に本気で日影を好きにはなっていたのだが……


 高校3年の文化祭の時に美智が別れていた事を知る。


 後夜祭でのキャンプファイヤーでみんなが盛り上がっている時に、隠れてファイヤーしていたのが上木と美智である。


 誰にも見つからない校舎の空き部屋でヨガファイヤーしていたのである。


 日影は部活仲間やクラスメイト達との付き合いもあったので、キャンプファイヤーの前半こそ上木と踊っていたものの、途中から別行動となっていた。



 そんな感じで始まった上木の浮気セックスであるが、上木が日影と結婚する事を決意するまで続く。


 裁判をまともには傍聴をしていない真秋ではあるが、裁判中上木は散々言い訳をしていた。


「愛しているのは日影、紅音とは身体だけの関係だ!と。」


 それはそれでギルティ案件なのであるが……


 約7年程上木は二人の女を相手にしていた事になる。もしかすると余罪はまだあるかも知れない。


 しかもそれは上木と美智二人共である。今回の裁判ではそこまでは明らかにはしていない。


 あくまで一色日影が上木司馬を断罪するためのものであった。


 結果、上木司馬は有罪。慰謝料の支払いが命じられる。


 しかし公式裁判ではないので実際には支払い義務はないが、断罪宴茶番の中で裁判官の言葉にあった通り、きちんと裁判をすればほぼ同等の結果となる事は明らかである。



 カンカンッ


「静粛に。続きまして、浮気相手である美智紅音の裁判を始めます。」




 第二ラウンドがあるようだった。上木司馬は既にKOされている。


 あくまで先程のは上木司馬に対する裁判であり、慰謝料云々も上木に対してのものだった。 


 今更であるが、真秋のセンサーに引っかかったのは、件の美智紅音一人だけであった。

 美智紅音が視界に入った時だけ気分が悪くなる。


 つまりはそういう事である。



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結婚式で妻(仮)の不貞を暴露して女性不信(振)に陥りました。 琉水 魅希 @mikirun14

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