第26話 冒険は終わらない

 青い炎が全てを燃やし尽くすように俺の身体から、溢れ出てくる。

 力だ。

 目の前の敵を屠る圧倒的な力だ。

 俺の光を消したお前は絶対に許さない。

 紫色の炎を噴出すステインスナウトを最上段から、思い切り振り下ろし、セルケトの左の鋏を文字通り、粉砕した。

 逃げようにも蠍の右半身は既に失われており、まともに歩けるはずもない。

 這ってでも逃げようと足掻いているその左足に向け、振り下ろしたステインスナウトを返す刀で振り上げ、一本ずつ切断していく。

 絶対に許さない。

 俺の心を支配するのは全き闇そのものだ。

 目の前に存在するモノを破壊する。

 光を失った俺に出来ることなど何もない。

 ただ壊すだけだ……。


 🌞 🌞 🌞


 眩しい……。


「あーっ、眩しいってば!」


 気持ち良く寝ていたら、目の前で懐中電灯を照らされて、早く起きろって言われた感覚が一番、近い。

 まだ、頭は起きていない感じがして、考えることも覚束ないけど、眩しさに耐えられなくて、目を開けてしまった。


「ようやくお目覚めかね?」

「何方さんですか?」


 左右に目を遣り、周囲を確認して、鳥肌が止まらない。

 空も壁も床も全てが白い。

 まるで眩い光で全てが照らされてるみたいだ。


 私に掛けられた声は鈴を転がすようなとでも例えればいいんだろうか?

 透き通るような美しい声だった。

 声の主もきれいで……誰?


「久しぶりに会うた姉に向かって、冷たいのう」

「え? あ、姉? で、ではあなた様はもしかして、ツェツィーリア様ですか?」

「いかにも。今はそういう名であったやもしれないね」


 私の前でアルカイック・スマイルを浮かべ、神々しい光を全身から放っている人こそ、その名を口にするのも憚られる御方なのだ。

 私が生まれたマレフィキウム王家は必ず、複数の娘が生まれることで良く知られている。

 でも、長女として生まれた娘は決して、表舞台に姿を現さない。

 だって、その正体は……


「それは言ってはならないよ?」

「は、はい」


 背中からは三対の純白の羽毛に覆われた美しい翼が生えていて、光を纏った美しきエルフの少女の姿をした偉大なる御方。


「さて、君の傷は粗方、癒しておいた。さて、君はどうしたい?」


 澄み切った青空のようにきれいな瞳が心の全てを見透かしているかのように射竦めてくる。

 私は……


「彼を……アンドレを助けたいです。あの子は本当はとっても優しい子で……あんなことをする子じゃないんです」

「分かっているよ。あの者の心は悲しみと怒りに支配されながらもまだ、負けてはおらぬさ。ならば、君はどうするんだい?」

「私が止めます!」


 『やってみたまえ。君は己の力を信じたまえ』と囁く、あの御方の瞳は優しく、慈愛に満ちたものだった。


 🌞 🌞 🌞


 重たい瞼を開くとぼやける視界に入って来たのはアンドレがステインスナウトを大きく振り上げ、倒れ伏しているセルケトに止めを刺そうとしている姿だった。

 彼の顔は怒りと憎しみで醜く歪んでいるのにどこか、泣いているみたい。

 いけない!

 アンドレは泣いてるんだ……。

 止めなきゃ。

 そう思った時にはもう体が勝手に動いていた。


「ダメだよ、アンドレ!」

「メル!?」


 アンドレはステインスナウトを振り上げた姿勢のまま、固まった。

 その両目から、流れてるのは涙なの!?

 嘘でしょ、アンドレが泣くなんて、いつ以来なのよ。


「もう、どこにも行かないでくれ」


 気が付いたら、ステインスナウトを放り投げたアンドレに抱き締められていた。

 痛みをはっきり感じるくらいに力を込めて、抱き締めてくれてるんだ。

 私は生きてる。

 アンドレもまだ、大丈夫……彼はまだ戻れるはずだわ。


「私はどこにも行かない。ずっとアンドレといるよ」


 アンドレは骨が軋むくらい私を抱き締めたまま、静かに嗚咽している。

 私に聞かれたら、恥ずかしいと思ってるんだろう。

 相変わらず、可愛いヤツ……。

 私も負けじとアンドレの背に腕を回して、ギュッと抱き締めてやる。

 これで御相子。


 これがドラマとかで『その時、不思議なことが起こった』って、ナレーションされるやつか。

 私がアンドレを止めようとして、咄嗟に庇う形になったセルケトの体が眩い光を放ち始めたのだ。

 あまりの光の強さに目を開けてられない。

 光が徐々に収まっていき、ゆっくりと瞼を開くとそこには……


「え? 何? 何が起きた?」

「メルがいると本当、退屈することなんてなさそうですよ」


 乱暴な言葉遣いになっていたアンドレがいつもの口調に戻ってる。

 良かった……戻ったんだ、いつものアンドレに!


「あなたがたの真実の愛……見せていただきました」


 涼やかな声で穏やかな表情を浮かべる美しい女性が佇んでいた。

 光が消えると消えたセルケトの代わりに現れたとしか、言いようがないけどまさかね?


「え? そのまさかなの?」

「メルのまさかが分かりませんが多分、そうですよ」

「我が名はセルケト。あなたがたの真実の愛により、我にかけられていた呪いが解けたのです。ありがとう、勇者達よ」

「えー!?」


 私の冒険はまだまだ、終わりそうにない。

 だけど、アンドレと一緒なら、何でも出来そうだし、何にでも耐えられる。

 それが困難な道だったとしてもきっと乗り越えられるはずだ。

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エルフのお姫様になりたいって言ったのに話が違う 黒幸 @noirneige

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